絶滅の危機に直面している長崎・対馬に生息のチョウ「ツシマウラボシシジミ」。このチョウを救う活動が東京都内の足立区生物園で6年前から続いています。今年も、16代目の子孫が羽化、交尾を始めました。普段は非公開の一部始終を、牧内昇平記者が密着取材。
27日から始まる成虫の一般公開を前に「対馬の妖精」たちの貴重な瞬間をお伝えします。
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園内には卵や幼虫、さなぎなどさまざまな成長段階のチョウを育てる飼育室がある。当日に羽化したチョウをガラス越しに見ることもできる=2019年4月15日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
突然ですが、みなさん。
ツシマウラボシシジミというチョウをご存じですか?
シジミチョウ科の小さなチョウで、日本では長崎の孤島・対馬にしかすんでいない種です。
羽の裏側に黒い斑点が一つあるのが最大の特徴です。このため、「ツシマ(対馬にすむ)・ウラボシ(羽の裏に星がある)・シジミ」という名前がついています。
開張(羽を広げたときの端から端までの幅)約2センチの小さなチョウですが、オスとメスはすぐに見分けることができます。
メスは羽の表側が黒色に近いこげ茶色なのに対し、オスはきれいなブルーに染まっています。
ツシマウラボシシジミは羽の裏側に黒い斑点が一つあり、オスの羽の表側は青みがかっている=2019年4月15日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
いま、このチョウが絶滅の危機に瀕しています。理由は「シカ」です。
幼虫が好むヌスビトハギなどの植物を、数が増えたシカが食べ尽くしてしまったのです。
長崎・対馬の状況。写真右側のシカ柵で囲まれた内側では、林床の植物が豊富だが、写真左側はシカに食い尽くされ、ほとんど植物がみられない=長崎県対馬市、日本チョウ類保全協会提供
故郷の対馬で数が急激に減ってしまい、絶滅する心配が高まってきたので、別の場所で人工飼育を行い、「種の保全」を試みることになりました。
そこで、白羽の矢が立ったのが東京都足立区の「足立区生物園」でした。
絶滅危惧種ツシマウラボシシジミの保全活動をする足立区生物園=2019年4月18日、東京都足立区、竹谷俊之撮影
足立区生物園にシカはいませんし、チョウの飼育に使うバタフライ・ファーム(大温室)があります。2013年の夏に対馬からツシマウラボシの成虫がやってきました。
それから6年。最初のメスがタマゴを産み、タマゴが孵化して幼虫になり、サナギを経て、大人(成虫)になる。新しい成虫がタマゴを産み、幼虫になり……と、生命のサイクルを6年間くり返してきました。
初めて対馬からやってきた成虫から数えると16代目の子孫が、いま足立区生物園にいます。
沖縄や南西諸島などの自然を再現した大温室=東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
私はどうしても羽化の瞬間を目撃したかったので、飼育員さんたちが「そろそろだ」と言う、4月半ばに生物園を訪れました。
エース飼育員の水落渚さん(27)が導き入れてくれたのは、生物園の飼育室のバックヤード。一般の来場者には非公開の飼育スペースです。作業机を見わたすと、ブラスチック製の虫かごが置かれています。
卵や幼虫、さなぎなどさまざまな成長段階のチョウを育てる飼育室=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
虫かごの底にはキッチンペーパーが敷いてあり、その上に点々と小さな黒いシミが……。
と思っていたら、この小さなシミこそ、目指すツシマウラボシのサナギでした。
全長1センチほど。水落さんに教えてもらわなければ、チョウを飼育したことがない私には、サナギと気づけなかったことでしょう。
虫かごに入ったツシマウラボシたちは10日ほど前に幼虫からサナギになったそうです。飼育室の室温(23度くらい)のもとでは、およそ10日で成虫へと羽化するそうです。つまり、私が訪れた「今日」です。
ツシマウラボシシジミの羽化間近のさなぎ=2019年4月12日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
「透明だったサナギが黒ずんできましたから、もうすぐ羽化するはずですよ」。水落さんがそう言って、私に期待を持たせてくれます。
もうすぐにも羽化するかな…。
もうすぐかな…。
待つこと十数分。意外にも早く、その瞬間はやってきました。
ツシマウラボシシジミの成虫は白い足をモゾモゾと動かして、懸命に外の世界へはい出そうとしていました。
サナギの殻からぬけ出したあとは、ヨタヨタと歩いて虫カゴの壁をのぼり、壁にとまってじっと羽を乾かしていました。
極小のチョウがサナギの殻を自力で打ち破り、外の世界に姿を現す姿は感動を誘います。ひとが心身共に成長を遂げたときに「あいつは脱皮したな」などと言いますが、本家本元の脱皮は人間たちに勝るとも劣りません。
まして、いまサナギの殻を脱いだのは、絶滅危惧種にランクされている貴重なチョウです。
この生物園にいる幼虫たちが着実に成虫になってくれなければ、そして確実にタマゴを産んでくれなければ、種が絶えてしまう可能性もあるのです。そう考えると、目の前で力を振り絞って大人になったツシマウラボシたちに、「がんばったなあ」と声をかけてあげたくなりました。
羽化したばかりのツシマウラボシシジミ。手前は抜け殻=2019年4月12日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
色鮮やかなツシマウラボシシジミの幼虫=2019年4月12日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
そう、幼虫の時から、結構かわいいのです。
毛むくじゃら、イボイボがたくさん、なんてことは一切ありません。
幼虫の体全体は透き通ったみどり色をしていますが、特に冬を越す幼虫は、おなかのあたりは、きれいなピンク色です。おいしそうな桜餅のような、きれいな色です。
色鮮やかなツシマウラボシシジミの幼虫=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
幼虫のかわいらしい姿に見とれていると、水落さんが声をかけてくれました。
「シジミチョウの幼虫って、頭がお肉の中に引っ込んでいるんです。草花を食べる時だけ頭がニョキっと出てきます。小さな頭をがんばって出して、口をモグモグさせている姿がとってもかわいいんですよ」
幼虫ファンは意外と多いようです。
越冬幼虫は前の年の10月ごろから春まで何も食べずに過ごします。それでも生きていけるのは、幼虫のあいだにたくさん栄養を蓄えておくからです。
エリックカールさんの有名な絵本「はらぺこあおむし」を覚えていますか?
タマゴから産まれたあおむしは月曜から日曜までさまざまな食べ物を平らげ、大きく太ってサナギになります。あれは事実で、チョウは幼虫のあいだにガツガツ貪欲に食べて、羽化して空をはばたくまでに必要な膨大なエネルギーを蓄えるのだそうです。
7年目に入った「絶滅寸前のチョウを守る!」足立区生物園の取り組みですが、今年も順調に進んでいるのでしょうか。
昨年冬の段階で、生物園には238頭の幼虫がいました。
ツシマウラボシシジミの羽化のタイミングを調整するために幼虫を冷蔵庫に入れて冬眠させている。温度は約10度=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
残念ながら、現在までに66頭が冬を越せずに、あるいは羽化できずに死んでしまったことが確認されています。
ツシマウラボシシジミを飼育する際の難敵のひとつが「冬」です。冬の寒さや栄養不足で死んでしまう幼虫がたくさんいます。保全を始めた当初は越冬の成功率が2割程度でした。
幼虫に与えるエサや冬眠中の管理を徹底することで現在の越冬成功率は6割ほどに上がっていますが、安定して飼育するためにもう少し確率を上げるのが今後の目標だそうです。
この冬は、幼虫を入れておく鉢を工夫しました。冬を越す幼虫は葉っぱを体に巻きつけて寒さや天敵から身を守ります。生物園では植木鉢いっぱいに枯れ葉を詰め、その中に葉っぱにくるまった幼虫を入れて、なるべく野生下と近い条件を作ろうとしています。
ツシマウラボシシジミの幼虫を越冬させるために枯れ葉を入れた鉢を工夫したという=2019年4月18日、東京都足立区の足立区生物園、竹谷俊之撮影
この葉っぱを詰める鉢について、プラスチック製にするか、陶器にするか、などで少しずつ生育条件が異なる可能性があり、研究を続けていくそうです。
さて、羽化した後の大イベントと言えば……。そう。オスとメスによる愛のやりとり、「交尾」です。野生下ではチョウたちに自由にやってもらえばいいのですが、生物園では飼育員たちが一生懸命サポートします。確実に子孫を作り出さないといけないので、もっとも飼育員が神経を使い、経験とカンを問われる瞬間だそうです。次回は、今春の交尾の場面をお届けします。
【28日配信予定】
やきもきする……絶滅寸前チョウ、交尾の瞬間に密着 飼育員が奮闘
ふだんは非公開のツシマウラボシシジミですが、飛び回る姿を自由に観察できるチャンスがひとつだけあります。足立区生物園では、主に交尾が終わったオスを大温室で一般公開しています。
今年は4月27日(土)~5月6日(月)の予定です。注意事項や詳細はホームページから。