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気候変動対策「我慢じゃない」って本当? 日本がネガティブな理由
地球温暖化の対策は「我慢」――?日本では、世界に比べて地球温暖化の対策を「ネガティブ」なイメージにとらえる人が多いそうです。一体なぜ? 気候科学が専門の東京大学教授・江守正多(せいた)さんに、気候変動の「そもそも」をずばっと、聞きました。
水野:日本で気候変動の話をすると、「節電=我慢」「エコバッグめんどくさい」といったネガティブな反応になりがちだそうですね。
江守さん:2015年のパリ協定が決まる半年前、「世界市民会議」という、同じ日に一斉に世界中でやる調査がありました。
各国で、無作為抽出で選ばれた市民が100人ぐらい集まって、6~7人ずつのグループになって議論して、他の人の考えを聞きながら自分の考えを答えます。
その問いの一つに「あなたにとって気候変動対策はどのようなものか」というのがありました。
世界平均だと「生活の質を高める」と答えた人が3分の2いたんですけど、日本では「生活の質を脅かす」と答えた人が3分の2いたんです。
水野:これ、すごく実感します。私は学生の頃から環境問題に興味があったんですけど、周りからは「意識高いね」「真面目でしんどくない?」と言われることもありました。日本だと温暖化対策って「我慢」に結びついているんでしょうか。
江守さん:環境問題に関心がある人って、すごいストイックなイメージですよね。
松川:確かに、コンビニでペットボトル買う方が楽だし、エコを目指そうと思うと、便利じゃなくなっちゃうイメージかも。
水野:なぜ日本だけこうなっているのでしょうか。
江守さん:私は日本の調査会場にいて、分析した人とも話したんですが、やっぱり「我慢」というイメージなんですよね。
「生活レベルを落としてCO2(二酸化炭素)を減らすんでしょ」「我々は地球のために我慢しようという話しですよね」となんとなく思っている。
最近の似たような国際調査でも似たような傾向が出ていますね。日本人は真面目なので、そう考えてしまいがちなのかもしれません。
ちなみに世界市民会議で「気候変動がどれぐらい深刻な問題だと思うか」という問いに対しても、日本は世界平均と違って「すごく深刻だ」と答えた人が少なかったんです。
世界では「気候変動は大変なことだ」と思っているから、温暖化そのものの進行を抑えること自体が「生活にプラスだ」と考える人が含まれていたのかもしれません。
逆に日本では、「我慢した分、自分の生活に良いこととして跳ね返ってくる」と思える人が少なかったということなのかもしれません。
松川:気候変動って聞くと、どうしてもツバルが沈む……とか、遠い国の問題に思っちゃって、自分たちの手の届く範囲に影響があることだとは思えないんですよね。ちなみに、調査をしていたのは先進国だけですか?
江守さん:途上国も含まれていました。中国でも「生活の質を高める」と答えた人が多かったです。
松川:なんだろう。環境教育の違い? 情報発信の違い?
江守さん:日本って確かに、温暖化対策は「コストですよ」「負担ですよ」って、ことさらに言う人がいるんですよね。
松川:「我慢しなきゃ」と思うと、見ないふりしたくなっちゃいますよね。
江守さん:特に「自分は進んで節電していないな」といった負い目があると、あんまりその話をしたくないし、「気候変動」という話から遠ざかりたくなりますよね。
水野:今、何らかの対策をやっていないことを責めているわけではないんですよね。気候変動の深刻さを知ってもらって、できればアクションにつなげてほしい……と伝えられたらいいのでしょうか。
江守さん:まずは、「気候変動対策って『良いこと』がたくさんあるよ」と知ってもらいたいです。
実は気候変動対策って、「我慢してください」ということは一言も言っていないんです。
もちろん過剰な消費はやめてもらった方がいいと思いますが、ほどほどに快適なことは何も諦めてもらう必要はないんです。
たとえばエネルギーを使うにしても、それが再生可能エネルギー100%で供給されれば、どんなに使ってもCO2は出ませんよね。早くそういう風にしちゃえばいいんです。
再生可能エネルギーで車を走らせれば、どんなに乗ってもCO2は出ません。全然、気候変動対策を心がけていない人が車に乗ったって、CO2は出ないんです。
松川:個人の我慢や努力に落とし込まないんですね!
水野:「出さない仕組み」に変えていくということが大事なんですね。
江守さん:でも再生可能エネルギーを増やそうとしても、なかなか広がりません。
最近では、メガソーラーの乱開発が問題になりました。「こんなのまだ作るのか」「ゴミが増える」といった反応もあります。
確かに一時期、残念な開発も発生してしまいましたが、いまは制度が見直されて、もっと地域の人が納得する場所に、地域の人にメリットがある形で再生可能エネルギーを増やしていこうと動き始めています。
東京都では、新築建物への太陽光パネル設置の原則義務化について、「太陽光をつけない自由を奪うのか」といった批判も出ています。
でも、大部分の人にとっては太陽光パネルを付けた方が得なんです。
再生可能エネルギーなら、基本的に国産エネルギーです。燃料を海外から輸入するコストもかからなくなります。
大気汚染もないし、非常時に電力会社の供給が止まったときでも、昼間は電気が使えるし、バッテリーがあれば夜も使えます。いろいろ良いことがあるんです。
ただ、「再生可能エネルギーなんてひどい!」と言う人もいて、そっちを信じたい人もいる。そうやって良いことが広まっていかないんです。
松川:一方で、投資のハードルもありますよね。
江守さん:補助金もあって、東京都だと投資は6年ぐらいで回収できます。
また、家の断熱も温暖化対策で大事ですが、断熱の良い家を建てると健康にも良いし、光熱費も抑えられるので10年ぐらいで元が取れる。良いことばかりだと思うんです。
でも最初の施工費がちょっと高いので「温暖化の陰謀で高い家を建てさせようとしているのか」と反発する方もいます。
水野:健康にいい、元もとれる……そうやって対策の「ポジティブ」なポイントを打ち出していかなければいけないですね。
江守さん:大手のハウスメーカーだと、ゼッチ(ZEH/ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)という省エネ住宅を推しています。
高断熱・高気密の家に太陽光パネルを乗せて、昼間は電気自動車のバッテリーに充電。省エネ家電をITで制御して最適化していく。快適で、かつCO2が出ない暮らしが標準になっていけばいいんですよね。
水野:ただ、環境に良い暮らしって「お金がかかるな」と、手が伸びない人もいますよね。
江守さん:それは初期投資だけなんですよね。「長い目で見たらそっちが得」ということが当たり前になる必要がありますよね。
2025年から、断熱基準が義務化され、省エネ住宅を建てるのは当たり前になっていきます。東京都で太陽光パネルが義務化されれば、つけるのが当たり前になる。
これって、タバコの「分煙」と似ていませんか?昔は、タバコってどこでも吸っているのが当たり前だったんですよ。
松川:新幹線の座席に灰皿が付いていましたよね。
水野:駅のホームでも吸っていたよね。
江守さん:飛行機にも喫煙席あったんですよ。ほんの20~30年前のことです。
水野:確かに、いまは職場や公の場所の禁煙が「当たり前」で、吸う人は喫煙所、ですね。
江守さん:ルールができる前・できる時は、反発する人もいました。でも、できてしまえばそれが当たり前になって、逆に「昔はどこでも吸っていて健康に悪かったよな」って感じになっていますよね。
松川:それが「当たり前になる」ってことなんですね。
江守さん:同じように「よく昔はあんな断熱がない、ぺらぺらの家に住んでいたな」とか「よくあんな高い金を出して電力会社からエネルギーを買っていたな」とか、将来、振り返るんだと思います。
松川:昔はこたつに入っていたね、とか。
江守さん:再生エネルギーなら、こたつは使っていいんですよ(笑) でも、高断熱住宅なら、たしかにこたつは不要になりますね。
〈次は、仕組みを変える「うねり」について聞きます〉
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