連載
#15 #自分の名前で生きる
3年に1回、交代で改姓する夫婦「戸籍謄本がどんどん長くなる」
選択的夫婦別姓を求める「困っている人」

希望すれば、お互いに改姓せず結婚できる「選択肢」を設けるよう求める「選択的夫婦別姓」の導入を求める声は高まっていますが、なかなか前に進んでいないのが現状です。全国の地方議会に働きかける「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」の事務局長・井田奈穂さんの元には、ペーパー離婚を繰り返したり、海外で旧姓が使えず困ったり……といった声が寄せられています。
活動、望んでいる人たちを可視化しよう
ツイッターで改姓の苦痛をつぶやいていたら、いろんな仲間が集まってきてくれました。オフ会をしたり、院内で勉強会をしたりしたんです。
国会議員に働きかけ、法改正してもらうにはどうしたらいいのか、その時は全く分からなかったんですが、地元の議員さんに「陳情」という方法があると教えてもらったんです。
地方自治法99条において、「この法改正が必要だと思われるので、国会できちんと法改正してほしい」と求めるものです。
「選択的夫婦別姓を望んでいる人たちがいる」ことを可視化できると思いました。私以外にも困っている人はたくさんいるだろうと考え、2018年11月、団体を立ち上げました。
同じようなやり方を各地で広げていけば、困っている人がどんどん可視化され、議論が盛り上がると考えました。
保守的な家族観を持っている支持層の顔色をうかがって動けなかった国会議員もいたそうなんです。だから当事者が声を上げて示していくので、ぜひ動いて下さいと呼びかけたんです。
全国で300件超、別姓推進の意見書
いち会社員が始めた活動で、果たして人は来るのかな……と思っていましたが、オープンして1カ月以内に東北から九州・沖縄までぽつぽつと反響がありました。困っている人は全国にいたんです。
いまメンバーの3割ぐらいは男性。これは男女問わず、人権の話であって、解決しなければいけないんだなと実感しました。

親身になって困りごとを聞いてくれて、選択的夫婦別姓のイメージをがらっと変えてくれることもありました。
自民党の議員に反対している人が多いイメージがあるかもしれませんが、実際には「これはイデオロギーの話じゃない。実際に困っている人が目の前にいたら助けたい」と話してくれる人もいました。
最近、地方議会では全会一致で決まる例が増えています。同じ議会から2~3回と「早く動きなさい」と出してくれるところもあります。
分かっているだけで、選択的夫婦別姓を推進する329件の意見書が決まっています。私たちの団体が働きかけた例は、その3分の1にあたる104件ほどです。議員さんが直接出す例も増えています。
「旧姓使用の拡大」では限界がある
「平等に結婚するためにはどうしたらいいか」と考えて、3年に1回ずつ交代で改姓し、苦痛を分け合っている人もいます。
【関連記事】3年おきの離婚と再婚 渋谷でのケンカから10年、別姓かなわぬ国で
東京都八王子市のある夫婦は、3年おきに離婚届と婚姻届を出すと決めている。同じ相手と同じことを繰り返す。手間がかかりそうなのに、なぜ? 尋ねると、お互いの名前をめぐる切実な困りごとと話し合いの歴史があった。
30数年以上も一緒に暮らし、60代にもなろうという人たちがどうして最後にこんな扱いを受けるのでしょうか。
――「旧姓使用を拡大しよう」「旧姓が使えればいい」と言う意見もありますが、やはり旧姓では限界がありますよね。
パスポートには「旧姓併記」ができることになっていますが、名字記載は国際規格で決められています。
たとえば「田中(佐藤)」などと表示できても、それで「佐藤」という名前で活動できるかといえば、このかっこ書きの表記が国際規格にのっとっていなくてICチップには載っておらず、ほとんど意味がないんです。
表示名と、ICの名前が違って偽造パスポートと怪しまれたり、海外当局にその現地語で説明しなきゃいけなかったりした人もいます。結局は、戸籍姓でしかビザや航空券がとれず、用を足せません。
旧姓と戸籍姓、キャリアの断絶
海外で論文を発表するとき「戸籍姓」でしか発表できなければ、旧姓で活動していた研究者にとっては自分のキャリアとして記録されない……という問題もあります。
【関連記事】留学先で旧姓使用「完全に詰んだ」の声 海外で記者が体験した現実
結婚後も仕事で旧姓を使い続ける人は珍しくありません。記者である筆者もその一人。戸籍姓との使い分けに特段の不便を感じることもなく、旧姓で仕事を続けてきました。
しかし、ベルギーの大学院を受験した経験から「旧姓の通称使用」は日本の外では通用しないと痛感しました。
国連の女性差別撤廃委員会の委員・秋月弘子さんもエピソードを寄せてくれました。
旧姓の「秋月」という名前で当選したのに、国連から「法的氏名でないとダメ」と言われ、家族会議を開いてペーパー離婚を決意したそうです。
そこで「世界の女性のために頑張ろうと立候補したのに、自分の国の法律のせいで離婚することになって本当に悔しい」と外務省に訴えたところ、国連側と交渉があって、名札と名刺だけは「秋月」姓の使用を了承してもらったんだそうです。
日本でも、特許や登記では戸籍名でしかできない。旧姓はかっこ書きです。長年使ってきた名前では登記できず、戸籍名を登録しないといけない。もし離婚したらそれも知られてしまう。
それには耐えられないと、せっかくつかんだ持株会の理事の座を辞退した女性もいたそうです。
【関連記事】「大安の日に離婚届提出」仲のいい私たちを苦しめた〝絶望的な慣習〟
「大安の日に、離婚届を提出してきました!」
女性起業家として活躍する石井リナさんがそうツイッターに投稿したのは7月の大安吉日。自分の「姓」を取り戻すため、パートナーの三澤亮介さんとペーパー離婚したからでした。
「事実婚に移行しましたが、『どうして仲のいい私たちが離婚届を出さなければいけないんだ』と思っています」
子どもが生まれたときだけ……
もちろん望んでいませんが、それを繰り返している人が多いですね。
あとは配偶者控除を受けるために、年末に一度婚姻届を出して年始にもう一度ペーパー離婚する方もいました。戸籍謄本がどんどん長くなってしまうそうです。
【関連記事】戸籍はボロボロ、でも名前を選びたい 姓に悩む夫婦たち
事実婚では配偶者控除が受けられないため、控除の算出基準日の年末に結婚し、年明けの離婚を繰り返す。
「戸籍はボロボロ。自分自身の名前を選びたい、ただそれだけなのに」
家族の実態や親族関係を記録し、出生から死亡までを記録していくのが戸籍ですよね。
選択的夫婦別姓を認めないことで、戸籍に載らない事実婚の家族が増えたり、旧姓で活動する人が増えたり。戸籍の名前が形骸化していると感じます。
【関連記事】夫婦同姓が経営問題…銀行での屈辱「ネガティブな影響しかない制度」
父の会社を継いだ跡取り娘の女性は、姓を変えたくないとパートナーと事実婚をする予定でした。しかし相手の家族が猛反発。改姓後も旧姓を使う理由を問われたり、金融機関での融資交渉に困難があったり……。
「改姓はこれまでのキャリアや、創業家の名前のブランドを手放すことにもなります。女性起業家や経営者も増えている中、早く選択的夫婦別姓が実現してほしい」と訴えます。
そもそも望まない人に改姓させて、その名義変更に付き合わなければならない行政も企業側もすごく大変ですよ。
事実婚のデメリットも
まず法的保障が全く違います。子どもが生まれたときも、事実婚だと片方には親権がなく、そのままだと産んだお母さんだけになることが多いです。
お父さんが子どもの口座を開いたり、奨学金の保証人になったりする時も、断られる場面が多いことになってしまいます。
その他にも、夫婦として福祉施設に入れなかったり、海外赴任時に配偶者として連れていけなかったり。手術などで私のように配偶者合意ができず、医療行為ができないという事例も実際にたくさんあるんです。
また、亡くなった場合、配偶者として相続はできません。デメリットを最低限にしようと公正証書を作ったり遺言書を作ったりしている方もいます。
それでも完全ではありません。家族になりたい人に、法的に家族になる機会を与えて、安心して暮らせるようにするというのは、国の責務ではないでしょうか。
子どもたちが結婚する時、これでいい?
ひとつは「これは自分の問題だ」と強く考えたからです。
裁判の原告や弁護団の動きに勇気づけられてきましたが、闘ってくれている人を応援するだけでいいんだろうか? と思いました。
そして、自分の子どもたちが結婚する時に同じ問題に直面しても、私は「日本の法律だからしょうがない」って言うんだろうか、と。そんな恥ずかしいことはできないな、と考えました。

灯台みたいに「ここにいるよ」「あなたと同じように困ってるよ」「一緒にやらない?」と発信を続け、「あなたはひとりじゃない」と伝わればいいなと思います。
ぜひ活動に興味のある人は、陳情アクションのサイト(https://chinjyo-action.com/)をのぞいてみてください。
「早く法改正を」取材を終えて
国会議員には、すでに多くの人が困っていることを受け止めて、法改正に向けた議論を早く始めてほしいと感じます。
選択的夫婦別姓は「選択制」です。同姓で結婚したい夫婦にまで「別姓」を押しつける制度ではありません。筆者は「幸せに生きる人が〝増える〟制度」だと思います。
井田さんのもとには制度への反対や懸念も届くそうですが、今後はそれについての意見も紹介します。