連載
「1.5℃」のヤバさに震撼 気候変動がもたらすのは〝混乱した社会〟
今世紀半ばごろまでに気温上昇を「1.5℃」に抑えないと本当にまずい――。「地球温暖化が続けば〝後世に豊かな自然が残せない〟どころの騒ぎじゃなくなる」と気候科学が専門の東京大学教授・江守正多(せいた)さんは指摘します。気候変動の「そもそも」をずばっと、聞きました。
水野:地球温暖化対策に国際社会も動いていて、二酸化炭素を減らそうとしているわけですが、もとになるルールは2015年のパリ協定でしょうか。
江守さん:パリ協定では、長期目標が合意されました。「世界的な平均気温上昇を、産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」と決めたことです。
2℃と1.5℃、二つの数字があって、1.5℃は努力目標のように描かれています。
パリ協定が決まってから、2℃と1.5℃の影響がどれぐらい違うか、ちゃんと調べようという話になって、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が特別報告書を出しました。
それによると「2℃」になると、1.5℃に比べて深刻な被害を受ける貧困な人が数億人増えます。
1.5℃だと熱帯のサンゴ礁は7割~9割死滅するけども、2℃なら99%以上失われるといった内容でした。
松川:え……! サンゴ、ほぼ壊滅するんですか!?
水野:「1.5℃」でも言葉を失いますね。
江守さん:何しろ2℃はやばい。1.5℃でせめて止めたい、という科学的な評価が出たんです。
去年11月にイギリスのグラスゴーで、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が行われて、1.5℃に抑える努力を追及する「決意」が合意されました。
「1.5℃を本気で目指すんだよ」という合意がなされたんです。
1.5℃は「できれば、いけたらいいな」という目標というよりは、いま、メインの目標の数字になっているんです。
水野:現状の気温上昇はどうなっているのでしょうか?
江守さん:もうすでに産業革命以前から1.1℃上昇しているんです。あと0.4℃で抑えないといけません。
水野:ずばり……食い止められそうなんですか?
江守さん:えっとですね……確実に1.5℃を超えない、というのは、もはや無理そうなんです。
松川:無理そうなんですか!?
江守さん:最大限の努力をして運が良ければ、超えない。あるいはちょっと超えちゃうけれども、そこからさらに対策をして、1.5℃まで下げてくる、とか。今できるとして、そんな感じになっています。
水野・松川:えええ……そうなのかぁ……。
水野:「1.5℃」を実現するには、二酸化炭素(CO2)の排出を完全にゼロにしないといけないのでしょうか。
江守さん:そうですね。しかも、そのスピードが問われています。ゆっくり実現すると高いところで止まり、早く実現すれば、低いところで止まるんですよ。
1.5度を目指すならば、今世紀半ばごろには、二酸化炭素の排出を実質ゼロにする。あと30年ぐらいで、なんとかしたい。
それ以外にも、メタンなどCO2以外の温室効果ガスも大幅に減らさなくちゃいけないです。
水野:メタンって牛のげっぷから出るやつですよね。
江守さん:そうですね。あと、田んぼからも出ます。
松川:そもそも、これまでも国際社会はCO2を減らそうと取り組んできたんですよね? 子どもの頃から教科書で「地球温暖化」のことを習いました。その効果は出ていないのでしょうか?
江守さん:その間も世界全体のCO2排出量は増えているんです。先進国での対策の効果は、ある程度は出ているんですよ。でも、それをまったく上回ってしまうぐらい、世界でエネルギーの需要がものすごい勢いで増えています。
例えば特にアジアの国々は、過去30年ぐらいで、ものすごい経済発展をしました。車が増え、発電所が増え、工場が増えました。
その間に、先進国は、対策の効果で同じエネルギーを使うときのCO2の排出量は少し減っています。国によっては、結構減っています。でもそれを全然上回っちゃうぐらい、発展途上国を中心としたエネルギーの需要の増加がすごいんです。
水野:でも途上国から見れば、「先進国ばかり便利で発展しててズルい」と思いますよね。
江守さん:そうなんです。だからこれからは、途上国はさらに発展して豊かになって頂くべきなんだけど、その時にCO2を出さないような形で発展してもらわないと困るんですよね。
先進国が今以上に本気で、技術的な支援や資金的な支援をしなくちゃいけないということを意味しているんだろうと、僕は思うんです。
水野:先に便利な暮らしを享受した分、技術支援もそうですが、思いっきり減らす努力もしていかないといけないですね。
江守さん:そもそも先進国が経済発展する過程で、途上国の森林を伐採し、そこで育てた肉を輸入して食べるなど、いろいろな形で、途上国に押しつけてきたわけですよね。
それを考えると二重の意味で、先進国が手伝いながら、発展途上国にカーボンニュートラルになってもらい、さらに豊かになってもらわないといけない。
松川:途上国を手伝う、というよりも、これまでも歴史的に見れば、〝とんとん〟なんですよね。
江守さん:むしろ「補償」じゃないかという人もいますね。
水野:とても大事な話なんですけど、一方で「すごく大変そうだな」とも思ってしまいます。何かしたいけれど、じゃあ私たちに何かできるんだろうか……という気持ちも、温暖化の話を聞くとわいてきてしまうんですよね。
松川:私たちがひとり努力したところで何も変わらないんじゃないか、という諦め感……。
江守さん:でも、まずは問題の大きさを「でかい」と感じてもらうのは第一歩だと思うので、悪いことじゃないと思います。
節電したり、エコバッグを持ったりしたら、なんとかなるんでしょと思われて、それで終わりにしてしまうよりはずっといいと思います。
松川:今日の話だと、すごい努力しても、熱帯のサンゴ礁が7~9割死滅するっていうのが、個人的にすごくショックだったんです。大きな問題だと分かると、本気で止めなきゃって思うよね。
水野:私は、将来世代に申し訳ない気持ちになります。豊かな自然を楽しんできたけれど、同じ物を残せない。それが私たちが好きにエネルギーを使ってきたせいなんだとしたら、何かできることをしたいと思いますね。
江守さん:「豊かな自然が残せない」ぐらいだったらまだいいかもしれない。将来もしかしたら、気候変動で非常に混乱した社会になる可能性もありますよね。水や食糧の奪い合いになったり、難民がいっぱい押し寄せてきたり。
松川:私たちが難民になる可能性もありますよね。
水野:台風が強くなって、ずっと温暖化っていうドーピングがされていると思うと。
松川:これからの世代にとっては、生きるか死ぬかの話になってくるんですね……。もっと、私たちが本気で、〝我慢〟しないといけない!
江守さん:いや、地球温暖化対策は「我慢しろ」とは言ってないんですよ!
水野・松川:え……そうなんですか??
<次は地球温暖化対策で、〝我慢〟以上に、わたしたちにできる大切なことについて、江守さんに聞きます>
1/12枚