連載
#32 平成家族
「育休何回取るつもり?」課長目前、第4子の妊娠判明 夫の選択は
「女性は家を守り、男が外で稼いでくる」といった昭和的な考えにとらわれず、役割を見直す「攻守交代」夫婦を訪ねました
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#32 平成家族
「女性は家を守り、男が外で稼いでくる」といった昭和的な考えにとらわれず、役割を見直す「攻守交代」夫婦を訪ねました
「女性は家を守り、男が外で稼いでくる」といった昭和的な考えにとらわれず、役割を見直す夫婦が見られるようになりました。どちらかが仕事が大変な時は、もう1人が家事や育児を担い、交代でキャリアを積み上げる。専門家は、仕事や家事への気持ちを「見える化」することが大切だと言います。スムーズな夫婦の「攻守交代」と、落とし穴について聞きました。
「出産すれば、これまでのキャリアから外れ、職種も限定された『マミートラック』に入ると思っていました」
システムエンジニアの池田宏美さん(39)は10年前は子育てをあきらめていました。同じシステムエンジニアだった夫の浩久さん(41)も、夜も土日もなく働く状態だったからです。
しかし今、神奈川県で生後11カ月から8歳まで、4人の子育てをしています。ゴールデンウィーク明けには、宏美さんは短時間勤務でグループを統括する元の役職に戻ります。
大阪府出身の宏美さん。浩久さんは福岡県出身で、第1子・愛唯ちゃん(8)は里帰り出産でした。復職するときに30日の育休をとった浩久さんですが、二人きりで出かけても、泣き出したとたんどうして良いかわからず、家にトンボ帰りしたことも。
宏美さんは初めての復職後を振り返ります。
「家事も育児もワンオペ状態だった上、上司も『やれるなら頑張りなよ』という雰囲気。私も働きたかったし、求められるとセーブが効かず、時短勤務なのに夜9時まで残業ということもざらでした。1人目の時は頑張り過ぎました」
愛唯ちゃんは保育園で夕食まで食べさせてもらい、寝るのが夜11時になることもありました。ある日、愛唯ちゃんに「保育園行きたくない」と訴えられ、不安定な気持ちに気づいたと言います。
浩久さんは、次女の出産から40日の育休を取り、家事をすべて引き受けました。出社時間を早め、退勤時間を繰り上げて、保育園のお迎えもできるようにしました。「長女の時の育休は、心の半分で『これで同期と差がつく』と思っていました。でも次女の時には、迷いはなかった。子どもが一番という意識がだんだんついてきたんです」
しかし三女が産まれた2015年の春、育休を申請した浩久さんに、上司は「何回取るつもり?」と尋ねました。忘れがたい一言でした。その年の秋、第4子の妊娠が判明しました。
「この先、どうしようか」。ノートを開いて何度も夫婦で話し合いました。最大限、仕事の時間を削っていましたが、家事と仕事で互いに疲れ、家庭はギスギスしていたと言います。
このとき浩久さんは、課長になるのが目前という時期でした。さらに忙しくなり、家が回らなくなるのは明らかでした。浩久さんには別の気持ちも芽生えていました。子供との生活の楽しさです。
「このまま企業人として働いていていいのか」
自治体のイクメンスクールや地域の子育て支援の活動に参加し、知り合った地域の子育て支援NPO団体に誘われて、転職を決意しました。
通勤や勤務時間が短くなり、1日約3時間、家庭にいる時間が増えたと言います。宏美さんの復職を見据えて見直した夫婦の役割分担を見せてもらいました。
昨年5月に生まれた長男の江志くん(11か月)は慣らし保育中です。次女の真唯ちゃん(4)、三女の恵唯ちゃん(2)と同じ保育園に入れることになりました。
大切にしているのは夜の「ながら夫婦の会話」。「何があった」という業務連絡だけではなく、その都度、自分の状況を相談しています。
浩久さんの給料はこれまでの3分の2に減りましたが、付き合いの飲み会はなくなり、スーツ代もゼロ。休暇は県内のキャンプ場に行きます。
「副業などで工夫して、5年間で収入は元に戻す」と宏美さんに宣言している浩久さん。今は保育士の資格取得に向けて勉強中です。その分、手が回らない家事は宏美さんが担います。「攻守交代」は柔軟にしていくつもりです。
「できる方ができる範囲でやれば良い。2人で同じレベルで家事も育児もできるので、心配ありません」
「妻が稼ぎ、夫が家を守る」という選択をした夫婦もいます。
東京都文京区で娘2人を育てる高浜久美子さん(31)はIT企業の総合職で、フルタイムで働いています。代わりに自営業の直樹さん(31)が家事を9割担います。久美子さんは第3子を11月に出産予定です。
直樹さんはもともと大手企業の営業職でした。成績も良く、年収1千万円も夢ではないと思われていた矢先、過労が原因で病気になり、退職。結婚を約束していた久美子さんは、無職になった直樹さんとの結婚に反対した父親を、「女が養うからいいんだよ!」と押し切ったと言います。
長女が生まれた後、直樹さんは両親の事務所の一角を借りて、子育て世帯向けの不動産を開業しました。次女のときは保育園の入園を考え、産後3カ月で復職することになった久美子さんと家庭を支えました。
残業もある久美子さんは、直樹さんが子どもたちを寝かしつけた後に、そっと帰宅し、作ってあるご飯をチンすることも。時短勤務で、急いで帰る同僚を見ると、「こんなに仕事に専念させてもらって、楽させてもらっている」と感じるそうです。
直樹さんの不動産事業はまだ軌道には乗りませんが、「またお世話になります」と直樹さん。久美子さんは「こちらこそ」と返し、微笑み合います。
「うまくいくコツは、『女のくせに家庭を顧みない』『男のくせに稼がない』という昭和的な価値観を捨てることです」
男性の育児参加をすすめるNPO法人「ファザーリングジャパン」の林田香織さんは、妻が育休中に家事や育児の役割を主で担ったことで、夫が稼いでくるという意識が強くなると言います。中長期的にこの状態が続くと、妻が復職した時に家庭が成り立たなくなったり、夫が働けなくなった時に家計が成り立たなくなったり、というリスクを抱えることになると指摘します。
「教育費などの支出も増えており、『男性大黒柱モデル』は成り立たなくなっています」
大切なのは、夫婦で「将来どういう家庭にしたいか」と話し合うことだと言います。互いの気持ちを「見える化」すると、納得しながら話し合うきっかけにもなるそうです。
林田さんはワークショップで使う手法を教えてくれました。まず「仕事をどれぐらいやりたいか」という気持ちを縦軸に、「家事をどれぐらい分担しているか」を横軸に書きます。夫婦それぞれで現状を「○」、5年後の理想を「☆」で、自分の位置を記してもらいます。
「夫婦それぞれで描くのがポイントです。『そんなに働きたいと思っていたの』『家事を協力したいと思っていたの』と、互いの気持ちを認識することにもなります」
現状と希望をより詳しく「見える化」して、家事や育児の分担を話し合う方法もあります。夫婦で互いの「仕事」や「家事」を担う量について、矢印の太さで表します。希望が、現状の矢印に比べて細くなっている部分は、減った力を補うために、どう分担するか、ほかに使えるサポートがないかを考えてみてほしいと言います。
ただしこれらの方法は、日頃から会話する習慣がある夫婦におすすめの方法だそうです。そうでないと「そんなに家事していないじゃん」などと険悪になる場合も。「そんなときはまず、互いの目を見て話すところから始めることです。一緒にお笑い番組を見て雑談を重ね、関係を作る夫婦もいます」
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観と古い制度の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「働く」をテーマに、4月28日から公開しています。
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