連載
#15 アニメで変わる地域のミライ
「鬼滅の刃」と「ガンダム」の共通点 ブームまでの空白、敵役の内面
コアなファンが「伝道師」になっていました
映画の興行収入や漫画の発行部数だけでなく、観光など様々な方面で社会現象となっているアニメ「鬼滅の刃」。アニメや漫画の舞台を旅する「聖地巡礼」においても例外ではなく、大きな動きとなっています。令和を代表する存在になった作品ですが、そのヒットの過程は、昭和の大ヒットアニメと重なるものがあります。それは、当初の回数が削られるほど低視聴率だった「機動戦士ガンダム」です。
今や社会現象となっている大ヒットアニメ「鬼滅の刃」。原作漫画の累計発行部数は12月4日時点で1億2000万部を超え、10月16日に公開された「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」は、公開から1カ月半で興行収入が275億円を突破しました。異例のペースで歴代1位の「千と千尋の神隠し」に迫ろうとしています。
「鬼滅の刃」が最初にテレビ放送されたのは、2019年4~9月と、実は1年以上前になります。時間帯も深夜に放送されたのもあり、視聴する層も限られていました。
ところが、熱心なファンがSNSなどで拡散をし、メジャーな存在になっていきます。
そのきっかけとなったのが、2019年3月にアニメ版の1話から5話で構成した特別版の映画上映です。
全国11館で2週間だけの上映にもかかわらず、コアなファンの心をとらえ評判が急上昇。注目を集める中で、アニメの本放送がスタートしました。
「鬼滅の刃」のように、放送中はそこまでのヒットとならなかったものの、最初に見たファンが伝道師(エヴァンジェリスト)となって社会現象につながっていった例があります。
1979年放送の「機動戦士ガンダム」です。
「機動戦士ガンダム」は、リアルタイムでは低視聴率のため、全52話の予定が43話に圧縮される形で打ち切りとなった過去があります。
第1作「機動戦士ガンダム」は1979年4月~80年1月に全国で放送されましたが、視聴率は1ケタ台(関東地区、ビデオリサーチの数値を集計)とふるいませんでした。
しかし、「ガンプラ」と呼ばれるプラモデルの発売や、テレビ版を再編集した映画の上映などで人気に火が付きます。テレビでも1981年の再放送では視聴率が12%を超えました。
また、「ガンダム」は、それまでの勧善懲悪のロボットものとは一線を画し、敵役のシャア・アズナブルは影のある設定で、主人公のアムロ・レイと戦わざるを得ない経緯が丁寧に描かれます。
これは、倒す存在である鬼の過去が見どころの一つになっている「鬼滅の刃」と重なります。
作品の売り上げ以外でも多くのところで社会現象となった点も共通します。
「鬼滅の刃」は、大手飲料メーカーのダイドーがキャラクターをデザインしたコラボ缶コーヒーを10月5日に発売。発売3週間弱で5000万本を売り上げています。
大手菓子メーカーのロッテも、自社の看板チョコレート菓子「ビックリマン」とのコラボ商品「鬼滅の刃マンチョコ」を全国のコンビニなどで11月3日に発売したところ、またたく間に品薄となりました。
観光面においても、JR九州やJR東日本がコラボした蒸気機関車を走らせています。特にJR九州の「SL鬼滅の刃」では、作中のモデルといわれる蒸気機関車「国鉄8620形蒸気機関車」を用いていることなどから、指定席券が「1秒」で売り切れ、その姿を一目見ようと大勢のファンが押し寄せました。
「ガンダム」は、言わずと知れた「ガンプラ」が多くの子どもの心をとらえました。2020年5月まで累計約7億個を売り上げ、約半数が海外に出荷されています。
東京・台場にある実物大ガンダムは、定番の観光スポットになっています。
一方、「鬼滅の刃」ならではといえるのが、1年足らずという短期間で世の中に広まった点です。
現代では過去の映像作品の共有がインターネットによりはるかに容易になった点や、Twitterなどで個人の発信力も高まり、一部の人々による高評価であってもそれがきちんと認知されやすくなった点などが考えられます。
もちろんこれは、「鬼滅の刃」が「知る人ぞ知る名作」であることが前提です。原作からある「兄が鬼にされてしまった妹を助ける話」という明快なストーリーラインであることに加え、ドラマをさらに深掘りする描写がアニメで描かれている点に尽きると思います。
通常、アニメ作品は漫画の2~4話ぐらいがテレビアニメ1話に相当しますが、特に第1話では漫画の1話がそのまま描かれています。漫画だと5分ぐらいで読めてしまう内容が1話24分に伸ばされており、原作にはない戦闘シーンの細かな動きや、原作には描かれていない登場人物の内面描写などが足されています。
こうした原作以上の情報量が詰め込まれているのが、アニメ「鬼滅の刃」ならではの魅力と言えるでしょう。
この作品のクオリティの高さが、アニメの放送が終了しても人々に共有され続けられ、やがて本来「鬼滅の刃」と出会わなかった層にも作品が伝わり、愛され、社会現象となっていったと考えられます。
河嶌 太郎
「聖地巡礼」と呼ばれるアニメなどのコンテンツを用いた地域振興事例の研究に学生時代から携わり、10以上の媒体で記事を執筆する。「聖地巡礼」に関する情報は「Yahoo!ニュース個人」でも発信中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
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