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連載

#9 #自分の名前で生きる

「大安の日に離婚届提出」仲のいい私たちを苦しめた〝絶望的な慣習〟

どうして離婚届を出さなければいけないのか…

夫婦別姓を認めてほしいと話す石井リナさん(右)と三澤亮介さん
夫婦別姓を認めてほしいと話す石井リナさん(右)と三澤亮介さん 出典: 井手さゆり撮影

目次

「大安の日に、離婚届を提出してきました!」 女性起業家として活躍する石井リナさんがそうツイッターに投稿したのは7月の大安吉日でした。自分の「姓」を取り戻すため、パートナーの三澤亮介さんとペーパー離婚したからでした。「事実婚に移行しましたが、『どうして仲のいい私たちが離婚届を出さなければいけないんだ』と思っています」と振り返る石井さんと三澤さんに話を聞きました。

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お互いに姓を変えたくなくて…

「お互いに姓を変えたくなかったので、婚姻届を出した当時から二人ともベストな選択だとは思っていませんでした」

生理用の吸水ショーツ「Nagi」を販売するBLASTの代表・石井リナさんは、そう振り返ります。2年前、石井さんが現代アーティスト・三澤亮介さんの姓に改姓して婚姻届を出しました。

「二人ともお互いの名前のまま結婚したくて『別姓婚ができるようになるまで待とうか』とも相談しました。でも、かないそうもないまま1年くらい経ってしまいました」

出典: 井手さゆり撮影

事実婚では子どもができたときに共同親権を持てません。そこは二人とも譲れず、「一度、私が彼の姓にあわせるかたちで結婚しようとなりました」。

しかし三澤さんは、病院の受診時などさまざまな場面で、石井さんが自身の「三澤」姓で呼ばれていることに違和感が募っていったといいます。

三澤さんは「リナは自立していて、社会の女性の問題をしっかりと自分事化してミッションとし、女性をエンパワーメントする会社を矢面に立って経営しています。その姿勢に共感し、尊敬し、素敵だなと思っています。だからこそ、旧来の価値観の結婚制度のままで結婚していていいのかなというモヤモヤがありました」と話します。

「名前が裏返っていく」苦痛

改姓した石井さんは、パスポートや一部の銀行口座など、そのまま使い続けられるものはギリギリまで改姓手続きを先延ばしにしていたといいます。

ただ、会社の登記は変更する必要があります。表記は「三澤里奈(石井里奈)」。「私のなかでの順番は反対なのにな、と思いました」

そのうち、部屋を借りる時など住民票の名前と一致していないと手続きができないことも増えてきました。

「だんだんと名前が裏返っていくような感じで耐えられなくなって。以前の保険証と今の保険証を見せながら『旧姓は石井です』と説明して、旧姓で手続きができるところはそのまま進めていました。でも手間もかかるし、すごく不思議そうな顔をされます」

バックオフィスを担当する社員は「登記簿謄本にも旧姓表記はあるので、まずは石井で出してみましょう」と会社関係の書類を提出してくれますが、差し戻されることもあり、負担感をおぼえるようになっていったといいます。

最終的に事実婚への移行を決めたのは、病院で「石井さん」と呼ばれている女性を見かけたことでした。

「彼女にとっては裏返った名前かもしれないんですが、私は『石井さんって呼ばれてていいなぁ』と思ったんです。その時に『もういいかげん、名前を戻そう』と思いました」

仲のいい二人 なぜ離婚届を?

「やっと石井リナに戻れる」という思いとともに、ネガティブなイメージがつきまとう「離婚届」を書くのはナーバスな気持ちにもなりました。

「パートナーとして良好な関係を築いている私たちが、どうして離婚届を書かなきゃいけないのか、不思議でした。別姓が選べればこんな必要はありません。夫婦が別々の名字でいられることぐらい早く認めてくれよ、なんで認めてもらえないんだよと絶望的な気持ちにもなりました」

三澤さんは「個人や家庭に存在している慣習のような意識って変えづらい。選択的夫婦別姓って、日本の慣習の名残の最たるものだと感じます。でも、自分の子ども世代にそんな思いをしてほしくないと切に思っています」と訴えます。

「自分の子どもが女の子だったとき、女性というジェンダーで差別されたり、姓を失ったりという現状に直面してほしくない。だから自分たちから動いて発信していかないと、と思いました」

親の反応「感情が追いつくのに時間」

事実婚を報告すると、石井さんの母からは「将来子どもが生まれたときのことを考えて法律婚をしたんじゃなかったの?」と心配されたそうです。

「それでも、すぐ子どもができるとも限らないし、何より自分が辛かった。まず『自分を大切にしよう』と思って事実婚を決めました」と石井さんは言います。

出典: 井手さゆり撮影

事実婚の報告を聞いた三澤さんの母は、「理解はできているけれど、心の感情が追いつくのに時間がかかりそう」という反応だったそうです。

三澤さんは、「母の時代の慣習や意識って根強いものなんだなと改めて思いました」と話します。
「母が悪いわけじゃなくて、生きてきた社会の影響ですよね。時代時代で意識をアップデートして価値観が共有できたらベストだと思うけれど、強制はできません。いつか共有できたらいいなというスタンスでいます」

本当にジェンダーが平等になるには…

現状では96%の女性が改姓しています。改姓に直面するケースが少ない男性の当事者意識が乏しいと、三澤さんは指摘します。

「僕の20代の男性の友人に話したとき、『へー、別姓って選べるんだね』と言われたんです。『いや、選べないよ。事実婚にしたんだよ』と言っても『そうなんだ』とあまり興味のない感じでした」と言います。

「社会の空気感から、すでに『男女平等』だと思っちゃっているんだなと感じました。若い世代にこのイメージが蔓延していたら、ジェンダーギャップがちゃんと解消されるのがだいぶ先になってしまうかも、と危機感があります」

出典: 井手さゆり撮影

石井さんの友人のなかには、結婚する時に「泣きながら名前を変えた」という女性もいたといいます。

「それってパートナーは知っているのかな?と疑問でした」と話す石井さんは、「これまで女性たちが苦しみをぐっとこらえて、隠れて泣いてきた。一方で男性の中には『夫婦別姓でもいい。でも僕は妻の名字にするのは無理。それなら女性が変えるよね?それが普通だから』と思っている人もいます。『普通』が誰かの苦しみの上で成り立っていることに気づいていない。改姓しない側にも当事者意識を持ってほしいな、と強く思います」。

男性がいないとビジネスができない?

経営者としても、あちこちでジェンダーギャップを感じるという石井さん。ベンチャーキャピタルなど投資の決定権のある人はほとんどが男性で、「数字が分かる男性がいた方がいい」「BLASTの経営陣に男性を入れないの?」と言われたこともあるといいます。

「『経営層を100%女性にする』というのはアファーマティブアクションとしてもやる意味があると考え、ツイッターでそう宣言しました。すると会社にもツイッターにも『逆差別だ』とクレームがきたんです。でも、現在の日本の企業の経営層はほとんど男性ですよね。どうしてその状況は差別だと思わないんでしょうか」

アファーマティブアクション:差別や格差など不利な現状にいる集団に対して積極的に是正措置をとること

「刷り込み」を少しずつ壊していく

改姓で石井さんが一番つらかったことは、「旧来の制度の一翼を自分が担い、次世代につなげてしまっている」という意識だったといいます。

「『石井』にこだわっているというよりは、一方が必ず、特に女性が改姓させられる、家父長制に加担していることが苦痛でした」

だから、ふたりの姓をあわせて「三澤と石井で『三井』になるなら、フェアだし良いなと思ったんですよね」と笑います。

ふたりの結婚式の準備でも、いたるところに「慣習」が残っていると感じたといいます。招待状を作成しようと10社ほどで試作しましたが、表記は必ず「新郎が先、新婦が後」だったといいます。

「男性が先、女性が後なのが『当たり前』で、同性のパートナーのことも考えられていません。ようやく1社、カスタムして順番を変えて作れるところを見つけました」と石井さん。父親と新婦がバージンロードを歩いて、新郎に〝託す〟ような演出もせず、「入場は二人で並んで入っていく」といいます。

石井さんは「普通だと思っていたことが違っていることに気づいたら、ショックだったり驚いたりしますよね。それまでの社会やメディアからの〝刷り込み〟があるから、その人が悪いわけでもないと思います。でも少しずつ壊していったり、違う方法を提示していったりしないと変わらないなぁと思っています」と話します。

「日本を出ていった方が早そう」絶望感

親権などを理由に、別姓での法律婚が認められるようになったら、ふたりはまた婚姻届を出そうと考えているそうです。

石井さんは「日本には、家族とは、女性とは、男性とは……という規範が多すぎます。ありとあらゆることにみんなが首を突っ込んできて、過干渉だとも感じます」と指摘します。

「別姓だと家族の絆が壊れる、一体感がなくなるという懸念を言う人がいますけど、96%の女性は、実の親と名字が違うわけですよね。そうした発言は、自分が一度でも『姓を変えなきゃいけない』と頭によぎることもなく、改姓する必要がなかった人の発言だと思います」

声をあげたり投票行動で示したりして制度を変えていきたいと考えていますが、石井さんは「日本を出ていった方が早そうという絶望感もあります」と吐露します。

三澤さんは「僕も自分の姓を変えることには抵抗があります。それなら相手に求めちゃいけないという、すごくシンプルなことですよね」と言います。

「ただ、リナと結婚していない世界線の自分がいたら、それに気づけていたのかなぁと時折思います」と振り返ります。

「男性という〝強い立場〟にいることで、まだまだ誰かの不平等に気づけていないかもしれません。いま決定者に男性が多いからこそ、そんな意識を持った男性が増えていくことが、平等な社会にスムーズに近づくことになると思っています」

政治家に受け止めてほしい――取材を終えて

日本を出ていった方が早いかも――。
そんな言葉を若い世代に言わせてしまう社会に、胸が苦しくなりました。改姓がきっかけですれ違って離婚したカップルや、改姓が嫌で結婚をためらっているカップルもいます。少子化問題が叫ばれ、女性が輝く社会を目指しているはずなのに、なぜなのでしょうか。

選択的夫婦別姓は「選択制」です。同姓夫婦でいたいカップルは同姓を、それぞれの名前で結婚したいカップルは別姓を選べる制度です。筆者は「自分たちの心地いいように、幸せに生きる人が〝増える〟制度」と思っています。

石井さん(右)と三澤さん。二人のお話から、互いを尊重し合っているのが伝わってきました
石井さん(右)と三澤さん。二人のお話から、互いを尊重し合っているのが伝わってきました 出典: 井手さゆり撮影

現在でも、国際結婚の夫婦や事実婚、離婚家庭など、夫婦・親子が別姓の家庭は数多く存在します。当然ですが、それで誰かに迷惑をかけているわけでもありません。たくさんの当事者家族にお話を聞いてきましたが、みんな仲がいいのが印象的でした。

しかし、親権や配偶者控除など「事実婚」にはたくさんのデメリットがあります。だから法律婚に「別姓」の選択肢を増やしてほしい。その願いを叶えるのがなぜそんなに難しいのだろう、なぜ他人の家族のあり方に口を出したい人が多いのだろう――。ずっと疑問に思いながら、改姓で苦しむ人たちの思いを取材し続けています。

2021年4月の朝日新聞の世論調査(電話)では、与党・自民党の支持層でも、制度への「賛成」が6割を超え、「反対」の3割を大きく上回りました。政治家には、改姓で苦しんでいる人の声をきちんと受け止めてほしいと思っています。

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