【連載】わたしの中の #健康警察
新型コロナ禍のいま、「他人の健康行動」について、ついつい気になっちゃう人、増えているみたいです。「感染症をうつされないよう、身を守るのは当たり前だろ」という声も聞こえてきそうですが、「見ず知らずの他人」の行動にまでひとこと言いたくなってしまうというのは、不思議なことでもあります。医療ジャーナリストとして10年以上、取材/発信してきた私の中にもある、「他人の行動にひとこともの申したくなってしまう気持ち」。それを自分の中の #健康警察 と名づけて、考えてみることにしました。
第一回:なぜ他人の行動が気になる?クレーム対策の手袋やアクリル板の流行 生きづらい世界を作る #健康警察
第二回:なぜ若者世代は「悪者」にされるのか?カラオケ・飲み会のイメージ…でも背景には「格差」も #健康警察
「新型コロナウイルスワクチン」打ちたくない!人を批判したくなる心理
この先に筆を進める前に、「まずはお前のスタンスを明確にせよ」というお声もありそうなので示しますと、私は少なくとも現在国内で接種されているファイザー社製の新型コロナワクチンに関しては、多くの人が打つ意義があると思っていますし、私の順番が来れば、できるだけ早く接種したいなあと思っています。
その前提で、でもこんな声があるのもの事実です。
最大の問題は「偽情報」 ワクチンをめぐる在米研究者の警告(毎日新聞 2021年2月14日)
<「コロナのワクチン打ったほうがいいのかな?」。80代の義母から電話があった。副反応が怖いという。「打つ利益の方がリスクより大きいと思う」と即答したものの、胸がちくりとする。>
「胸がちくりとする」……、良い表現ですね。記者さんの葛藤が伝わってきます。
前述のとおり、私自身は「打ちたい」と思っている立場です。なので、もし近しい人から「副反応が怖い」という声を聞いたとしたら、認識を正してあげたいと「いやいや!そんなことないんですよ! このデータ見てください。ほら……」と説得したくなってしまいそうです。
でも冒頭で示した通り、この連載のテーマは「自分の #健康警察 の高まりを感じたら、一度『立ち止まって考えてみる』を実践すること」です。そこで考えてみました。「そもそも人は、説得されることで行動や気持ちを変えるものなのだろうか?」――そしてちょっとフカボリして調べてみると、「人の気持ちって、そんなに簡単なものではない」ことがわかってきました。
データを示しても、物語を示しても、不安な人の考えは変えられない
例えば赤ちゃんのときに接種するワクチンとして国際的に使われているものに、「MMRワクチン」があります。麻疹、風しん、おたふくかぜという3種類の感染症に対するワクチンが混合されているものです(日本では、麻疹と風しんの2種類が混合されたMRワクチンが使われています)。
このMMRワクチン、1998年にランセットという権威ある医学雑誌に、「接種が、自閉症などと関係しているのでは?」と指摘する論文が掲載され、不安の声が広がりました。この論文は、その後に撤回されたのですが、いまだにSNSなどを中心に副反応を心配する声があり、ワクチンの接種を拒否したり、不安に思ったりする人が後を絶ちません。
そこで2014年、米ダートマス大学の研究チームは、「どんな情報を提供したら、ワクチンに対する接種意欲が上がるのだろうか?」を調べる大規模な調査を行いました。
まず、子どもを持つ親1759人に協力をお願いし、子どもにMMRワクチンを接種したいかや、自閉症と関連すると思うかどうかなどを回答してもらいます。その後、ランダムに5つのグループに分かれてもらい、それぞれに以下のような異なる情報を聞いてもらいました。
(1)ワクチンと自閉症の関係を否定するデータ
(2)ワクチンで防げる感染症のデータ
(3)感染症で重症化した子をもつ親の「語り」
(4)感染症にかかった子どもの写真(を見る)
(5)ワクチンとは関係のない情報
そして、時間をおいてからもういちどアンケートを行い、どのような情報を提供すれば、接種への意欲が向上するかを調べたのです。
結果は、どうだったでしょうか?
なんと意外にも、「全て効果なし」でした。どの情報も、接種意欲の向上には結びつかなかったのです。さらに驚くべきことに、(1)のグループの中で、もともとワクチンに不安を抱えていた人は、接種意欲が以前より「低下」。要は、子どもにもっと打たせたくなくなってしまいました。「ワクチンと自閉症は関係ない」というしっかりしたデータを見せたのに、以前よりもっと打たせたくなくなる。これは矛盾しているように思えます。いったいなぜなのでしょうか?
研究チームは考察の中で、背景に人間の心理的なクセのひとつ、「バックファイヤー効果(逆噴射効果)」があると指摘しています。簡単にいえば、人は「自分の信条を否定されると、かえってその信条に固執したくなる」ということです。
どういうことか、ひとつ、例をあげてみましょう。
あなたが、どこか地方都市に住んでいるとします。ある日、東京在住の人に「地方なんて住むもんじゃない! 車を使うから歩かないし、肥満が多いってデータもあるんだぜ!」と言われたらどう思いますか? 「ああ、確かにそうだ。東京に住まないと……。引っ越しを考えようかなあ」と思うでしょうか。
そんなことないですよね。きっとカチンときて、すぐさまスマホを取り出し、東京の住みにくさを示すデータを探すはずです。そして、東京に住むと健康に「悪そう」な情報はすぐに見つかります(生活費が高いことを示すデータや、部屋が狭いことなど都会にストレス感じてる人の声など)。それを見て、あなたは「あー、やっぱ、地方に住んでいてよかった!」と強く確信するはずです。
つまり自分の現状を否定されると、そうされる前より、もっと自分の考えに「確信」を持つようになることがあるわけです。難しいですね。
相手を説得するのではなく、やる気を引き出す「共感」がカギとなる
イギリスで家庭医として働き、いま日本で教育活動を行っているマハム・スタンヨン医師(福島県立医科大学)に聞いた話です。ワクチンに不安を抱える人にかける言葉として、否定は禁物のとのこと。その場では納得したように見えても、その後、二度と病院に来なくなってしまい、結局は目的が果たせないことが多いのだそうです。
そこで彼女がかけているのは「気持ちはわかるわ。お子さんのことを思って、とても良く勉強されていますね」という言葉。一回受け入れたうえで、続けます。「ちなみに私も、個人的に調べていることがあるので、もし興味が出てきたら、お話しさせてくださいね」。
まず共感。そして、データを伝えるにしても「相手側がその気になる(準備ができる)時を待つ」。ある意味で遠回りのように思える態度も、「あえて」とっていると話していました。
なお、こうした「相手を説得するのではなく、やる気を引き出す」方法として「動機づけ面接(Motivational Interviewing)」がありますが、実際、医療現場で行われた72の研究を調べたところ、その8割で従来のアドバイスより相手の行動が変わるなどの良い効果があることがわかっています。
ワクチンに限らず、喫煙でも運動不足でも、私なんぞはどうしても、自分から見て「不健康」な暮らしをしている人にひとこと言いたくなってしまいます。それは「健康になってほしい」という善意からなのですが、相手にとっては「大きなお世話」であり、かえってその行動に固執するようにし向けていたのかもしれません。
ああ、また私の中の #健康警察 は、きちんと思考を深める前に、誰かを悪者にしようとしていた……。毎度のことで恐縮ですが、反省します。自分の #健康警察 の高まりを感じたら、いちど「立ち止まって考えてみる」を実践していけるよう、今後も精進していきます。