連載
#1 テツのまちからこんにちは
できたての地下鉄車両、どうやって地下へ?謎のイベント「甲種輸送」
15分の停車を狙うシャッターチャンス
2020年11月6日、私は山口市から1時間ほど車を走らせ、JR山陽線の下松駅に向かっていました。目当ては、東京メトロの有楽町線と副都心線に2021年から投入される新型車両「17000系」。東京に発送される「できたてほやほや」の車両を見るためです。新型車両が作られたのは、新幹線や特急、通勤電車に地下鉄と何でもつくり、国内外に届ける全国最大級の生産拠点である下松(くだまつ)市の日立製作所の笠戸事業所。2021年5月でちょうど100周年を迎えます。県内で取材をする鉄道ファンの記者(25)が、「鉄道のまち」で見聞きした出来事をレポートします。(朝日新聞山口総局記者・高橋豪)
日立製作所の笠戸事業所は、瀬戸内海に浮かぶ笠戸島へ向かう橋の入り口付近に、50万平方メートルを超す敷地を構えています。東京ドーム約11個分の広さ。ここでは「鉄道ビジネスユニット」という名前を冠していて、鉄道をつくる工場を設けています。
鉄道生産では国内で断トツ1位を誇る同社のこの工場は、2021年5月でちょうど100周年を迎えます。下松はいわば「鉄道のまち」なのです。
今回の地下鉄車両(10両編成)の新車両は自力で線路を走るのではなく、ディーゼル機関車に引っ張られていきます。こうした運び方は「甲種輸送」と呼ばれ、貨物列車の扱いになるため、一般の時刻表には載っていません。一部の鉄道雑誌に、臨時列車の時刻表として掲載されているだけで、時折ツイッターで共有されていますが、知る人ぞ知る世界のようです。
「あった、あった」
午後0時半すぎ、下松駅そばの踏切に着いた私は、ホームに停車している銀のボディーに茶色と金の帯が入った車両に思わず声が出ました。
ちょうど下り線ホームに真っ黄色の普通電車がやって来て、異色のコラボも実現。時刻表によると、地下鉄車両の発車時刻は午後1時24分。レンズをズームにしてまず車体をおさえ、それからもっと間近で見ようと、150円の入場券を買って駅のホームに急ぎました。
汚れ一つない新品の車体に胸躍らせながら、ホームの端から端まで歩きます。電車待ちの人たちは、物珍しそうに車内をのぞいていました。最後尾の車両には、「甲種鉄道車両」と書かれた貼り紙も。
この紙を、手持ちのガラケーのカメラで撮る男性がいました。
男性は、広島市安佐南区から電車で来たという加木一朗さん。話を聞こうとすると、「この後の電車に乗って、追っかけながら帰るので」と言われました。
次の上り普通電車(午後1時5分発)はまもなくやってきます。ならば私もと、「隣の光駅まで乗りますから」と、車内で話を聞かせてもらいました(その後、JRのルールにのっとって精算しました)。
65歳の加木さんは2000年に広島に引っ越すまで大阪にいて、府内の鉄道工場でつくられた新車両を撮りに行っていたそうです。
いわば「甲種輸送」ファンのベテランでした。
「珍しい車両を求めて、下松によく来ます。2020年は相模鉄道とか、関東の私鉄が多かった」
その日は、午後2時前に南岩国駅まで先回りして撮影するとのこと。時刻表によれば、地下鉄車両は2時22~37分に、そこで15分間停車するので、もう一度撮影ができるからだそうです。なるほど、そんな楽しみもあったのですね。
光駅で降り、約20分後に合わせて上りホームで待っていると、踏切の警報音が聞こえてきました。地下鉄車両の通過です。スマホで動画を撮りながら、夢中でカメラのシャッターを切りました。
実は、私、鉄道は好きでも「乗り鉄」で、「撮り鉄」ではありません。なので、前日、現地入りして、駅周辺の撮影場所を確認して準備をしていました。
撮影は成功。
岩国駅に向かう加木さんに別れを告げる私は、ほのかな達成感に包まれながら下松駅に戻ったのでした。
今週のテツ語「乗り鉄と撮り鉄」
鉄道ファンにも多くのジャンルが存在し、中でもポピュラーなのが鉄道旅行や乗車そのものなどを楽しむ「乗り鉄」と、写真撮影を趣味とする「撮り鉄」。他にも模型、時刻表、駅、車両、設備などに特化した「○○鉄」は年々増えています。「乗り鉄」も細分化され、例えばアナウンサーの福澤朗さんは、乗車しながら各地の地酒を楽しむ「呑み鉄」を称しています。子どもに影響を受けて鉄道を楽しむ母親は「ママ鉄」と呼ばれるようです。
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