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絶滅寸前のチョウ救う、小さな生物園の挑戦 飼育員たちのあふれる愛
東京都内の小さな生物園が、人知れず貴重な取り組みを続けています。野生下ではほとんどいなくなってしまった絶滅危惧種の小さなチョウ「ツシマウラボシシジミ」を絶滅から守るため、園内で飼っているのです。7年目に入った絶滅危惧種の人工飼育。飼育員たちの「生き物愛」が、種の保全に大きな役割を果たしています。(朝日新聞記者・牧内昇平)
ツシマウラボシシジミは、長崎県の対馬にだけ生息するシジミチョウの仲間です。
「開張」(左右の羽を広げたときの幅)約2センチの小さなチョウで、オスメスともに羽の裏側(おなか側)に星のような斑点が一つあります。
以前は対馬に行けば出会える「普通種」でしたが、2000年代になって数が急に減ってしまいました。対馬でシカが急増し、このチョウの幼虫が食べるヌスビトハギという植物が、シカによって食べ尽くされてしまったのです。
このままでは絶滅すると心配され、チョウの保全団体や研究者たちが2013年の夏から、人工的な飼育に乗り出し始めました。
飼育場所として選ばれたのが、東京都足立区にある「足立区生物園」でした。1993年にスタートしたこの生物園は、住民たちの憩いの場、元渕江公園の一角に建っています。
上野動物園などと比べると規模はとても小さいですが、カンガルーなどの哺乳類から、カエル、ヘビ、魚まで、さまざまな生き物を飼っているのが特徴です。
チョウを飼育するバタフライファーム(大温室)もあったため、ツシマウラボシシジミの飼育場所として選ばれたのでした。
「ええっ、絶滅危惧種なんですか?」
2014年の春から生物園で働くことになった水落渚さん(27)は、心底驚いたと言います。
大学では農作物を育てるのに役立つ「益虫」を研究していた水落さん。生き物好きがこうじて飼育員をめざしていたとは言え、社会人になったばかりの自分が絶滅危惧種のチョウの飼育を担当するとは、思ってもみなかったそうです。
実は水落さん、子どもの頃からたくさんの生き物を飼っていましたが、チョウを飼った経験はほとんどありませんでした。
「毛虫とか、幼虫とかが嫌いだったんです。よく見るとたくさん毛が生えていたり、イボイボができていたりするのが、苦手でした」
大学生活ではあえてガを飼っていましたが、これは、生き物好きの自分に嫌いな虫がいるのが許せなかったからだそうです。
水落さんは「ツシマウラボシシジミ」という名前すら知りませんでした。
「私のミスで絶滅させちゃったら、どうしよう……」
不安だらけのなか、「チョウ班」の先輩たちに教えてもらいながら、飼育が始まりました。
直径1ミリ未満の小さな卵は、一つひとつ葉っぱの上にのせて専用の容器へ。孵化して幼虫になった後は、おなかが空かないようにヌスビトハギを与えます。
幼虫は、柔らかい葉っぱしか食べてくれない、ワガママさん。共食いなどを避けるため、約200頭のチョウを個別に管理します。とても手間のかかる作業です。
いちばん緊張するのは、成虫のオスとメスを交尾させるときでした。園内のバタフライファーム(大温室)にチョウを放し、カップルを成立させます。
温室の中を飛びまわるオスに、メスを近づけて、その気にさせて……。成虫の寿命は10日ほどとも言われています。その期間にカップルをつくらないと子孫が残りません。
大きな重圧をかかえながら、水落さんたちの作業は続きました。
数年間一緒にいるうち、水落さんはどんどんツシマウラボシシジミが好きになってきました。
「成虫もかわいいですが、私のお気に入りは幼虫たちです」
全長1センチほどの小さな幼虫たちを顕微鏡で眺めてみると、すごく小さな口をモグモグさせて、一生懸命葉っぱを食べています。そのけなげな姿に心を打たれたそうです。
根気よく小さなチョウの世話を続けた水落さんは、やがて先輩たちからの信頼も厚い、なくてはならない存在になっていきます。
普段は体(肉?)に埋もれているシジミチョウの顔。
— 足立区生物園 (@seibutuen_info) 2018年8月1日
改めて見てみるとかわいい顔をしていますね!!#足立区 #生物園 #昆虫 #ツシマウラボシシジミ #チョウ pic.twitter.com/X6oRkZ0Y8z
そんな水落さんの成長に目を細めているのが、生物園の関根雅史園長(49)です。
「ツシマウラボシシジミの飼育を通じて生物園全体が成長しているのを感じます」
このチョウがやってきた2013年ごろ、昆虫飼育の責任者をつとめていた関根さんは「どうすればお客さんを増やせるか」と頭を悩ませていました。翌年から園長に就くことが決まっており、年間15万人ほどの入場者数をさらに伸ばすことが喫緊の課題だったのです。
そんなときに突然舞い込んできたのが、ツシマウラボシシジミの『救済プロジェクト』でした。昆虫の飼育員は10人くらいで、そのうち5人ほどの「チョウ班」が、約50種のチョウを飼っています。
ただでさえ手いっぱいなのに、飼育ノウハウがない絶滅危惧種を飼うことができるのか……。ためらう部分もありましたが、関根さんは必ずプロジェクトを成功させようと決意しました。
「生き物にたずさわる仕事をしている限り、希少種を絶滅から救うのは我々の責任です。保全飼育を断る、という選択肢はありません」
そんな思いに応えてくれた飼育員の一人が、水落さんでした。
チョウ班から生まれたその活気は、生物園全体に広がったようです。昨年度の入場者数は22万人にのぼりました。関根園長はこう話しています。
「ツシマウラボシシジミの飼育がチョウ班以外の飼育員たちにも刺激になり、ほかの種の生き物を保全しようという動きもあります。スタッフたちの活気が、園全体の魅力づくりにいい影響を与えています」
ツシマウラボシシジミは2017年に環境省のレッドリスト(絶滅の恐れのある野生生物の種のリスト)で、「絶滅危惧1A類」にランクされました。ごく近い将来に絶滅する可能性がきわめて高い種、という意味です。
2017年には種の保存法に基づく「国内希少野生動植物種」にも指定され、長崎・対馬を中心に、チョウたちのすみかを取り戻すための活動が続いています。シカが生息域に入れないように柵を立て、そこにヌスビトハギなどの植物をうえる。地道な取り組みです。
いつか故郷に戻れる日が来ますように。そう願いながら、都会の小さな生物園は今日も、一生懸命にツシマウラボシシジミを見守っています。
ふだんは非公開のツシマウラボシシジミですが、飛び回る姿を自由に観察できるチャンスがひとつだけあります。足立区生物園では、主に交尾が終わったオスを大温室で一般公開しています。
今年は4月27日(土)~5月6日(月)の予定です。注意事項や詳細はホームページから。
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