絶滅の危機に直面している長崎・対馬に生息のチョウ「ツシマウラボシシジミ」。このチョウを救う活動が東京都内の足立区生物園で6年前から続いています。今年も、16代目の子孫が羽化、交尾を始めました。普段は非公開の一部始終を、牧内昇平記者が密着取材。
27日から成虫の一般公開が始まった「対馬の妖精」たちの貴重な瞬間をお伝えします。
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枝に止まっているツシマウラボシシジミのメスの上をホバリングするオス=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
絶滅の危機に瀕している小さなチョウ、ツシマウラボシシジミ。いま、都内の足立区生物園で、このチョウを絶滅から守る取り組みが続いています。
本日は「交配」の話です。
サナギから羽化し、空を飛び回れるようになったチョウたちの最大の仕事は、なんと言っても「子づくり」です。オスとメスで交尾し、タマゴを産まなければ子孫は残りません。ただ、数少ないチョウたちを効率よく交尾させるのは決して簡単ではありません……。
現場をのぞいてみましょう。
絶滅危惧種ツシマウラボシシジミの保全活動をする足立区生物園=2019年4月18日、東京都足立区、竹谷俊之撮影
4月15日、月曜日。
気持ちよく晴れた日の昼下がり、生物園では今年初めて、ツシマウラボシシジミを交尾させる「交配」が行われました。
まずは、この日撮れた竹谷俊之カメラマンによる貴重な動画です。
はじめから枝先に止まっているのが、ツシマウラボシシジミのメス。メスの周りをホバリング(旋回)しているのがオスです。
メスはいったん枝に止まると、なかなか飛び立ちません。オスは羽の表側にあるきれいなブルーを点滅させながら、必死でメスの周りを回っています。
枝に止まっているメス(上)の周りをホバリングするツシマウラボシシジミのオス。羽の表側が光の加減で青っぽく見える=2019年4月15日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
オスのホバリングはツシマウラボシシジミの求愛行動とみられていて、一定期間飛び続けていると、ようやくメスが受け入れ態勢を取ります。これがメスの「準備オーケー」のサインです。
メスと接するようにオスが枝に着地し、おしりをくっつけて交尾器を結びつけます。ガッチリ結合すれば、大成功。40分ほどそっとしておけば、交尾は終わりです。
お互いに興味を示すツシマウラボシシジミのオス(上)とメス=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
この日、交配が試みられたのは、幼虫の姿で冬を越し、つい先日羽化したばかりのオス9頭、メス15頭です。生物園の飼育員2人と、NPO法人日本チョウ類保全協会のスタッフたちが作業を手伝うためにスタンバイしていました。
手順はこうです。まず9頭のオスを園内の「バタフライ・ファーム」(大温室)に放ちます。
大温室は、沖縄や南西諸島などの自然を再現している場所です。
ここには通常、オオゴマダラやリュウキュウアサギマダラ、カバタテハなどのチョウたちが暮らしています。
絶滅危惧種のツシマウラボシシジミは、クモに食べられたり行方不明になったりすると困るので、飼育室内にある容器の中で一頭ずつ「特別待遇」で管理されています。交配の日だけ、この大温室にお目見えします。
沖縄や南西諸島などの自然を再現した大温室=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
放たれたオスたちが、好きな居場所を見つけて落ち着くのを確認できたら、スタッフがネットから取り出したメスを1頭ずつ近づけ、交尾へと誘います。
「オスにメスを近づけ、交尾へと誘う」と書きましたが、実際に見てみると、これが大変な作業でした。まず、ツシマウラボシシジミは本当に小さい……。
羽を開いた時の幅(開張)は約2センチですが、飛んでいる姿をみると、桜の花びらよりも2回りほど小さい花びらがチラチラと舞っている感じです。
ツシマウラボシシジミのオス。大きさは2センチほどの小さなチョウだ=2019年4月12日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
小さめの体育館のような大温室の中に、このオスを9頭だけ放すのですから、交配の大半の時間は、ツシマウラボシとの「かくれんぼ」になります。
苦労してオスを見つけても、メスがいっこうに「その気」にならない……。メスがその気になって来る頃には、ホバリングを続けたオスがへばってしまった……。ほかのオスが交尾を邪魔してしまう……。そのうちに枝先のメスが飛んでしまい、メスの大捜索が始まる……。
こんな感じの失敗の連続で、交配は時間を重ねていきます。スタッフたちは右手にメスを止まらせた小枝、左手に虫取り網(メスが飛んだ時に捕らえる)という姿で、園内を歩き回ります。
絶滅危惧種のツシマウラボシシジミの交配を手伝う生物園の飼育員ら=2019年4月15日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
ただ、この足立区生物園で保全を始めて6年たつこともあり、スタッフたちも徐々に極小のチョウの生態をつかみ、交配もスムーズに進むようになってきています。
まずは、「じらし行動」。
ホバリング中のオスがすぐにメスに接近することがあります。交尾スタートか。と思いきや、スタッフたちは枝を持つ手をスッと動かし、オスの接近をかわしてしまいました。
オスが近づくと、スッ。近づくと、スッ。かえって交尾の邪魔をしているようです。
スタッフに聞くと、「まだ、メスが『その気』になっていないんですよ。ホバリングの時間が短すぎます。オスがホバリングを続け、メスが『その気』になるのを待つ必要があります」
枝に止まっているツシマウラボシシジミのメス(左)に興味を示すオス=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
次は、経験豊かなスタッフによる「追わせ」です。
観察中、オスとメスが両方飛び立ってしまった時がありました。そばで見ていた私は「早くメスを虫取り網で回収しないと大捜索が始まってしまう」と焦りましたが、スタッフは片手に持った網を動かさず、注意深く2頭の飛ぶ様子をじっと見守っています。
「お互いに興味をもっています。このまま行けるかもしれない。(オスに)少し追いかけさせましょう」
極小のチョウたちに目をこらすと、スタッフが言う通り、オスがメスを追いかけています。
「よし、行ける!」。スタッフはそうつぶやき、2頭が飛んでいる間に小枝を差し出しました。小枝にメスが着地。オスのホバリングが始まります。
メスが交尾を受け入れ、オスが結合。スタッフの読みが当たりました。
ツシマウラボシシジミは枝に止まっていないと交尾しないことが分かっています。空中を飛び回ってお互いの気持ちを確認するのはいいのですが、このままでは交尾に至りません。チャンスを逸してはいけないので、スタッフが少しだけ手伝ってあげたのです。
ツシマウラボシシジミは枝に止まって交尾をする=2019年4月15日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
こうした動きを眺めていると、スタッフたちが汗を流している意義がよく分かります。
かつて対馬にはたくさんのツシマウラボシシジミがいました。自然の中で「あと一歩」を何度もくり返す中でカップルを成立させてきたのだと思います。
ただ、過酷な自然条件下ですから、中には交尾のチャンスを逃すかわいそうなチョウもいるはずです。成虫の寿命は10~20日ほどと言われています。
オスは羽化から数日たったもの、メスは羽化直後のものが交尾に適していると言われます。この時期にうまく結合しないと、そのチョウたちは子孫を残せないのです。
枝に止まっているツシマウラボシシジミのメス(左)の周囲をホバリングするオス=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
保全飼育を行う生物園では、その日に交尾の準備が整うチョウはごくわずかです。数少ないオスとメスをゴールインさせるのですから、「お見合いコーディネーター」とも言えるスタッフたちの凄腕が求められているのです。
園内で小さなチョウを追いかけること、およそ3時間。午後3時半にこの日の交配が終わりました。
カップル成立数は、合計8組。放したオスの数が9頭ですから、かなりの高確率で交尾が成功したことになります。過去には一組も成功例がない日もあったそうですから、スタッフたちは口々に「上出来ですね」と語り、満足そうでした。
絶滅危惧種のツシマウラボシシジミの交配を手伝う生物園の飼育員=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
交尾したメスはおよそ70個のタマゴを産みます。今年初めての交配は、幸先のよいスタートを切れました。天気がよく、うららかな気象条件が追い風になったようです。
生物園では1週間ほどかけて、羽化した成虫を順番に交尾させていきます。天気が悪く、交配に適さない日も想定し、サナギたちは一気に羽化させず、少しずつ成虫にしていくことが、一定の数の交尾を成功させるためのポイントだそうです。
生物園の水落渚さんは、「目標の1千個のタマゴを得るように、これからも交配をがんばっていきます」と話しています。
ふだんは非公開のツシマウラボシシジミですが、飛び回る姿を自由に観察できるチャンスがひとつだけあります。足立区生物園では、主に交尾が終わったオスを大温室で一般公開しています。
今年は4月27日(土)~5月6日(月)の予定です。注意事項や詳細はホームページから。