連載
#195 #withyou ~きみとともに~
「学校は手段」ひきこもりと共に30年、富山の寮「はぐれ」は焦らない
「自力で飯を食っていければいい」
富山市内の田園地帯に、不登校やひきこもり、ニートを経験した若者たちが寝食をともにしながら自立を目指す寮がある。寮生は農作業に汗を流しながら生活リズムを整え、通学やバイト、就職へと進んでいく。不登校やひきこもり、ニートとひとくくりにされる人たちも、一人一人が抱える事情や歩んできた道のりは違う。昨年の夏まで半年余りにわたって寮に通い、その感を強くした。寮での暮らしぶり、寮生やスタッフの言葉には、当事者との関わり方や支援の環境を考える際のヒントがあふれていた。そんな取材の記録を振り返る。(朝日新聞富山総局・竹田和博)
富山市中心部から20分ほど車を走らせた田園地帯に、年季の入った2階建ての一軒家がある。NPO法人「北陸青少年自立援助センター」が運営する共同生活寮「ピースフルハウスはぐれ雲」、通称「はぐれ」だ。
代表の川又直さん(66)と妻の佳子さん(63)、次男の正行さん(34)、イチローとハナと名付けられた2匹のシバイヌ、そして寮生が一つ屋根の下で暮らしている。
寮生は昨年6月の取材当時、14~45歳の男女17人。10~20代の13人と一部の年長者は2階の10人部屋などで寝起きし、ほかの年長者はNPO法人が運営する近くのグループホームで生活する。
「親元を離れれば、8割方立ち直ったようなもん。(不登校やひきこもりに)なったもんは仕方ない。じゃあどうするか。そこが大事」。川又さんの考えは明快だ。
多くの寮生ははぐれに来る前、昼夜逆転の生活を送っていた。まずは規則正しい生活を続けて生活リズムを整えるところから。そして、共同生活の最低限のルールを守る。
自分のことは自分でする。ほぼプライベートのない空間で、他の寮生が動く姿を見れば「自分も…」とスイッチが入る。寮生同士のもまれ合いが成長を促すと川又さんは考える。
はぐれは、県外から移住してきた川又さん夫妻が1988年に始めた。
当初2人だった寮生は、あっという間に増え、多いときには20人余りに。寮は2回建て増した。今でこそ20代が増えて「静かになった」と佳子さん。かつては非行の中高生も多く、万引きや脱走が絶えず「精神的にも大変だった」と振り返る。
そんな時代を過ごした若者たちが親になり、子どもを連れてはぐれを訪れることもある。そんな時、川又さんたちはこの仕事のやりがいを感じるという。
はぐれの1日は、午前6時半の散歩から始まる。遅れたら「ツケ」と呼ばれるペナルティーが課され、朝食の準備か夕食の後片付けをしないといけない。
朝食と掃除を終えると、寮生たちは農作業や学校、アルバイトに向かう。昼食は正午、夕食は午後6時。夕食後、はぐれの「法律」とも言えるジャンケンで掃除や炊事の当番を決める。その後は居間で一緒にテレビを見たり、自室でのんびりしたりと思い思いに過ごす。
寮生は入寮後、農作業が日課の「作業組」からスタートし、川又さんが認めれば「通学組」や「アルバイト組」に移る。はぐれでは通学を強制することはない。通うかどうかは本人次第だ。川又さんは「学校はあくまで手段」という。
「規則正しい生活」の大きな柱は農作業だ。中心となるコメ作りは、育苗から苗だし、田植え、除草と、作業組だけでなく通学組とアルバイト組も加わって総力戦で臨む。収穫した米は自分たちで袋詰めして販売する。
祭りや駅伝大会といった地域の行事には総出で参加し、県外や海外への研修旅行にも出かけて少しずつ視野を広げていく。どんな活動も強制はせず、失敗も認める。「目的は就労。将来、自力で娑婆で飯を食っていければいい」と川又さんは穏やかに構える。
「学校は手段」。川又さんと同じ言葉を、県外のフリースクールを取材した際にも聞いた。「子どもたちが学んで成長することが目的。なのに、学校に行くことが目的になっている」。スタッフの男性はそう強調した。
学びは学校の中だけではない。だが、学びの中心は学校で、「通うのが当たり前」という意識はまだまだ根強い。教育熱心とされる富山に来て、その感を強くした。
それゆえ、いわゆる「普通」のレールを外れた時、本人や家族は先行きや周りの目に不安を募らせ、どこに相談していいかも分からず途方に暮れる。
レールを外れたとしても、本人の価値が失われるわけでも成長が止まるわけでもない。起こったものは取り返せないが、いまこの瞬間から状況を良くすることはできる。
はぐれには、そんな余裕と寮生の歩みを長い目で見るゆとりがある。焦らせることも、寮生同士を比べることも、評価することもない。それぞれのペースで自立できる力をつけていけばいい。それが「目的は就労」というスタンスに表れている。
川又さん夫妻は寮生同士のもまれ合いを大事にし、余計には干渉しない。その一方で寮生のことをよく見ていて、注意すべき点は注意し、褒めるところは褒め、相談があれば耳を傾ける。一緒に日々を過ごしているからできる関わり方だ。
近づきすぎず、かといって突き放すわけでもない。その自然な距離感が、寮生に「見てくれてる」「居場所がある」という安心感を与えている。
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