連載
#11 アニメで変わる地域のミライ
鬼滅の刃がもたらした「実在の神社」への絶大な影響 想像力で聖地化
「聖地」の一つ、大分県の八幡竈門神社には、作品との共通点が多数ありました。
今や社会現象となっているアニメ「鬼滅の刃」。原作漫画の発行部数は累計1億部を超え、10月16日に公開された劇場アニメは、公開10日間で100億円を超える興行収入となっています。アニメの舞台を旅する「聖地巡礼」においても、大きな経済効果をもたらしています。「聖地」の一つ、大分県別府市にある八幡竈門神社(はちまんかまどじんじゃ)には、作品との共通点が多数ありました。
「鬼滅の刃」は大正時代を舞台に、「鬼にされた妹を人間に戻す」ために主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が活躍する物語です。東京・埼玉・山梨の3都県にまたがる「雲取山」や、東京・浅草などの実在する地名も一部登場しますが、基本的には作中の舞台は架空のものが描かれています。
にもかかわらず、「聖地」として盛り上がる場所があるのが特徴です。その一つが、福岡県太宰府市にある「宝満宮竈門神社(ほうまんぐうかまどじんじゃ)」です。主人公の「竈門炭治郎」の「竈門」つながりであるという点や、原作者の吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)さんが福岡県出身とされることなどから、大勢のファンが神社を訪れています。しかし、九州には他にも「竈門神社」という名前の神社が複数あり、こうした場所も「聖地」としてにぎわいを見せています。
中でも、「竈門」という名前だけでなく、現地に伝わる伝承などからより近いモデルではないかとファンの間でささやかれている神社が、大分県別府市にあります。「八幡竈門神社」という神社で、すぐ近くには血のような真っ赤な温泉で知られる「血の池地獄」があります。他にも「かまど地獄」など、「別府地獄めぐり」と呼ばれる名勝地があります。「地獄」と名前がついているだけあって、「鬼」との結びつきも非常に強い場所です。
八幡竈門神社の宮司を務める、西本隆秀さん(49)は、最初は2019年11月末ごろに福岡県の家族連れファンが訪れたのがきっかけだったと振り返ります。
「大分では『鬼滅の刃』のテレビ放送が今年の5月から始まったので当時知らなかったのですが、福岡では昨年11月の時点で放送が終わってたんですね。ファンの方が言うには、『こっちのほうが近いのではないか』ということで……それで初めて『鬼滅の刃』という存在を知りました」
最初、「同人誌か何かと思った」という西本さんですが、すぐに発行部数2500万部を突破する(当時)ジャンプ漫画であることを知ると、アニメや漫画を読みあさるようになります。すると確かに、作中の竜の描写やヒノカミ神楽、人食い鬼などの設定が、八幡竈門神社に伝わる伝承と似通っていることに気付きます。
「例えば、主人公の炭治郎や『水柱』の冨岡義勇さんが使う技に『生生流転』というのがあるのですが、その時に描かれる竜が、当社本殿の天井に描かれている竜とそっくりなんですよね。他にも、『竈門神楽』という、ヒノカミ神楽に似た火の神を祭る神楽が毎年大みそかから元旦にかけて当社で舞われます」
さらに神社に残されている似た伝承が、「鬼が造った九十九段の石段」です。昔々、毎晩人食い鬼が出没していたところ、八幡竈門神社にまつられている八幡の神様が「一晩で百段の石段を作れなければ今後里にでてきてはならぬ」と人食い鬼に約束をさせました。それで人食い鬼が九十九段まで石段を作ったところ、夜が明け日の光が差したことで鬼が驚いて逃げ、以降、人食い鬼が出なくなったという伝承です。
「鬼滅の刃」でも、日の光を浴びるとどんな強い鬼でも死んでしまう設定になっています。このように、八幡竈門神社には作中の設定と似た伝承が数多く残されているのです。
こうした世界観に浸れることもあり、10月以降は神社を訪れるファンの数が増えてきているといいます。
「近ごろはコロナも落ち着き、別府市内の温泉旅館やホテルも満室になることが珍しくありません。それまでは大分県の地元をはじめ、九州から訪れる人が中心でしたが、最近では東京をはじめ全国からいらっしゃる方が増えてきました。太宰府の宝満宮(竈門神社)さんと一緒にお参りされる方も増えてきています」
そして九州外から訪れる「鬼滅」ファンの中で、ある「巡礼」ルートができあがっていると西本さんは言います。
「東京などから福岡空港に降り立ち、その足で昼間太宰府天満宮と宝満宮竈門神社さんにお参りし、そこから車やバスや電車で別府に移動して宿泊される方が多いようです。やはり観光客を中心に、別府は温泉地として泊まりたい場所の候補に挙がりやすいみたいです。そして泊まった翌日、当社の八幡竈門神社に参られる方がよくいらっしゃいます」
「鬼滅の刃」を軸に、都道府県を越えた観光ルートができつつあり、西本さんの元には現在、「鬼滅」関連のバスツアーなどの相談も来ているといいます。
「映画の興行収入の勢いなど、『鬼滅の刃』は今や日本経済を動かしていると言っても過言ではないと思いますが、こうして現実の観光においても社会に利益をもたらしているのは本当にすごいことだなと実感しています」
アニメや漫画の「聖地」と言えば、実際にロケ地になっている前提を思い浮かべる人も少なくないと思います。しかし、直接の舞台となっていなくとも、「鬼滅の刃」のようにファンが想像力を働かせ、そこを「聖地」と見なして盛り上がる事例はいくらでもあります。一見、実在の地名が存在しないファンタジーな作品であっても、名前が同じであったり、何かの元ネタになっていたりと可能性はあるのです。
また、同一作品や、制作会社などのつながりで、「聖地」間で交流が生まれることもあります。例えば、石川県金沢市の湯涌温泉などを舞台にしたアニメ「花咲くいろは」では、作中の架空のお祭りをヒントに、「湯涌ぼんぼり祭り」として現実の祭りにしてしまいましたが、この過程で、湯涌温泉に隣接する富山県南砺市との地域間連携が生まれています。
「鬼滅の刃」をもとに、「宝満宮竈門神社」のある福岡県太宰府市と、「八幡竈門神社」のある大分県別府市との間で新たな交流が芽生えればすばらしいことだと思います。
河嶌 太郎
「聖地巡礼」と呼ばれるアニメなどのコンテンツを用いた地域振興事例の研究に学生時代から携わり、10以上の媒体で記事を執筆する。「聖地巡礼」に関する情報は「Yahoo!ニュース個人」でも発信中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
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