連載
#3 新時代の就活を考える
就活は「ウソがつけるシステム」 巨大企業を批判した北野唯我さん
時代は変わりましたが、就活は変わったのでしょうか。学生のクチコミ情報を載せる就職情報サイト「ワンキャリア」は、いわゆる上位層の学生に急速にシェアを伸ばしています。最高戦略責任者の北野唯我さんは「ウソがつけないシステムが、就活を変える」と掲げます。いまの就活の問題点を聞いてみました。
ワンキャリアは就職情報サイトで、会員登録した学生のクチコミが載っています。
東大・京大の学生の9割、早慶上智MARCHの学生の8割以上が登録しています。
北野さん自身も「転職の思考法」(ダイヤモンド社)や「天才を殺す凡人」(日本経済新聞出版社)など、人材論に関して話題の本を次々に出しています。
北野さんから見て、日本の就活の問題点って、どういうところでしょうか。
北野さん「新卒一括採用の何が問題かって、過度な競争をあおることで、短期間に何度も失敗を与えることです」
「いま学生は平均20社から30社を受けると言われていますが、内定がとれるのって2社とか3社とか。ということは、20回前後は『お前は社会からいらないよ』って言われるということ。20回『お前いらない』って言われた後に『楽しく働こうよ』って言われても無理でしょう」
たしかに、就活は挫折との戦いというか……。
北野さん「そのショックが与える社会的損失(機会損失)って果てしなく大きいと僕は思っているんですよ。たった1回のチャンスに集中するのではなく、通年、より正確にいうと、年2~3回採用が現実的だと思っています」
「自分の好きな数だけ会社を受けて、1社内定をもらったら、あとは本当に自分が行きたいと思う会社だけ受けてみるという世界観にしたほうが、自尊心も保てるし、いいんじゃないでしょうか」
経団連はつい先日、新卒一括採用は維持するものの、通年採用の拡大を盛り込んだ提言を発表しました。
北野さん「あと、総合職の一括採用というのは、『君は○○の仕事がしたいわけじゃなくて、うちの会社に入りたいんだよね』という『踏み絵面接』じゃないですか。『君に意思はなくて、地方にも行くし、この会社にすべてを捧げるんだよね』っていう仕組みで入ってきている。『たくさん落ちる』というのとダブルパンチで就労観を奪いますよね」
北野さんは、新卒一括採用と一緒に「ナビサイトを中心とした広告宣伝型モデル」も批判しています。「広告宣伝型モデル」とは、マイナビやリクナビといった巨大ナビサイトに企業と学生が集まるシステムです。
どこが問題なのでしょう。
北野さん「批判というか、時代に合わなくなったということですが、シンプルに、ウソがつけるということです」
企業は、ナビサイトに広告費を出して自社の求人情報を掲載し、学生にアピールします。
学生は、ナビサイトからいっぺんに多数の企業にエントリーができます。
学生がたくさんの企業にエントリーすれば、広告費を出す企業、広告費をもらうナビサイトとしてはうれしい、という仕組みです。
北野さん「大手ナビサイトは、大量の広告宣伝費でユーザーを集める。そのため、企業から大量の広告宣伝費をもらう必要がある『高コスト』構造です。なので、企業にとって都合が良い情報を載せざるを得ない」
「その結果、ユーザー(学生)が求めるものをつくらなかったし、つくれなかった。企業内の情報は、学生には検証のしようがない。つまり、企業はウソをついてもばれない。誰もとがめられないし、誰もジャッジしない」
ジャーナリズム的な存在が機能していなかったということでしょうか。
北野さん「例えば報道の世界では、ウソの報道をされたら罰されるという構造がある。でもジョブマーケットにはそのプレイヤーがいませんでした」
そこに変化はありますか?
北野さん「この2~3年で情報のクオリティが上がりましたよね。手前みそですが、うちがちゃんとした情報を出し始めたというのも大きいと思っています。3年前って、NAVERまとめとか、キュレーションサイトの全盛期です」
キュレーションサイトはその後、不正確な情報を出していたり、無断転載をしていたりという事実が発覚しました。閉鎖に追い込まれたサイトもあります。
北野さん「僕は当時、メディアビジネスを立ち上げていたのですが、どう考えてもこういう質の低い情報を出すことが社会にとって意味があると思えなかった」
「意思決定の重要度と、情報のクオリティは、比例しなければならない。例えば不動産とか医療とか、意思決定のインパクトが大きな分野では、ウソの情報は絶対あってはならないし、高いクオリティが求められなければならない」
たしかに医療分野では、個人の選択によっては、命に関わります。
北野さん「就職って、意思決定のインパクトがめちゃくちゃ大きいにも関わらず、流通している情報の質が低いという構造がありました。さっき言ったように、ナビサイトの広告宣伝型モデルだったからです」
ワンキャリアはサイト内で、就活に関する独自記事も配信しています。北野さんは先日まで、編集長を務めていました。
北野さん「僕が最初に批判したのがゴールドマンサックスなんです。『ゴールドマンサックスに入る理由が見当たらなかった』という記事を書きました。こういう記事って就職サイトは絶対書けないんですよ」
広告費が今後もらえなくなるから?
北野さん「はい。その後、P&Gの批判記事も書きました。もちろんデータをもとに。それは業界的にはけっこう騒然としました」
巨大なクライアントを敵にまわして大丈夫か、という意味ですか。
北野さん「ええ。最初、ゴールドマンサックスはめちゃくちゃ怒っていたらしい。でも実は今、うちのお客さんなんですよ。なぜなら、きちんと意図を理解してくださったから」
「その企業が嫌いというわけではないんです。手段と目的を間違えちゃいけなくて、ディスることが目的になっちゃいけない。でもおかしいことは、どこかがちゃんと言わないと。お金のことを気にする人はいますが、意志のあるところに、人とお金は戻ってきます。そうしないと、マーケットは成長しません」
就活というジャンルで、あえて批判勢力というポジションをとったと。
北野さん「はい。だから一時期、企業人事から恐れられていました(笑) 『北野さん、次いつジャーナリズム的な記事を書くんですか?』って。でもそれって意味があるじゃないですか。『なにかあったら書かれる』という。実際それでオワハラなくなった企業もあるんですよ。多少は僕らも貢献できたみたいで」
北野さんは「平成の就活システムを終わらせる」という言葉を使われていますが、なぜ変えたいんですか。
北野さん「自分自身の体験です。最初、大学を出て3年半博報堂に勤めていました。会社をやめて、勉強のためにアメリカ、台湾に行って、1年半で日本に戻ってきました。1年半のブランクのあと、転職活動をした時にけっこう苦労したんです。日系企業だと、エントリーシートだけで落とされるんですよ」
「たった1年半のブランクだけで、意味わかんないなと思って。じゃあ、産休ってどうなるの? 留学は? 留年は? なので、何度でも仕事を自由に選びやすい世界にしたい、と思いました」
北野さんはいま著書が好評で、話題の人ですが、まさか「ESで落とされる」という経験があったとは……。
北野さん「新卒一括採用システムって、数十年前につくられた概念が、そのまま残っていますよね。人口増加が続いて、会社に入っても誰も辞めないという前提で作られているシステム」
「いまは、いつでも何度でも仕事を選べるような世界観のほうが、絶対みんな幸せだと思ったんですね。中途採用じゃなくて新卒の市場を変えようと思ったのは、この国において、社会に与えるインパクトが大きいからです」
ワンキャリアはクチコミが売りですが、クチコミサイトなら今までにもありました。何が違うのでしょうか。
北野さん「ただの匿名サイトでは投稿のクオリティを保てません。キーワードは『半実名』です。会員登録時に氏名や大学名など個人のログをしっかりとり、表に出る投稿は匿名。『食べログ』と同じです。この形が一番本音を書きやすい。もちろん投稿内容も事前に社内スタッフがチェックして、不適切な内容は掲載しません」
SNSにも情報はありますし、時折企業が炎上していますが。
北野さん「SNSって、おかしいと思った相手を変えようと思ったら、#metooなみの力が必要です。個人でそこまでの影響力を与えるって、はあちゅうさんくらいしかできないじゃないですか。企業の不誠実を訴える投稿をしても、炎上しなければ企業はなにもしない。#metooまで炎上したら企業を動かせますけど、あそこまでいかない方がはるかに多いですよね」
就活の問題点はいろいろと指摘されますが、リクナビやマイナビといった巨大ナビサイトを使った就活は、依然として主流です。これから何かが変わるとしたら、何が変わるのでしょう?
北野さん「まず、僕はナビサイトをなくすべきだとは思っていません。むしろあったほうがいいと思っていて。大量のマッチングを短期間で行うことの良さもあります。ワンキャリアにもナビサイト的な機能はありますし。ただ、うそをついたり不誠実なことをしたりしたときに、その情報がちゃんとたまる仕組みがないことが問題です」
北野さん「僕は、これからの就活のポイントは、多様化、民主化、分散化だと考えています」
それぞれうかがいます。多様化とは、何がどう多様化していくのでしょう。
たしかに経団連と大学との話し合いでも、通年採用の拡大など就活の多様化・複線化が議題になっています。
北野さん「ひとつは、冒頭にお話ししたような就活時期の話です。すでに一部の企業では通年採用をしていますが、そもそもいつから働き始めてもいい。例えば1~2年生で働いてみて、自分に足りない部分を感じたら大学で勉強を頑張るということだっていい」
「職業選択の自由があるなら、働き始める時期にも自由があるはずです。極論を言えば、時期を選べないのは憲法違反なんじゃないかとすら思います」
「もうひとつの多様化は、働く目的。ワンキャリアの会員学生に調査したところ、就活で会社を選ぶ時、将来転職することを考慮して決めるという学生が6割いました。おもてには現れにくいですが、就労観の多様化は重要なポイントです」
では「民主化」は。
北野さん「さきほど言ったクオリティの高いクチコミ情報です。企業にとって都合の良い情報だけが流れていた時代から、フラットな情報が人々に届くようになったということです」
最後、分散化。
北野さん「わかりやすいのは地方です。ウェブで動画や生放送を使った採用が出てくると、地方でも海外でも面接受けられるようになります」
「僕は『就活』っていう単語はなくしたほうがいいと思っていて。平成で終わらせたい単語ってありますよね。『ブラック企業』もそうだし、『就活』も。本当は『仕事選び』でしょうから」
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