連載
未来のために〝うねり〟を作る 気候変動対策でできること
「気候変動」の影響の大きさを知るほど、自分にいったい何ができるのか、途方もない気持ちになります。気候科学が専門の江守正多(せいた)さんは、個人の努力や我慢に落とし込まない「仕組み」作りに注目します。気候変動の「そもそも」をずばっと、聞きました。
水野:江守さんも制作に関わった「気候変動のアクションガイド」には、個人にできることも紹介されていますね。
タバコの分煙が当たり前になったように、省エネ住宅や再エネが当たり前になるように、社会の仕組みを変える、そんな「うねり」を作っていくということが大切なのかなと思いました。
江守:個人のアクションの成功例が最近、ありました。
6月の国会で建物の断熱性能を義務化する改正法が通ったんですが、当初は「今国会では通らないだろう」と思われていたんです。
でも「1年でも早く通してもらわないと、日本の断熱が遅れる」と、まず建築の専門家が署名を始め、市民がどんどん加わって、議員も「国民が興味を持っている」と考えるようになって、通りました。
大きいものをひとりで押してもなかなか動きませんが、大勢で押したら実際に動いたというときに、そこに参加していたら達成感がありますよね。次はどこに声を上げれば世の中は動くんだろう? と興味を持つ人たちが増えていけばいいと思います。
松川:私たちでもできるんですね。
江守:気候変動に関心を持って、その情報を発信するSNSをフォローしていると、オンライン署名が回ってくることもあります。この場合、署名するだけで後押しになりますよ。
水野:それならそんなに大変ではないですよね。新しいムーブメントに参加したというポジティブなモチベーションにもつながると思いました。
松川:個人でできるってことは、日々の〝我慢〟以上にあったんですね。
水野:江守さんは、分かりやすく気候変動について知ってもらう「接点」を増やす様々なコンテンツの監修もされているそうですね。
江守:「鷹の爪団」のスピンオフコンテンツで、「吉田勝子のさりとて暮らしのSDGs」(ABC放送)という2分ぐらいのアニメの「気候変動編」を監修させて頂きました。
水野:楽しく学べるところから入って、アクションにつながるとしたらいいですね。
江守:これまで「やさしく、いろいろな人が見てくれるコンテンツ」というと、「明日からエコバッグを持とう」といった内容の薄いものが多かったんです(笑)。このアニメは本質まで語ってくれているので、おすすめです。
もちろん海洋プラごみ問題もあって、レジ袋をもらわないことはそれはそれで大事で、やった方が良いと思うんです。
だからといって、少なくとも温暖化について「自分ができることはこれで十分」と思われてしまうと残念ですね。
松川:環境に良いものを選ぶ人生には憧れるんですけど、やっぱり少し価格が高いですよね。切実な暮らしをしている人にもやりやすいことってあるんでしょうか。
江守:生活に余裕があるかどうかという問題もありますし、人の興味や価値観は多様なので、こういう話が「刺さるか刺さらないか」というのは人によって違いますよね。
僕は気候変動にすべての人が関心を持って声を上げてくれるとは思ってないし、そうはならないだろうと思ってます。「自分にとってはほかの問題の方が大事」「気候変動は大事だと思うけど、余裕がない」という人がいっぱいいるのは当たり前です。
でも、そういう人たちにもこの問題を理解してもらうのが一番大事だと思います。この問題の深刻さを理解してくれたら、少なくとも解決するための政策や制度を〝反対〟はしないじゃないですか。
例えばちゃんといろいろな問題に気を配って太陽光パネルを設置するルールを作りたいと社会が動き出したら、「お金を出せないけどルールができることには賛成しよう/文句はないよ」と考えてくれたら、僕は十分ですね。
署名が回ってきたら署名するとか。アンケートで聞かれたら「賛成」と言うとか。
あとは、たまたますごい関心を持って、刺さっちゃって、余裕がある人が声を上げますから。
松川:江守さんのお話を聞いて、1.5℃で止まったとしてもやばいんだ、という危機感を持ちました。
世界の方々がポジティブに「気候変動止めれば生活が良くなる」という価値観になっているのに、日本が追いついていないのは、これから「伝え方」を考えないといけないのかなと思いました。
水野:「再生エネルギーってお得」とか「省エネ住宅の方が健康的」とか、そんな伝え方を考えていきたいですね。
松川:逆に、この状況で暮らすことがどんなにツライことで、対策したことで良くなった未来を見せていく……ということでしょうか。
江守:基本的にはそうだと思うんですけど、「変化が怖い」という人たちもいるし、変化の過程でどうしても苦労しなければいけない人たちは出てきます。
例えばCO2を出さなくなったらもうからなくなる産業があり、仕事がなくなる人たちにとっては、違う仕事を見つけたり、違うことを考えたりしなきゃいけなくなります。
そういう過程で、大変な人たちにも配慮をする仕組みを作るとか、例えば次の職を見つけるプログラムを受けてもらうとか、考えないといけないんです。
でも、大変は大変なんだけど、良いこともいっぱいある、そう思ってやっていった方がいいかなと思いますね。
水野:江守さんは以前、「石器時代が終わったのは石がなくなったからではない」という言葉を紹介されてましたね。
江守:サウジアラビアで石油大臣をやっていた政治家が言った言葉で、「石器時代が終わったのはなぜか。それは青銅器や鉄器が出てきて、そっちの方がずっとよかったからだ」といいう意味です。
人は石器を「やめなくてはいけなかった」のではなくて、自然に次の便利なものに進んだんですね。
同じように今、我々は化石燃料文明に生きていますが、化石燃料よりももっと良いシステムを手に入れてしまえば、何も〝我慢〟ではなくて、「次の時代に行く」「卒業していく」というイメージでとらえればいいんじゃないかな、と思います。
松川:石器から鉄器に行くような、次の技術の素地は、もうあるんでしょうか?
江守:エネルギーに関していうと、太陽光発電・風力発電が、ものすごく安くなっています。
太陽光発電は過去10年で10分の1の値段になっている。発電だけを見れば、そっちの方が化石燃料よりも安い、というのが世界ではどんどん出てきてます。
さらに安くなっていけば、蓄電池を付けていても化石燃料より安くなり、そうなれば夜も太陽光で電気を使えます。
安定化するのはそんなに簡単ではないので最終的にはいろいろなコストはかかってくるでしょうが、基本的にそういう方向に向かっていると思います。
水野:世界が本気で取り組んだら、技術も飛躍的に発展しそう……。
松川:もう「鉄器」がある、それを握る覚悟があるか……ということならば、1.5℃に少し希望が見えた気がします。あと何年以内なんでしたっけ?
江守:30年以内ですね。
松川:生きているわ……。
水野:生きてますね、きっと。個人の力は微力だけど、無力ではない。もっとポジティブに気候変動対策のとらえていく。「地球のために我慢しなきゃ」とならない話を、もっと増やしていきたいですね。
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