連載
#14 アニメで変わる地域のミライ
鬼滅の刃、新たな〝風習〟まで生み出す 九州で広がる「三社参り」
「突然降って湧いたように多くの方々が…」
今や社会現象となっている大ヒットアニメ「鬼滅の刃」。JR九州とJR東日本では作品とコラボした蒸気機関車を走らせ、即日満員御礼となるなど、観光への影響も少なくありません。その中で九州にある三つの神社を巡る「鬼滅三社参り」もファンの間で誕生しつつあります。
「鬼滅の刃」の人気ぶりはすさまじく、原作漫画の累計発行部数は1億部を突破しました。10月16日に公開された「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」は、公開から1カ月で興行収入が230億円を超え、歴代最高のペースで記録を伸ばし続けています。
観光への影響も大きく、例えばJR九州とJR東日本では、「鬼滅の刃」とコラボした蒸気機関車を休みの日などに走らせています。特にJR九州の「SL鬼滅の刃」では指定席券が販売された瞬間、売り切れるほどの人気ぶりです。
走っている蒸気機関車は現存する日本最古の蒸気機関車としても知られ、1922年(大正11年)に作られたものです。「国鉄8620形蒸気機関車」という1914年(大正3年)から1929年(昭和4年)にかけて製造されたモデルで、通称「ハチロク」と鉄道ファンの間で呼ばれ親しまれています。
「鬼滅の刃」も大正時代を舞台にした作品で、映画に登場する蒸気機関車もこの「ハチロク」に酷似しています。こうした点からファンの間で作中のモデルではないかといわれています。
一方で、こうした実態がないにもかかわらずファンを集めているところがあります。
代表的な例が九州にある三つの「竈門神社」です。これは、「鬼滅の刃」の主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の名字が同じというのが直接のきっかけとなっています。いずれも作品に直接登場したり、公式から明確なモデルとされたりしている舞台ではありません。
三つある竈門神社は、福岡県太宰府市の「宝満宮竈門神社」、筑後市の「溝口竈門神社」、そして大分県別府市の「八幡竈門神社」です。
作品とのつながりは全くないわけではありません。
宝満宮竈門神社は太宰府天満宮の「鬼」門封じのため建立された神社であり、原作者の吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)さんも福岡県出身とされている点。
溝口竈門神社では福岡つながりに加え、劇場版で炭治郎が「炎柱」の煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)に「溝口少年」と呼ばれる場面があること。
そして八幡竈門神社では、社殿天井に描かれている龍の絵が、炭治郎が使う必殺技「生生流転」を繰り出すときに登場する龍に酷似しているという点などがあります。
規模的には太宰府天満宮から近い宝満宮竈門神社、八幡竈門神社の順で大きく、いずれもお守りや御朱印の授与もされている地元では名高い神社です。しかし溝口竈門神社は小規模で、常設している社務所はありません。が、どれも大勢の「鬼滅」ファンが訪れています。
11月中旬、筆者は溝口竈門神社を訪れました。
境内には車が20台近く止められる駐車場があり、同じぐらいの広さを持つ臨時駐車場も設けられていることから、かなりの人出が続いているようです。
七五三の参拝日に訪れたこともあってか、境内には子ども連れが多くいました。子どもたちの多くは和服の羽織り物のようでしたが、その下には学ランのようなものを着る人もいました。羽織っているものも、緑と黒の市松模様だったりチョウチョの白いはね模様だったりと、似通ったものばかりです。
これらは「鬼滅の刃」の登場人物たちが着ている衣装をまねたものです。子どもだけでなく、若い大人の女性をはじめ、作品のファンと思われる方々も大勢いました。本殿の隣では、氏子と思われる高齢の女性が絵馬を授けており、子どもやファンの人が求めて絵を描いている様子も見られます。
「突然降って湧いたように多くの方々が訪れるようになって驚いています。子どもだけでなく、幅広い年代の方が訪れており、ブームになっていることを実感しています」と絵馬を授けていた女性は話します。
筆者が訪れた際は絵馬しか授けていませんでしたが、11月21日から御朱印の授与も始まったそうです。
ファンの間では、この三つの神社を巡礼する動きもみられます。
ルートは様々ですが、公共交通機関を使う場合、福岡県太宰府市にある宝満宮竈門神社を最初にお参りし、福岡県南部にある筑後市に移動。溝口竈門神社を参拝したのち久留米市まで戻り、高速バスやJR久大本線などで大分や別府に移動して宿泊し、翌日八幡竈門神社をお参りするというプランが考えられます。
三つの神社はいずれも駅から遠く離れていますが、このうち宝満宮竈門神社は西鉄太宰府駅から、八幡竈門神社はJR日豊本線の亀川駅や別府駅からバスが出ています。日中のバスの本数も、宝満宮竈門神社方面は30分に1本程度、八幡竈門神社方面は1時間に4~6本程度走っています。
公共交通機関だけでお参りしようとする場合、ネックになるのが溝口竈門神社です。
溝口竈門神社の最寄り駅はJR鹿児島本線や九州新幹線の筑後船小屋駅ですが、そこから先バスなどの公共交通機関がありません。歩くと1時間近くかかる距離で、駅近くの「筑後船小屋観光案内所」でレンタサイクルを借りるか、タクシーを使うしかないのが現状です。
こうした交通事情からか、実際に「鬼滅三社参り」をする場合は車やバイクを利用する人が少なくないようです。
しかし、この三つの神社を中心に、「鬼滅の刃」とゆかりがあるとされる場所巡りをする観光ツアーが今後組まれれば、車の運転が苦手な人でも巡れるようになるかもしれません。
元々福岡県を中心とした九州・中国地方では初詣に三つの神社を詣でる「三社参り」をする風習があることで知られています。この習わしから、これら三つの「竈門神社」を巡ることを「鬼滅三社参り」などとファンの間では呼ばれています。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2021年正月の様子は誰もわかりません。しかし、コロナが落ち着く日が来たら、「三社参り」が広がるのではないでしょうか。
河嶌 太郎
「聖地巡礼」と呼ばれるアニメなどのコンテンツを用いた地域振興事例の研究に学生時代から携わり、10以上の媒体で記事を執筆する。「聖地巡礼」に関する情報は「Yahoo!ニュース個人」でも発信中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
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