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2016年04月04日

「tsudaる」が生まれた日 誰も報じない審議会…中継が始まった

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ツイッターを駆使した中継「tsudaる」を生み出した津田大介さん(@tsuda)

ツイッターを駆使した中継「tsudaる」を生み出した津田大介さん(@tsuda)

 記者会見などの状況を中継する独自の手法が「tsudaる」とも呼ばれるジャーナリストの津田大介さん(@tsuda)。自分が出席した審議会を自分で中継し、ツイッターの可能性に気付いたそうです。「インフラ」と「癒やしツール」として定着したツイッター誕生から10年。その後、原発危機を伝える官邸や東電の会見も「tsudaら」れました。


「報道のツールになりうるな」

――中継を始められたのは、どんなきっかけでしたか。
 「始めたのは2007年春、著作権の問題の審議会の委員だった時です。審議会で今日、方針として決まったら中間報告、最終報告に盛り込まれて、来年の2年後にこう変わる、という重要な日がありました。絶対報じてくれ、と思いました」

 「でも傍聴席には人がほとんどいなかった。ノートパソコンを持ち込んでいたので、いま審議会で起きていることをツイッターで書いていったらどう思うだろうって書いてみました。興味がある人から反応があった。『傍聴したかったが、ありがとう』と」

 「そこでツイッターの可能性に気づいたのです。報道のツールになりうるなって。その後は出席しているシンポジウムでこんな発言がでた、と始めていったのです。気づいたら『中継』、『tsudaる』といわれていました」

早稲田大学で「ツイッターとメディアリテラシー」について語る津田大介さん=2010年12月16日

早稲田大学で「ツイッターとメディアリテラシー」について語る津田大介さん=2010年12月16日

「癒やしとインフラ、替えが効かないツールに」

――SNSが報道のツールになる可能性に気づかれたのですね。
 「最初は単なる他愛もない共感でつながるSNSでしたが、だれもが記者になり得ることをわかりやすく示したのは、ツイッターで発信されたニューヨークのハドソン川に不時着した飛行機の写真でした」

 「スマホが登場し、最速で伝えられ、一気に拡散するようになり、イランの民主化やアラブの春でも、ハッシュタグが政治的メッセージを発して、ときに政権まで変わっていきました」

 「『ツイッター創業物語』という本で書かれていたことですが、癒やしのツールとしてのツイッターと、最速で情報発信するインフラという側面がありました。その二つのベクトルがどちらに偏ることもなく、残ったから、替えが効かないツールになったのかなと思います」

2009年1月に起きたニューヨークのハドソン川への飛行機不時着事故では現場写真がすぐに投稿された=ロイター

2009年1月に起きたニューヨークのハドソン川への飛行機不時着事故では現場写真がすぐに投稿された=ロイター

「140字で表現、英語の3倍」

――日本では特に人気です。
 「通信環境などインフラ面の良さもありますが、日本語で140字で表現できるのは英語で3倍くらいだそうです。俳句や短歌などいろんなことを限られた文字数で織り込めるのに長けているのでしょう」

 「あと、日本では何かを話そうという公共空間が少ない。ツイッターは匿名でもできるので、みんなの中で目立ちたくなくても、ツイッターに疑似的公共空間を見いだして、思ったことを発言している人もいます。大学のイベントで質問が全然出てこなくても、イベント用ハッシュタグで思ったことを言ったりしています」

 「日本の方が進んでいるのかもと思ったのは、2010年、米ワシントンのイベントに取材に行ったときです。イベントの発表者の内容と連動して、みんなで勝手にツイッターで色々言っているのが面白いよねという話がでた。日本ではもう2008~9年ごろから当たり前の光景になっていたのに、それが新鮮なんだ、というのが印象的でした」

ツイッター用語「なう」で流行語大賞を受賞した梅崎健理さん=2010年12月1日

ツイッター用語「なう」で流行語大賞を受賞した梅崎健理さん=2010年12月1日

出典: 朝日新聞

「震災、ひたすら会見を中継」

――震災のときも、津田さんのツイッターが注目されました。
 「当時は原発事故があってどうなるのかわからず、被災地ではテレビも見られず、電気も使えない。ツイッターで情報発信することに意味があるかと思い、ひたすら官邸、東電と保安院の会見をぜんぶ中継しました。これまで中継してきたノウハウが役立ちました」

 「当時2~3週間は不眠不休。アシスタントにも一人入ってもらい、『官房長官の会見はじまったら起こしてくれ。起こしてもらったら寝ていいよ』と交代しながらやりました。午前3時に終わったと思って飲み屋に行ったら、ネットを見ていたら会見が始まるとわかり、飲み屋でパソコンを立ち上げたこともありました。会見がないときはずっとひたすらリツイートしていました」

 「震災1カ月後になってから、ニコニコ動画の企画で、陸前高田や気仙沼にいって衝撃をうけました。現地の記者と会って話すと、原発事故が大きかったこともあり、記事にできるのは取材した1~2割。東北の真実は、残る7~8割にあると思いました。新聞では紙面、テレビだと尺の都合があるのでしょうがないなら、SNSの出番だと。現地にいる人たちが情報発信していく必要性を感じて、情報発信のワークショップを始めました」

島第一原発での爆発について、慎重に言葉を選びながら会見する経産省原子力安全・保安院の野口哲男・首席統括安全審査官=2011年3月12日

島第一原発での爆発について、慎重に言葉を選びながら会見する経産省原子力安全・保安院の野口哲男・首席統括安全審査官=2011年3月12日

出典: 朝日新聞

「『困っている』、勝手に動いてくれた」

――ツイッターは一般の人たちの声を直接届けたり、つなげたりする役割もありました。
 「東北に行ったときには、ツイッターで『今日はここにいます。取材してほしいとこ教えて』って投稿すると、色んなひとたちから『ここいくといい』って返ってきました。リアルタイムで取材先を決めていきました。リアルタイム紀行型ジャーナリズムですね」

 「2011年6月のイベントでは野外でグランドピアノが必要でしたが、原発30~40キロの地域では貸し出してくれる業者が見つけられませんでした。ツイッターで『困っている』と言ったら、会ったこともないのに勝手に動いてくれて、交渉してくれた人もいました。そのおかげでギャラや経費を払っても黒字になり、イベントを開催した福島県いわき市豊間地区に寄付できました。そういうのもツイッターの力を感じた瞬間でした」

チェルノブイリのメモリアル公園を見学する東浩紀さん、津田大介さん、開沼博さん(左から)=2013年4月11日

チェルノブイリのメモリアル公園を見学する東浩紀さん、津田大介さん、開沼博さん(左から)=2013年4月11日

出典: 朝日新聞


チェルノブイリからも中継 廃炉作業の現場で「津田る」
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「サマショール」と呼ばれるチェルノブイリ事故後に立ち入り禁止区域内に戻って暮らす男性(左)に話を聞く津田大介さん(中央)と開沼博さん(右から2人目)=2013年4月12日、チェルノブイリ
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