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満州事変を間近で目撃、101歳の満州国元官吏から届いた手紙
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8月30日夜、私の自宅に1通の封書が届いた。
差出人は福岡市西区で暮らす先川祐次さん、年齢101歳。
封を開けると、中には私宛ての手紙と、A4サイズで30枚ほどの「原稿」が収められていた。
冒頭部分を読んで驚いた。
そこには今からちょうど90年前に発生し、日本が泥沼の15年戦争に突入していくきっかけとなった満州事変の目撃談が記されていたからだ。
先川さんは1920年、中国の大連で生まれている。その後、中国東北部に出現した日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」で青春期を送り、戦後は九州地方のブロック紙である西日本新聞に入社。ワシントン支局長としてケネディ大統領などを取材した後、常務として新聞社の経営に携わった。
私が先川さんと知り合ったのは11年前の2010年6月だった。
当時、私は満州国に設立された最高学府・建国大学の取材を続けていた。関東軍参謀の石原莞爾の発案によって1938年に開学した極めて実験的な大学で、そこでは日本、朝鮮、中国、モンゴル、ロシアの各民族から選抜された優秀な若者たちが6年間、塾と呼ばれる寮で寝食を共にした。
日中戦争の泥沼化に伴い、各民族間にはいさかいが絶えなかったが、それでも学内では当時としては珍しい「言論の自由」が保障され、学生たちは「座談会」と呼ばれる夜の会合でそれぞれ意見をぶつけ合った。しかし、日本の敗戦と共に満州国は消滅。建国大学も開学わずか8年で閉鎖へと追い込まれてしまっていた。
先川さんはその「幻の大学」と呼ばれた建国大学の第1期生だった。学内でも優秀な成績を修め、卒業式では満州国の国務総理大臣(首相)の前で、卒業生代表として答辞も述べている。
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