ところ変われば品変わる。世界のあちこちに住む朝⽇新聞の特派員が、「街の乗り物」をテーマに撮った写真を集めました。今回はバス、タクシーです。線路のない街はあっても、道路のない街はありません。馬車が走っていたころから、我々の生活にしっかりと根を下ろしている車たち。それだけに、地域色を豊かに映し出していました。(朝⽇新聞国際報道部)
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案内役は東京・国際報道部の元テヘラン支局長、神田大介です。まずはアメリカ・ニューヨークから鵜飼啓記者。
鵜飼記者「ニューヨークの乗り物と言えば、やっぱり『イエローキャブ』。車体の黄色いタクシーです。
マンハッタンなどで歩いているとたくさん通るので、なじみのある方も多いでしょう。最近は日産のミニバン型やトヨタ車が目立ちます」
鵜飼記者「ただ、このところ配車サービスのウーバーやリフトに押され気味。タクシーは運転が乱暴だったり、車の整備が行き届いていなかったりするので、私もついウーバーなどを利用しがちになります。
数年前は100万ドル(約1億1千万円)したと言われるタクシーの営業ライセンスが、今年初めには20万ドル(約2000万円)以下に暴落。抗議の自殺者も出ています」
一般人がマイカーをタクシーのように使い、空いた時間に客を乗せて代金をとる「ライドシェア」(相乗り)は世界中で流行しています。
私も使ったことがありますが、なるほど人気が出るわけだなと思いました。スマートフォンの地図上で目的地を入力するだけなので、言葉が通じなくても乗れるのがとても便利。電子決済も可能なので、めんどうな両替も不要だし、ぼったくられることもありません。
ただ、各地で正規のタクシーとの間で摩擦を生んでいます。日本では「白タク」とみなされ、禁止されています。
ところで、タクシーの色は国によってさまざま。ロンドンタクシーは黒く、ドイツはアイボリーです。パリでは色も車種も様々で、「タクシー」というランプを掲げていること以外に共通点はあまりありません。
そんな中でも、黄色っぽい車体のタクシーを見る機会は割と多い気がします。ニューヨークの影響でしょうか。
私が赴任していた中東だと、たとえばトルコ、ヨルダン、チュニジア、エジプトの一部。シリアもそうです。イラン製の車両が使われているのが印象的でした。
そのイランでは、黄色と緑色のタクシーが混在しています。黄色は行政当局の公認ライセンスを持っているタクシーで、緑は民間のタクシー会社に所属している車両だそうです。
とても個性的なのがキューバのタクシーです。田村剛記者から。
田村記者「キューバと言えば世界的に有名なクラシックカーを使ったタクシー。アメリカの制裁で新たな車の輸入ができず、かつて走っていたクラシックカーを内部の部品を新しいものに変えながら、現在まで使っています。
外装はかつてのままでも、ほとんどの車の部品は当時とは全く違うものになっていると言われています」
田村記者「エンジン音が大きく、ドアがしっかり閉まらなかったり、シートがやぶけたりしているものが普通で、乗り心地はそれほどよくありません」
こんなタクシーに乗れたら、気分は盛り上がりそうですね。キューバは2015年7月にアメリカと国交を回復して以来、観光客の数が増えているとのことです。
岡田玄記者も写真を送ってくれました。ルートの決まった乗り合いタクシーもあって、やはりクラシックカーが使われているそうです。
フィリピンに極めて個性的な、バスとタクシーの中間くらいの大きさの車が走っています。鈴木暁子記者です。
フィリピンのジープニー。キリスト教徒が多い国だけあって、神をたたえる言葉、キリストや天使のイラストなどをデザインした車両も多い
鈴木記者「フィリピンの顔とも言われる庶民の足が、乗り合い自動車のジープニーです。初乗り4キロの運賃は約17円。
車両ごとに、キリスト教の題材やアニメ、所有者の家族の顔などがド派手な色彩で描かれています」
馬車が走っていた時代の名残の「馬」がついたサラオ社のジープニー
鈴木記者「第2次世界大戦後、米軍払い下げのジープを改造してうまれました。スペイン領時代の馬車に取って代わったので、バンパーに馬の形の金属部品がついているものもあります。
多様な国の影響を受けたフィリピンのハロハロ(タガログ語で『ごちゃ混ぜ』)文化の象徴ともいわれ、大阪の国立民族学博物館が東南アジアの乗り物文化の一つとして展示しているほどです」
どこかで見たようなキャラクターをあしらったジープニーも
鈴木記者「ところが、安価な中古エンジンによる排ガスが大気汚染の原因になっているなどとして、政府は製造から15年以上たったジープニー約20万台を新型車両に切り替える方針を表明。
人口1億人の中所得国になったフィリピンでの事業拡大のチャンスとみて、インドや中国、韓国、日本などのメーカーが参入を狙っています」
鈴木記者「各社が電気を燃料にするジープニーなどのプロトタイプを次々発表しています。
ただ、親しみのあるジープニーに対する突然の『退場勧告』には、反発の声も上がっています」
ジープニーを手作業で製造してきたサラオ社のエド・サラオさん
鈴木記者「ジープニーを手作業で製造してきたサラオ社のエド・サラオさんは『スペインの色彩、アメリカの車両、日本の中古エンジン、フィリピンの職人技が混ざったジープニーはこの国の歴史と文化そのもの。フィリピン人はアイデンティティーを失うことになる』と話しています」
次世代型ジープニーの前で記念撮影をする鈴木暁子記者
鈴木記者「私も次世代型車両の発表会に行ってきました。昔ながらのジープニーが消えることを受け入れられない来場者の心に一番響いていたのは、従来の外観を残したタイプでした」
うーむ、次世代型はちょっと物足りない感じがどうしてもしますね。ジープニーの圧倒的な個性、ぜひ末永く残してもらいたいものです。排ガスの削減も大事ですが、うまく両立できるといいですね。
続いては同じ東南アジアから、ジャカルタの野上英文記者。
野上記者「ジャカルタは交通渋滞がひどく、お盆や正月休みの帰省ラッシュが毎日続いている感じです。公共交通機関が十分整備される前にクルマ社会になったのが原因で、人は車やバイクに遠慮しながら生きています。
移動手段は電車から大中小のバス、タクシーなど色々あるのですが、ジャカルタならではなのがコパジャと呼ばれる中型バス。距離の短い区間を運行し、4000ルピア(30円)ぐらいの手軽な交通手段です。
おっちゃんやお兄ちゃんが、車両から常に半身を乗り出して走っています。近づくとなにやら連呼。行き先のほか、「乗らないか?」などと通行人に呼びかけているようです」
野上記者「ジャカルタではいま、地下鉄工事が急ピッチ。日本政府が関わっており、国際協力機構(JICA)のホームページには、このコパジャの説明もあります。
『どこでも乗降でき機動性に富んだ乗り物ですが、道路中央でも乗降させるため、交通渋滞の一因となっています。(略)主要交差点などでの客集め・客待ちなどのため、これらのバス自身が渋滞を引き起こしている光景もよく目にします。バスを利用する多くのインドネシア人は大らかなのか、あるいは慣れとあきらめなのか、この時間損失を気にしていないようです』と手厳しい評価。
支局スタッフいわく『エアコンがなく乗ってるとしんどい』そうで、やはり厳しいコメントでした」
JICAによると、ジャカルタ首都圏の人口は約2400万人で、これは東京都市圏に次いで世界2位なんだそうです。ところが、地下鉄は未整備。2019年に最初の区間が開業予定とのことで、完成が待たれます。
ところで、バスと言えばやはりこれでしょう! ロンドンの下司佳代子記者から。
下司記者「真っ赤な2階建て車両でおなじみのロンドンのバスは市民の日常の足として愛されています。
市街地は1乗車につき1.5ポンド(約220円)で、地下鉄の2.4ポンド(約350円)よりお得(いずれもSuicaのようなICカード「オイスターカード」を使った場合)。
ロンドン交通局によると、約9300台のバスが675ルートを走っており、バス停は1万9000カ所もあるそうです」
下司記者「というわけで、ルートを覚えるのはとても無理。赴任から半年は目的地にたどり着く自信が無く、乗れませんでした。
『シティマッパー(Citymapper)』のような道案内アプリを使うと、何番のバスに乗ればいいか、自分がいまどこにいるか、いくつめのバス停で降りればいいか一目瞭然で教えてくれるので、とても便利です。
2階の先頭席は人気ですね。うれしそうに乗っている子どもをよく見かけます。
楽しいバス移動ですが、道が混んで所要時間が読めないところが難。中心部では時速約6.6キロのルートもあり、『ネズミやニワトリのダッシュより遅い』『歩いた方がマシ』などとイギリスのメディアでは揶揄されています」
ニワトリのダッシュって! イギリス人のユーモア感覚は興味深いです。そして、ここでもアプリが活躍しているようですね。
バスって鉄道に比べて、乗りこなすのには地元に根差した知識や経験が必要という印象があります。一方通行の道路を避けるために大回りしたり、バス停の間隔がまちまちだったり。路線図を見かけることはあまりなく、あっても現地語だけで書かれている場合が多い。それだけに、バスをさっと上手に利用できる人はかっこいいですね。
続いてはウィーンの吉武祐記者と、ローマの河原田慎一記者。
吉武記者「ウィーンを走るバスは、ほぼ低床車しか見たことがありません。乗り降りは楽ですが、けっこう揺れます。でも、ウィーン中心部では日中、そこそこの頻度で公共交通が走っているので、トラムとバスを乗りこなすとほとんど歩かないで目的地にたどりつけることが多いです」
河原田記者「ローマの路線バス、網の目のように張り巡らされています。私も自宅から支局への通勤などで、毎日のように使っています。
最大の特徴は『よく燃える』ということです。5月には観光名所「トレビの泉」にほど近く、観光客のお買い物ストリートである「トリトーネ通り」で派手に燃え、騒然となりました。運転手の機転ですぐに扉を開けて乗客を逃がし、乗客にけががなかったというのが奇跡的です。
ちなみに市交通局によると、バスが燃える原因は老朽化だそうです。とは言え、報道によると燃えたバスは2003年製。ものすごく古い訳ではなく、単に整備不良なのではないでしょうか。
しかも、この日は市内の別の場所でも車両火災がありました。この2件で今年に入って10件となったそうです。6月にも1件車両が燃えています」
炎を上げて燃える路線バスを消化する消防隊 出典: イタリア・ANSA通信
河原田記者「公式な統計はありませんが、昨年は年間で22件、一昨年は14件の車両火災があったそうです。
ちなみにローマのバスには時刻表がなく、バスの運行状況を見られるアプリがありますが、あまり信用できません。私が通勤に使っているバスも、30分待ってやっと来たのに満員で乗れず、ということもままあります。一方で北部のミラノには時刻表があります。オーストリア国境に近いボルツァーノという街でバスを待ったところ、1分の狂いもなくバスが来て感激しました。
ローマでは、ただでさえ来ないのに身の危険もあるということで、市民はかなり不満を持っていますが、それでも渋々使っているというのが現状です。皆さんもローマに来られた時には、十分注意してご利用ください」
同じヨーロッパの路線バスでも、地域によってずいぶん違いがあるようですね。しかし、ローマでバス車両の火災がそんなに多いとは。
交通渋滞が深刻なイランの大都市で導入が進んでいるのが、BRT(バス高速輸送システム)と呼ばれるシステム。一般車は通行できない、バスの運行に特化した道路を整備し、頻繁にバスを走らせています。多くの場合、2つの車両をつなげた連節バスが使われています。
これまでのバスは年季の入ったおんぼろで、クーラーもついていないことがほとんどでした。たまらず窓を開けますが、イランの都市部では排ガスによる大気汚染が深刻。しかも渋滞がひどいのでのろのろ運転と、暑い・くさい・遅いの三重苦でした。
BRTを走るバスは冷房完備で、専用車線なので渋滞中もスイスイ。とても快適になりました。
イラン第2の都市マシュハドのBRTでは、あまり見たことのない長いバスが走っていました。
イランにも地下鉄はありますが、BRTなら建設コストもぐっと抑えられるということで、あっという間に広がった感があります。
日本でも新潟や名古屋にありますが、特に地方都市では導入の効果は大きそうです。
イスラムの教えに厳格で、女性は外国人でもスカーフで髪の毛を隠さないといけないイラン。バスの車内も、女性と男性では座席の場所が離れているのが普通です。
例外はなく、家族であっても別々に座らなければなりません。
なお、イランにはかわいいミニバスも走っています。こちらは主に郊外で良く見かけました。すべての席が乗客で埋まると発車するという方式です。
続いてはイランのおとなりパキスタンから、乗京真知記者。
乗京記者「パキスタンは目が覚めるようなド派手な装飾を施したトラックやバスで有名です。日本人にはデコトラ(デコレーション・トラック)やデコバスと呼ばれています。」
乗京記者「荷台の後部には歴史上の人物や家族の肖像画、トラや鷲などの絵を大きくあしらいます。金属の飾りや鈴をジャラジャラと鳴らしながら、ヒマラヤから連なる険しい山々を越えていきます」
乗京記者「イギリス植民地時代に馬車を派手に飾ったのが起源とされ、それが今ではアートとしてトラックやバスに施されるようになったと言われています。人も物も積めるだけ積み上げます」
バスも派手ですが、乗り方も派手! 確かに、この装飾は日本のデコトラにも通じるところがありますね。先ほど紹介したフィリピンのジープニーにも通じるセンスがあるような。
こういうゴチャゴチャっとした装飾は、どうも一定の人々の心をくすぐるものがあるのかもしれません。
出張先のグアテマラから、岡田玄記者が送ってきた写真をご覧下さい。
岡田記者「グアテマラのど派手なバス。これ、とてもアジアっぽいですよね。個人的にはインドやネパールを彷彿とさせるデザインです。ちなみにこのバス、アメリカの通学用バスと同じ車体なんだそうです」
そして中東シリアのバス。神田が2016年に撮影しました。
どことなく同じテイストを感じませんか?
写真を撮っていたら、中から運転手さんの姿が。休憩中をじゃましてすみません!
車内に招かれ、あったかいお茶をごちそうになりました。このとき2月。厳しい冷え込みのなか、バスの車内はほんわりと暖かく、気さくな運転手さんの笑顔にすっかり癒やされたのをよく覚えています。
単なる移動の手段ではなく、乗るとほっこりすることもあるバスやタクシー。渋滞や大気汚染の問題、さらにはウーバーなど新世代の交通手段の台頭もありますが、暮らしに寄り添った乗り物として、末永くお付き合いをお願いしたいものです。
検索してもわからないこと、調べます。