価値観が多様化しつつある今もなお、世の中には「いい大学に行くべき」という“偏差値重視”の定説が根強く残っています。でも、目まぐるしく状況が変わるこの時代に、人間が身につけるべきものは、他にもあるのでは……?
そんな思いを胸に訪ねたのは、動物学者の今泉忠明さん。動物学の視点から、生き物が学ぶ本来の意味やヒトの在り方についてお話を伺いました。( #受験生のモヤモヤ 取材班 むらやまあき 撮影:なかむらしんたろう)
人間は「好奇心」を育てるために学ぶ

今泉忠明(いまいずみ ただあき)
1944年東京都生まれの動物学者。東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業後、国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。上野動物園の動物解説員を経て、「ねこの博物館」(静岡県伊東市)館長、日本動物科学研究所所長などを歴任。監修をつとめた『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)は、シリーズ累計430万部(2021年10月時点)の大ヒット。父、兄、息子ともに動物学者。
本来いきものがやることって、子孫を残すことに尽きるんです。そのために食べて、繁殖する。でも人間はそれだけじゃなく、「遊び」というものによって発展してきた。火や車輪のような大きな発明も、人間の好奇心による遊びから生まれている。
そうやって遊びながら学んでいくことによって、知能が発達して好奇心が旺盛になります。いろんなことを知っていくと、「こんな世界もあったんだ」と、自分の視界と可能性がもっともっと広がる。そのために、人間は一生学ぶいきものなんです。

ほかの動物も学びますよ。サルやカワウソのように少し知能が高い動物たちは、「経験」を積むことで学びます。危険な目に遭うとその道はもう通らないとか、いいことがあった場所にまた行ってみるとか。ライオンの狩りがいい例で、教わるのではなく、自分で見て経験して学び、覚えていくんです。
でも人間の場合、親が先回りして子どもの心配をするわけですよ。「今から勉強しておかないと、いい大学に行けないよ」って、一生懸命に煽ったりして。でもそれって、ちゃんと就職して、給料をもらって、生活に困らない人生を送ってほしいという思いからきているものですよね。
––たしかに……。そうやっていつの間にか、偏差値の高い大学に行って安定した仕事に就くことが一つの成功の形、として刷り込まれている人が多い気がします。
多くの親は、我が子に将来、安定した生活を送ってほしいから「勉強しなさい」って言うんだよね。だけどね、僕は違うと思う。どんなことでもいいからいろんな経験をして、知って、自分が自分の人生に満足することが大事なんじゃないかな。
そのためにも、ほどほどのケガ、つまり失敗は経験したほうがいいんですよ。そうすることで痛みを知れるから。命の危険があることだけは避けて、失敗するとわかっていても、とにかくやってみる。そういう経験も全部ひっくるめて「勉強」だし、それによってようやく自分で考える力が身につくんですよね。
––そもそも、今の社会は未来の予想がしづらく、親世代の思い描く「安定した生活」というのは現実とちょっとズレているかもしれません。「いい大学に入るため」「就職するため」といった目的は抜きにして、まずは人生を豊かにするための勉強、つまり失敗も伴うさまざまな経験をすることが大事なんですね。
そうです。だから、受験のための勉強だけをしていても本当に意味がないんですよ。学校のテストの問題を解く力がついても、それ自体は社会では全然役に立たないから!
本当にやりたいことを見つけるには?
大前提として、大学は学問をして知識を深めるために行く場所ですよね。自分が興味のある分野を学ぶための設備が揃っていて、専門的な知識を持った教授の話を聞けるところに、大学に行く意味があると思います。たとえば、ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授の授業を受けたいから、京都大学に行くとかね。
大学に行くことで直接、質問ができるし、その人柄にも触れることができる。教授のよいところを自分に取り入れることで、いい循環が生まれるよね。だから、偏差値とか就職のことを考えて選ぶんじゃなくて、「学びたいことを学べる大学」に行くことが大事だと思いますよ。

そう。難しいでしょ?
––実際、そこで悩んでいる学生も多いんじゃないかと思うんです。漠然と「いい大学に入るため」受験勉強をしてきたけれど、本当は自分が何をやりたいのかわからないという子たちは、どうしたらいいんでしょうか。
たしかに今はそういう人も多いと思います。本来は小さいころからとにかくたくさん遊んで、興味があることを試していく中で、やりたいことを見つけるものなんだけど、親に止められちゃうこともありますから。
そういう場合は、今からでも週末や休みの時間を使って、好きだと思えることをとことんやってみるのがいいと思います。
––そういう時間って後回しにしてしまいがちですが、自分で意識して「好きなことをやってみる日」をつくるのがいいんですね。
その中で、興味が湧いた分野を学べる大学を選べたら、一番いいですよね。行きたい大学を決めたら、あとは「やりたいことをやる時期」と「受験勉強をする時期」をわけて、大学入学に向けた受験勉強をすればいいんです。受験勉強なんて手段でしかないんだから。
個体の中に「多様性」を持つものが生き抜ける
個体の中に多様性を持っていることですね。心の多様性、行動の多様性を持っていると変化に強い。一つの方法しか知らないと、絶望的なわけですよ。
さまざまな変化に対して臨機応変に対応するには、たくさんの選択肢を持っていることが大切。そのためにはやはり、好奇心を持っていろんなことを知っておく必要があるわけです。

そうですね。このコロナ禍がいい例だと思います。当たり前にやってきたことが、シャットアウトされた瞬間に、一つの方法しか知らないと、どうしたらいいかわからなくなってしまう。でも他の選択肢を知っていれば、切り替えられますよね。
想定外に時間ができてしまったなら、何かアルバイトを始めて別の方法で稼いでみたり、新しいことを学ぶ時間にしてみたり。そういう多様性を自分の中に持っていれば、変化の多いこれからの時代も乗り越えていけると思います。
––今は、私たち一人ひとりが、まさに“変化”に対応できるかどうか、試されているのかもしれませんね。
そうそう。あとはこのコロナ禍で、お金の価値について改めて考えた人も多いんじゃないでしょうか。お金があれば幸せだという人もいると思うけど、お金があってもやりたいことをやれない、行動を制限されることに窮屈さを感じた人も多いと思うんです。
だから「いい大学を出れば、きっと安定した収入で生活できる」と思う価値観に話が戻るけど、それよりも自分のやりたいことをやって楽しく生きるのが一番大事なんじゃないでしょうか。限られた自分の人生なんですから。
これから大学受験を迎える子たちには「やることをやる時期は割り切って一生懸命勉強をする、それが終わったら好きなことやろうね」と言いたいし、受験までまだ1年以上あるなら、「今のうちにもっと好きなことやっておきなよ」って思います。
––目の前のことに追われると自分の「好奇心」を確保することをつい疎かにしてしまいがちですが、人間として生きる意味を今一度、見つめ直す時間になりました。先生、本日はありがとうございました!