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連載

#15 テツのまちからこんにちは

鉄道工場の街で続く〝ただ者ではないOB会〟実は全員、凄腕の技術者

地元のため、ひたむきに取り組むこととは…

フォークリフトをプログラミング教室用に改造する日立のぞみ会の会員たち=2021年4月13日、山口県下松市、高橋豪撮影
フォークリフトをプログラミング教室用に改造する日立のぞみ会の会員たち=2021年4月13日、山口県下松市、高橋豪撮影
出典: 朝日新聞

目次

今年で100周年を迎える国内最大級の鉄道工場「日立製作所笠戸事業所」がある山口県下松市。市内に集積する製造業の未来の担い手を育成しようと、笠戸事業所の元社員でつくる団体が活動しています。親子向けのプログラミング教室の準備風景をのぞくと、技術者としてのノウハウを還元しようとしながら、自分たちもものづくりを楽しむ男性たちの姿がありました。鉄道ファンの記者(25)が、「鉄道のまち」で見聞きした出来事をレポートします。(朝日新聞山口総局記者・高橋豪)

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#テツのまちからこんにちは
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プログラミングの教材は改造フォークリフト

笠戸事業所に近い住宅街の一角。オフィスとして使われている風通しの良い平屋建ての部屋を訪ねると、中では6人の男性が作業に打ち込んでいました。

机の上には、ラジコンカーほどの大きさの機械に、小型コンピュータ、配線といった部品がずらり。製作キットで作るリモコン操作のできるフォークリフトを改造しているとのことで、「ああでもない、こうでもない」と、理解するのも難しい言葉が飛び交っていました。

そこは、笠戸事業所の元社員でつくる団体「日立のぞみ会」が集まる場でした。この日は、主催する親子プログラミング教室の準備作業が行われていました。

フォークリフトは教室で使うアイテム。「動くものがあった方が子どもが興味を示すから」ということで選ばれました。コンピュータを組み込み、パソコン上で遠隔操作できるようにすることで、プログラミングの楽しさを知ってもらおうという狙いがありました。

小学校では昨年4月からプログラミング教育が必修化。プログラミング言語ではなく、論理的な考え方を学ぶカリキュラムです。のぞみ会のプログラミング教室はそれに先駆けて2018年と19年に計4回開き、100組の親子が参加していました。「親の意識も大切。親が真剣になれば、子どもも真剣になる」と口をそろえます。

6人は70~80代ですが、車両の検査や設計などに長年携わった熟練の元技術者とあって、手つきは現役時代そのもの。パソコンを使ったフォークリフトの動きをシミュレーションをしていた西原伴良さん(74)=山口県柳井市=は、「健康談議や相続などの身近な話題も話せる」と話します。子どもたちをものづくりの道へと誘いつつ、自分たちも楽しんでおり、技術者らしい退職後の生きがいになっているようでした。

オフィスは、のぞみ会の永田久則会長(81)=下松市=が3月まで営んでいた人材派遣業のためのもので、使えるのは4月までといいます。「昨年に続いて、今年も教室は開けるかわかりませんが、準備だけはしとこうと思っています」と永田会長は話します。

コンピュータでフォークリフトを操作する様子の実演=2021年4月13日、山口県下松市、高橋豪撮影
コンピュータでフォークリフトを操作する様子の実演=2021年4月13日、山口県下松市、高橋豪撮影
出典: 朝日新聞

小学生の理科実験でボランティア

「小学生の理科離れを食い止めたい」。こうした理念のもと、2009年に茨城県日立市で日立製作所の元技術者らが設立した「日立理科クラブ」が、日立のぞみ会の原点です。

のぞみ会が結成されたのは2011年2月。各事業所に理科クラブを立ち上げる要請があり、笠戸事業所版としてできました。言わずもがな、笠戸事業所が手がけてきた新幹線のぞみが名前の由来です。

親睦を深めるいわゆる「OB会」はまた別にありますが、一線を画しているのがのぞみ会です。

企業と元社員が一体となり、地域社会に貢献するのが趣旨。理科クラブとしての活動のほかにも幅広く教育活動をしながら、下松市の山間部にありダムなどの産業遺産が残る渓谷を自然公園として整備する活動にも取り組んでいます。

のぞみ会がプログラミング教室以前から力を入れているのが、地元小学校での理科ボランティアです。永田会長によると、小学校側から理科の授業でのアドバイスを求められたのがきっかけで2011年に始まりました。今は下松市内の5つの小学校で、3~6年生の理科の実験や観察の授業で、児童への指導や実験器具の準備や片付け、点検整備を支援しています。現在約150人いるのぞみ会の会員のうち、40人ほどが授業支援に関わっているとのことです。

児童数が多い学校では、1日平均で4、5人のボランティアが参加しているそうです。市内の小学校では笠戸事業所での工場見学もあり、そのガイド役ものぞみ会が担ってきました。コロナ禍で昨年はできませんでしたが、代わりに作った資料を教室に持っていき、「出前工場見学」をしたそうです。

授業支援とは別に、小学校での工作教室も開いています。単極モーターを作ったり、ある時はトランジスタラジオを作ったり。「トランジスタラジオは、私が技術系に進んだ原点でもありました。技術者がいなくなったら困るので、理科好きが増えてくれたら。子どもたちと話すと、昔に返ったような気持ちになりますし」と永田会長は語りました。

プログラミング教室でフォークリフトが走る場面の写真を見せる永田会長=2021年4月13日、山口県下松市、高橋豪撮影
プログラミング教室でフォークリフトが走る場面の写真を見せる永田会長=2021年4月13日、山口県下松市、高橋豪撮影 出典: 朝日新聞

「なぜ」突き詰め、100年をひもとく

この日オフィスにいた6人を含め、笠戸事業所には「YKO」という元社員の団体もあります。山口笠戸OB会の略称で、会員は現在100人ほど。半分以上はのぞみ会にも入っているそうです。

永田会長によると、こちらは部長や課長クラスを務めた人たちの集まり。100周年を迎えるにあたって、笠戸事業所が進める社史「100年史」の編集作業に協力しているといいます。ミーティングなどを通して、車両や半導体、産業プラントといった製品の歴史を知る元管理職が、それぞれの体験談を語っているとのことです。

西原さんは「(入社以降は)国鉄からJRへの移り変わりや海外輸出など、ターニングポイントとなるイベントが多くありました。それをどう後世に伝えていくかを考えています」と話します。「75年史ができてから、記録に残っていたら参考になると思うことがたくさんありました」

意識しているのは、単なる事実の羅列ではなく、「新幹線が下松でつくられ始めた」「車両の材質がアルミに変わった」といったターニングポイントを、「なぜそうなったのか」という要素を交えて書き残すことだといいます。

「この100年は、人から技術が生まれ、それが集まってできるコアコンピタンス(他社がまねできない自社の強み)の連続です。時代に先駆けてやってきたことを記念して残していきたい」と西原さんは続けました。技術者としての誇りを感じる一言。フォークリフトの動きも気になりましたが、ここぞとばかりに夢中でペンを走らせました。

 

〈テツのまちからこんにちは(#テツこん)〉2021年5月でちょうど100周年を迎える、鉄道の全国最大級の生産拠点である山口県下松(くだまつ)市の日立製作所の笠戸事業所。山口に赴任した鉄道好きの記者が「鉄道のまち」で見聞きした出来事をレポートします。

今週のテツ語「国鉄民営化」
1987年4月、自動車の普及などにより赤字経営が続いていた日本国有鉄道(国鉄)を、当時の中曽根康弘内閣が旅客鉄道の6社(JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州)と貨物輸送のJR貨物に分割して民営化しました。地域のニーズに合わせた経営がなされ、本数増や時間短縮、事故減少などサービスは向上。一方で、引き続き雇用されなかった労働者の問題や、採算がとれない路線の廃線、官民が共同出資する第三セクター化した結果自治体財政が圧迫されるといった課題が出ました。

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