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デフリンピックをきっかけに 聴覚障害や手話のトピックを取材して

お客さんに笑顔を向ける「串揚げ居酒屋ふさお」の吉岡富佐男さん
お客さんに笑顔を向ける「串揚げ居酒屋ふさお」の吉岡富佐男さん

目次

東京で初めて開催された、聞こえない、聞こえにくい選手の国際大会「デフリンピック東京大会」。大会をきっかけに、以前から興味のあった聴覚障害や手話通訳を改めて取材して記事を配信してきた川村さくら記者。ポッドキャストでその取材について語り合いました。記事でもあわせて紹介します。

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コーチと観客席がやりとり 手話ならでは

川村さくら・withnews編集部:デフリンピックをきっかけに、聴覚障害や手話への関心が高まる時期だったので、デフトピックについて積極的に取材して記事にしてきました。

デフリンピック東京大会は、東京のほかにも福島や静岡などで21競技が11月16日から26日まで開かれました。

デフリンピックは1924年にパリで開かれたのが最初で、五輪と同様に4年に1度、開かれてきました。今回は100年を超えて初めて東京で開催される大会でした。

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水野梓withnews編集長:この期間前後、東京の街中でも、手話を使う海外の方を多く見かけました。関係者の札を下げている方もいらっしゃいましたね。

川村:東京のパブでも、手話ユーザーの方々がいらっしゃいました。私が取材した新宿の居酒屋「ふさお」でも、関西や九州のほか、世界の各国からデフ関係者が訪れていて、予約でいっぱいでした。

水野:耳の聞こえないご夫婦が経営している居酒屋なんですよね。

川村:その日、1時間半ぐらいだけでも海外の方、数組が入りたいと訪れていました。

吉岡富佐男さんとかつ江さんご夫婦が築いてきたお店の価値があるからこそだなと思いました。

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水野:デフリンピック競技はどこか観てきましたか?

川村:国立オリンピック記念青少年総合センターにある、デフリンピックスクエアに行ってきました。
スタンプラリーができたり、国際手話と日本手話を教えてくれるテントがあったりします。

その後、大田区の総合体育館に移動して女子バスケのギリシャ戦を観戦。お客さんがびっしりで、立ち見のお客さんもたくさんいました。みんなが「サインエール」と呼ばれる、応援の「フレーフレー」のエールを一緒に息を合わせてやっていました。

両手を耳の横から前に、「前へならえ」をするように振り出すのがサインエールですね。

水野:エールを飛ばすって感じですよね。

川村:デフバスケ協会のインスタグラムでは、選手のひとりが「コートに入って泣いてしまった」「こんなにたくさんの人たちが応援してくれて、今まで頑張ってきてよかったと思いました」という言葉を発信していました。

普段からデフスポーツにはここまでの注目が集まっているわけではないからこそ、今回のデフリンピックってすごく特別なものなんだなと思いました。

水野:私は東京体育館で卓球を見てきました。意外だったのが、声を出している人も多いんだなということでした。

あと非常に興味深かったのが、プレーエリアのコーチ陣と、観客席にいる観客の人が、試合中に手話で会話しているのを見たことでした。
堀江麻友・朝日新聞ポッドキャスト音声チーム員:周りが騒がしかったら、声を出しても聞こえないですもんね。

川村:手話って音声と違って、スクランブル交差点みたいに、あちこちで同時にいろんな人たちがやりとりできるんですよね。

バスケは試合中に、相手の動き方に合わせてこっちも動き方を変えないといけないけど、声で呼びかけることはできないので、足を鳴らして振動で「こっち向いて」と伝えたりとか。

もともと聞こえる選手たちのバスケでも、声でやりとりせずに暗号のようなサインプレーをするので、それは共通だなと思いました。

堀江:審判はどうやってるんですか?

川村:バスケットは笛で試合が止まることが多いスポーツですが、タイマーの前やゴール下に赤いランプがあって、笛が鳴るとパッと光る仕組みになっていました。

「文字なら分かるでしょう」というのは…

水野:手話のスピードの速さがすごかったので、会場にいると「手話ができたらなぁ」というのをすごく感じました。

川村:SNSでも指摘されているのが、デフバスケの会場でも、結局アナウンスが音声だったんですよね。それが字幕翻訳されるというかたちなんですよ。

でも、プレーヤーや来場者は圧倒的に手話ユーザーの方が多いなかで、やはり手話言語を第一言語として、設計されていたら、と思いました。

水野:たしかに、大型ビジョンに、いつも手話通訳者の方が映る、それが音声アナウンスになるとかだとよかったかもしれないですね。

川村:開会式でも、国歌斉唱で(音声で歌う歌手に対し)手話側の方がほとんど会場の画面に映らなかったということも指摘されていました。

今後への教訓になることもたくさんあると思いますので、私も社会の一員として、ろうの方がどうやって聴者と平等に近い形で場を楽しめるのか、ということを考えていきたいです。

堀江:手話ができるボランティアスタッフの方は足りていたんでしょうか?

川村:国際手話が100人で、日本手話が140人ぐらいいるそうです。

水野:21競技で各会場に…と考えると少し足りないんじゃないかと思いますね。

川村:全員が通訳士の資格を持っているわけではないので、配分も難しいと聞きました。

水野:全員が、国際手話ができるというわけではないんですもんね。

堀江:日本手話と国際手話はまた違うんですね。

水野:私も2022年に流行したドラマ「silent」で知ったことがあって。登場人物のひとりが聞こえなくなって、大人になってから高校生の時の恋人と再会するというお話なんですけど。昔は、手話が教育現場では厳しく禁じられていたっていう過去があるんですよね。

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川村:デフリンピックが行われるほど社会の理解が進んだとはいえ、昔はこれがまったく当然ではなく、「口話(こうわ)」と呼ばれるコミュニケーションが教育現場では重視されていました。

これまでろうの方や手話通訳者の方にたくさんお話を聞いてきたなかで、昔の教育で注力されたのは「聴者に迷惑をかけない」「聴者の世界にいかになじんでいくか」ということが重視されたということでした。

口話とは、口の形を読んで、相手が何を言っているか聞こえなくても目で読み取る、読唇術と近いイメージのコミュニケーションです。ろうの世界でしか通じない手話よりも、聞こえる人たちの世界で生きていくために、頑張って口話を覚えたり、舌や口の形を覚えて音を出せるようにという訓練が厳しくされていたりした……という話を聞きました。

水野:日本語を話せる人たちの方がマジョリティーだから、それにあわせた教育がろう学校でも行われてきた……ってことなんですね。

川村:いま、ろうの方々が多く使うのは「日本手話」という、日本語とも語順や言語体系が少し違ったものです。日本語に対応するかたちの手話は「日本語対応手話」といいます。

ろうの方からしたら、日本手話と日本語対応手話も、また違う言語なんですよね。北海道では最近も、ろう学校で日本手話の教育が受けられないのはおかしいという裁判が起こっていたぐらい、違う言語として認識されています。

水野:そういう、ろうの方々の世界を知るきっかけとして、デフリンピックは大事ですね。

川村:識字率も上がって、母語が手話という皆さんも文字を書けますが、やはり「耳が聞こえなくても文字なら分かるでしょう」というのはちょっと傲慢なんですよね。

水野:だからこそ、デフリンピック会場では、音声アナウンスを字幕にするのではなく、手話を第一言語にするべきではないかという指摘になるということですね。

居酒屋「ふさお」手話でスクランブルな会話

水野:先ほど出てきた居酒屋「ふさお」を取材したきっかけは何だったんですか?

川村:本当に偶然、ショート動画を見ていたら海外の女性が「Food From A Deaf Chef」って紹介しているものを見たんです。

調べたら、新宿にある居酒屋で、耳の聞こえないご夫婦がやっていることが分かりました。

私は今、朝日新聞東京本社内で2週間に1度、ランチタイムに手話を教えてもらう会に参加していて、そこで「ふさお」について聞いてみたらみなさん知ってるんですね。

そこで先輩に連れていってもらって飲みにいって、帰りに「今度取材してもいいですか」って聞いたら、富佐男さんが「オッケー」ってポーズをしてくれました。

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水野:実際に行ってみてどうでしたか?

川村:ふさおでのコミュニケーションは、声の大きい誰かが話してみんながそれを聞く、ってならないんですよね。

みんながそれぞれ手話でスクランブルしていて、いろんなところで会話が広がっているのも面白いし、聴者のお客さんもたくさんいるものの、手話ができない側がマイノリティーになるので、みなさんの手話を見ながら「今何をしゃべっているのかな」って予測するのは、ふだん聴者がメインの社会でろうの方が感じていることなんだろうなとも思いました。
「串揚げ居酒屋ふさお」の(左から)吉岡かつ江さんと富佐男さん
「串揚げ居酒屋ふさお」の(左から)吉岡かつ江さんと富佐男さん

「トイレ」の手話は、アルファベットを示して…

川村:手話ってすごく面白いので、ぜひみなさん自分に関係する言葉だけでも覚えるといいと思います。北海道は、人さし指と中指2本をひし形にします。

水野:北海道のかたちみたいになるんだ!

川村:群馬は、両手の人さし指を、馬が駆けているように体の前で動かしたら群馬になります。

親指と人さし指を立てて、Lと鏡文字のLみたいな手をつくって、それを上にすると、朝日の昇る方で東。下にすると西です。同じ手話で、東京と京都を表します。

水野:なるほど~おもしろい。新聞は?「めくる」ポーズじゃないかな。

川村:左腕を体の前で横に向けて。

堀江:志村けんさんの「アイーン」を胸の前でやる感じですね。

川村:これは地平線・水平線を意味するので、右手をグーにして、左腕の下からくぐって前に出します。前に出すときに、掌を開く。朝日が上がったということですね。

水野:これが朝日新聞の「朝日」。

川村:新聞は、アイーンと同じかたちに左腕を体の前に持ってきて、手はグー。そのグーの上に右ひじを乗せて、右手の手首をプルップルッと振ります。これは何のポーズでしょうか。

水野:なんだろう……配達?新聞が届きましたよ~みたいな?

川村:近いです!新聞を手売りしていたとき、鈴を鳴らしていたみたいなので、その動作を表しているみたいです。

手話は、ひとつの手話がひとつの意味ではないので、大事なのが口の動きになります。「花」という手話でも口を「さくら」と動かせば「桜」として通じるよと習ったことがあります。

新聞みたいに昔の暮らしが残っているものもあったり、手話から見える人の生活というのも面白くて、それが私が手話が好きな理由のひとつですね。

ちなみに、トイレは小指・薬指・中指を立てて、人さし指と親指を丸にします。でも指先はつけないのが大事です。

水野:親指と人さし指をつけない……便座のマーク……?

川村:ヒントはアルファベットです。

水野:トイレの「WC」ってこと!?

川村:そうなんです。ぜひふさおで飲んだ時に、トイレに行きたくなったらこの手話を使って下さい。

耳の聞こえない市議、立候補した理由

水野:ほかにも、耳が聞こえない議員にも話を聞いたんですよね。

川村:兵庫県明石市に家根谷敦子さんという市議の方がおられて、2015年当選なので10年活動を続けています。

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群馬の前橋総局で勤務していたとき、障害のある議員がつくっている組織「障害者の自立と政治参加を進めるネットワーク」の全国大会の取材にいったことがあって、その時に家根谷さんにもご挨拶していて、ご縁がありました。
講演会にて手話で話す家根谷敦子さん
講演会にて手話で話す家根谷敦子さん 出典: 家根谷さん提供
水野:家根谷さんは、阪神・淡路大震災きっかけに、耳の聞こえない人が被災すると情報が少なくて困るということに気づいて、議員を目指すことになったそうですね。

堀江:当時はとくに、情報源がラジオとかでしたもんね。

水野:でも実際、なりたいと言っても大変だったのではないかと思いましたが…

川村:娘さん3人がいらっしゃって手話が幼少期からできたので、娘さんたちが家根谷さんの手話を日本語に通訳して演説をするやり方で、初めての立候補で当選したということでした。

水野:このネットワークによると、障害のある議員は全国に46人。そのなかで聴覚障害のある議員は、家根谷さん含めて5人ということなんですね。

川村:本来は社会ではもっと障害のある方の比率は高いわけですよね。社会の制度を設計する議会という場で、比率がまだまだ不均衡だというのは問題だと思います。

水野:立候補や政治活動にもさまざまなハードルがあるんでしょうし、とはいえ、障害のある方が入ることでさらに改善されていく部分もあると思うんですよね。

川村:ネットワークの事務局を務める、福岡県大牟田市の市議・古庄和秀さんの記事にもその思いを書いたので、ぜひ読んでほしいです。

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耳の聞こえない弟2人に「YouTubeやろう」

水野:ここまで伺ってきて、手話が少しできたとしても、どうやって取材しているんだろうということなんですが、どうやってたんですか?

川村:なけなしの手話知識でちゃんとインタビューができるわけではないので、「ふさお」の取材では民間の手話通訳派遣サービスに依頼をだして手話通訳をお願いしました。

家根谷さんに関しては、オンラインでインタビューをした際に、家根谷さん側に手話通訳の方がいてくださって、やりとりを通訳していただきました。

水野:この手話通訳士の方の存在が本当に大きいですね。

川村:ほかにも、弟たちの聴覚障害について紹介するYouTubeチャンネル「POCチャンネル」も取材しました。
POCチャンネルの(左から)次男・ナツさん、長男・サエキさん、三男・マコさん
POCチャンネルの(左から)次男・ナツさん、長男・サエキさん、三男・マコさん 出典: サエキさん提供
3兄弟のうち、長男サエキさんは聴者で、次男・三男のナツさんマコさんがろうの方です。

コロナ禍の時からよく見ていたチャンネルのひとつだったので、デフフェスというイベントを企画していたこともあって、ぜひ今お話を聞かせてもらいたいなと思いました。

「今から撮るぞ」っていう感じで撮ってなくて、普段の日常生活をちょっとずつ切り取って投稿している自然な感じがいいんですよね。

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堀江:視聴者からの素朴な疑問っていうのにも答えているのがいいですよね。

三男のマコさんは耳が聞こえないけど声は出しています。で、次男のナツさんの方は全く声を出さずに手話だけで会話をしているんですね。

なんでナツさんは声を出さないんですかという質問が寄せられていたんですが、それに回答している回が印象的でした。

「声がある世界が必要ないと思った」とか「そもそも声を出すのが面倒くさいから」に加えて、「声を出さないことで声が聞こえると間違われる事もある」という話をしてくれましたね。

川村:サエキさんが聴覚障害について発信しようと思った理由は、弟たちの生活を紹介することで理解が進んだらいいなということでした。

両手をハサミのかたちにして切った…手話の意味は

水野:そもそも川村さんが手話とか聴覚障害を取材しようと思ったきっかけはどんなことがあったんですか?

川村:2020年に入社し、札幌に配属をされたんですが、そのとき旧優生保護法の強制不妊手術や中絶手術について、国家に賠償を求める裁判がちょうど地裁で進んでいました。

初めて傍聴に行った日、合理的配慮のひとつとして、手話通訳者の方が傍聴席を向くかたちで配置されていたんですよね。

手話を知っているわけではないけど、何の話をしているのかがちょっとずつ分かってくる。

その中でも、両手をハサミの形にして、足の付け根でジャキッと切る手話があるんです。これが「不妊手術」の手話で、すごく胸が痛くなりました。

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水野:切って妊娠できなくさせる手話……ということですね。

この傍聴席のバリアフリーも、裁判所ごとに判断しているんですよね。

川村:弁護団の方が地裁などと調整をしてなんとか実現した合理的配慮でした。事前の調整がなかったら、ふだんの法廷で合理的配慮や情報保障が受けられるわけでもないので、そこも考えさせられるトピックに出会った機会でした。

水野:社内でアクセシビリティーの研修を受けたときに、「すべて完璧にやろうとすると『そんなことできない』と思ってためらってしまうかもしれないので、まずできることからやったらどうか」というアドバイスがあったんです。

もちろん最初から手話通訳者を置くことができればいいけれど、それが難しければまずは字幕からとか、少しずつ始めることもできたらいいなぁと思いました。

川村:デフリンピックが気づきのきっかけとなって、社会の中にろうの方や手話を使う方がいることを知ってもらって、彼らがどういう困難が普段の生活にあって、それをなくすためにマジョリティー側どういうことができるのか、考えるようになれればと思います。

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