連載
#1 ある納棺師の日々
納棺師が「儀式」の時、考えていること 始めた当初は「疑問だらけ」
2009年に米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」。主演の本木雅弘さんが演じた「納棺師」に、注目が集まった。富山市の鳥羽みゆきさん(43)は、故人の体を清めて整え、家族らとのお別れの時間を作る納棺師の仕事を、「使命」だと感じながら向き合っている。納棺師はどんなことを考えて、儀式をしているのか? 様々な死を目にしてきた鳥羽さんに聞いた。(朝日新聞富山総局記者・吉田真梨)
今年6月、富山県魚津市の葬儀場の一室。祭壇の前の真っ白な布団に86歳の男性が横たわっていた。
「今から始めさせていただきます」。鳥羽さんは集まった親族に声をかけると、布をかぶせた男性の顔に向けて手を合わせ、一礼してから納棺の儀式を始めた。
僧侶が木魚をたたく中、アルコールを含んだ脱脂綿で体を拭き、白装束に着せ替える。体が見えないよう布団をかけたまま作業を進める。固くなった手をほぐして組ませ、数珠を持たせる。最後に顔の布を取ると、親族の静かな泣き声や鼻をすする音が響いた。丁寧に肌を整え、髪をとかす。支度が整うと、親族と一緒に布団ごと男性の体を持ち上げ、棺に入れた。
親族らが1人ずつ、棺に花を入れていく。思わず涙がこぼれる人やじっと顔をのぞき込む人。張り詰めていた空気は次第に穏やかになっていった。
初めて納棺に立ち会ったという、男性の孫の女性(27)は「亡くなった実感がなかったけど、送り出さないとなという気持ちになりました」と話す。約30分の納棺の儀式の間、亡くなった時に男性はやせてしまったけど昔は体が大きかったこと、お見舞いに甘い物を持って行くとおいしそうに食べていたことを思い出していたという。
6年前に納棺師となった鳥羽さん。現在は家族葬を中心に執り行う葬儀会社「ダビアス富山」(富山市)の専属納棺師として働きながら、個人で納棺の依頼を受けることもある。連絡を受け、遺族が許せば、夜中でも早朝でも遺体を確認しに向かう。
遺体の状態は亡くなった時の状況で異なる。火葬するまでの間にも、刻々と変わっていく。火葬の直前まできれいな体が保てるよう、変色や床ずれはないかなど数十のポイントをチェックし、処置をする。点滴の跡があればそこから体液がもれないようにし、口や目を閉じ、顔を保湿し、髪をドライシャンプーする。口の閉じ方一つとっても亡くなった人で同じやり方はなく、「納棺師の仕事に正解はない」と鳥羽さん。
この仕事を始めたばかりの頃は、疑問だらけだった。
数人の納棺師につき、遺体の処置の仕方などを学んだ。うまく口が閉じなかったり、化粧がのらなかったりして、どうしたらいいか尋ねても、「そういうもんだ」としか返ってこなかった。「ご遺体が自分にとって大切な人や、自分だったらどうだろうか」。亡くなった人の尊厳や家族のことを考えると、そのままでいいとは思えず、納得いかなかった。各地の講習会に参加し、法医学や特殊メイクの技術も学んだ。
納棺の儀式は「気持ちを交換する場」だという。「悲しい気持ちも楽しかった思い出も丸ごと受け止めて、『また、会おうね』という気持ちになって前に進むきっかけになると思うんだよね」
納棺師となって、様々な死を目にしてきた。
飲酒後の海水浴中に亡くなった30代の男性。ぬれた髪が肌に張り付き、唇と顔は真っ青。司法解剖で体中に縫った痕があった。変わり果てた姿を、家族は見ることができなかった。
男性と対面した鳥羽さんは「こんなところに傷があるぜ。痛いぜ(こんなところに傷があるよ。痛いね)」「今、いいがにしてあげっからね(今、良くしてあげるからね)」。そう言葉をかけながら傷を隠し、髪をかわかし、顔に保湿と血色を良く見せるためのクリームを塗り、パウダーをはたいた。
納棺の支度ができたことを伝えても、家族は見たがらなかった。ようやく遺体を見ると「あれっ、全然違う」「髪もとかしてくれたんだ」「寝てるみたいだわ」と口々に言い始めた。「バカタレ」。そう母親が言うとみんな泣き出した。
「大切な人を亡くした人たちの前では、どんななぐさめの言葉も伝わらない。最後に家族だけで棺にお花を入れる時、心の中でたくさんの会話があると思う」
亡くなった人とその家族のことを第一に考える。「どうにもならんや」とヤジを飛ばされたり、小さな子どもを残して亡くなった母親の無念さに涙がこぼれそうになったりすることもある。だが、どんなに感情が揺れても自分の気持ちは表に出さず、亡くなった人の声を聞くように、生前の雰囲気に近づくように整えていく。
いつもかばんに入れている、1通の手紙がある。高齢の母親を見送った娘が後日、くれた手紙だ。
「いいお別れだった」。感謝の言葉が鳥羽さんを支えている。
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