絶滅寸前のチョウ救う、小さな生物園の挑戦 飼育員たちのあふれる愛

対馬の固有種、シカの食害で数が激減
ツシマウラボシシジミというチョウをご存じですか?
シジミチョウ科の小さなチョウで、日本では長崎の孤島・対馬にしかすんでいない種です。
羽の裏側に黒い斑点が一つあるのが最大の特徴です。このため、「ツシマ(対馬にすむ)・ウラボシ(羽の裏に星がある)・シジミ」という名前がついています。
開張(羽を広げたときの端から端までの幅)約2センチの小さなチョウですが、オスとメスはすぐに見分けることができます。
メスは羽の表側が黒色に近いこげ茶色なのに対し、オスはきれいなブルーに染まっています。

幼虫が好むヌスビトハギなどの植物を、数が増えたシカが食べ尽くしてしまったのです。

保全のため、対馬から東京へ
そこで、白羽の矢が立ったのが東京都足立区の「足立区生物園」でした。

それから6年。最初のメスがタマゴを産み、タマゴが孵化して幼虫になり、サナギを経て、大人(成虫)になる。新しい成虫がタマゴを産み、幼虫になり……と、生命のサイクルを6年間くり返してきました。
初めて対馬からやってきた成虫から数えると16代目の子孫が、いま足立区生物園にいます。

目撃!羽化の瞬間
私はどうしても羽化の瞬間を目撃したかったので、飼育員さんたちが「そろそろだ」と言う、4月半ばに生物園を訪れました。
エース飼育員の水落渚さん(27)が導き入れてくれたのは、生物園の飼育室のバックヤード。一般の来場者には非公開の飼育スペースです。作業机を見わたすと、ブラスチック製の虫かごが置かれています。

と思っていたら、この小さなシミこそ、目指すツシマウラボシのサナギでした。
全長1センチほど。水落さんに教えてもらわなければ、チョウを飼育したことがない私には、サナギと気づけなかったことでしょう。
虫かごに入ったツシマウラボシたちは10日ほど前に幼虫からサナギになったそうです。飼育室の室温(23度くらい)のもとでは、およそ10日で成虫へと羽化するそうです。つまり、私が訪れた「今日」です。

もうすぐにも羽化するかな…。
もうすぐかな…。
待つこと十数分。意外にも早く、その瞬間はやってきました。
ツシマウラボシシジミの成虫は白い足をモゾモゾと動かして、懸命に外の世界へはい出そうとしていました。
サナギの殻からぬけ出したあとは、ヨタヨタと歩いて虫カゴの壁をのぼり、壁にとまってじっと羽を乾かしていました。
まして、いまサナギの殻を脱いだのは、絶滅危惧種にランクされている貴重なチョウです。
この生物園にいる幼虫たちが着実に成虫になってくれなければ、そして確実にタマゴを産んでくれなければ、種が絶えてしまう可能性もあるのです。そう考えると、目の前で力を振り絞って大人になったツシマウラボシたちに、「がんばったなあ」と声をかけてあげたくなりました。

意外とかわいらしい幼虫たち
ちなみに、サナギになる前の幼虫はこんな感じです。

毛むくじゃら、イボイボがたくさん、なんてことは一切ありません。
幼虫の体全体は透き通ったみどり色をしていますが、特に冬を越す幼虫は、おなかのあたりは、きれいなピンク色です。おいしそうな桜餅のような、きれいな色です。

食いしん坊も越冬のため
「シジミチョウの幼虫って、頭がお肉の中に引っ込んでいるんです。草花を食べる時だけ頭がニョキっと出てきます。小さな頭をがんばって出して、口をモグモグさせている姿がとってもかわいいんですよ」
幼虫ファンは意外と多いようです。
越冬幼虫は前の年の10月ごろから春まで何も食べずに過ごします。それでも生きていけるのは、幼虫のあいだにたくさん栄養を蓄えておくからです。
エリックカールさんの有名な絵本「はらぺこあおむし」を覚えていますか?
タマゴから産まれたあおむしは月曜から日曜までさまざまな食べ物を平らげ、大きく太ってサナギになります。あれは事実で、チョウは幼虫のあいだにガツガツ貪欲に食べて、羽化して空をはばたくまでに必要な膨大なエネルギーを蓄えるのだそうです。
普段は体(肉?)に埋もれているシジミチョウの顔。
— 足立区生物園 (@seibutuen_info) 2018年8月1日
改めて見てみるとかわいい顔をしていますね!!#足立区 #生物園 #昆虫 #ツシマウラボシシジミ #チョウ pic.twitter.com/X6oRkZ0Y8z
羽化できるのは6割
7年目に入った「絶滅寸前のチョウを守る!」足立区生物園の取り組みですが、今年も順調に進んでいるのでしょうか。
昨年冬の段階で、生物園には238頭の幼虫がいました。

残念ながら、現在までに66頭が冬を越せずに、あるいは羽化できずに死んでしまったことが確認されています。
ツシマウラボシシジミを飼育する際の難敵のひとつが「冬」です。冬の寒さや栄養不足で死んでしまう幼虫がたくさんいます。保全を始めた当初は越冬の成功率が2割程度でした。
幼虫に与えるエサや冬眠中の管理を徹底することで現在の越冬成功率は6割ほどに上がっていますが、安定して飼育するためにもう少し確率を上げるのが今後の目標だそうです。
この冬は、幼虫を入れておく鉢を工夫しました。冬を越す幼虫は葉っぱを体に巻きつけて寒さや天敵から身を守ります。生物園では植木鉢いっぱいに枯れ葉を詰め、その中に葉っぱにくるまった幼虫を入れて、なるべく野生下と近い条件を作ろうとしています。

この葉っぱを詰める鉢について、プラスチック製にするか、陶器にするか、などで少しずつ生育条件が異なる可能性があり、研究を続けていくそうです。
さて、羽化した後の大イベントと言えば……。そう。オスとメスによる愛のやりとり、「交尾」です。野生下ではチョウたちに自由にやってもらえばいいのですが、生物園では飼育員たちが一生懸命サポートします。確実に子孫を作り出さないといけないので、もっとも飼育員が神経を使い、経験とカンを問われる瞬間だそうです。次回は、今春の交尾の場面をお届けします。
やきもきする……絶滅寸前チョウ、交尾の瞬間に密着 飼育員が奮闘
GW中は一般公開
ふだんは非公開のツシマウラボシシジミですが、飛び回る姿を自由に観察できるチャンスがひとつだけあります。足立区生物園では、主に交尾が終わったオスを大温室で一般公開しています。
今年は4月27日(土)~5月6日(月)の予定です。注意事項や詳細はホームページから。