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IT・科学

役に立たない研究をする理由 マンボウとクマムシ研究者に生まれた絆

マンボウとクマムシの研究者に共通していたのは……

クマムシを研究する鈴木忠さん(左)とマンボウを研究する澤井悦郎さん=瀬戸口翼撮影
クマムシを研究する鈴木忠さん(左)とマンボウを研究する澤井悦郎さん=瀬戸口翼撮影

目次

マンボウとクマムシという、交わることのなさそうな生き物を今夜、比べてみました。インターネットで「最弱」「最強」とネタにされる生き物を、専門の研究者が新しくて正しい情報で紹介するトークイベントを開催。125年ぶりの新種発見で大ニュースなマンボウに対し、「だいたい新種」なクマムシ。両者に共通するのは、ニッチすぎてすぐに役立つかわからないということ。それでも研究を続ける二人の言葉からは、好奇心を大切にしたいという思いが伝わってきました。

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マンボウとクマムシのトークイベント

12月6日、本屋B&B(東京都世田谷区)で開催されたトークイベント「『最弱伝説』にされたマンボウと『最強生物』と呼ばれたクマムシ」。会場には、100人近い参加者が集まりました。

イベントは、水族館でのマンボウの行動観察などをまとめた児童書『マンボウは上を向いてねむるのか』(澤井悦郎さん著、ポプラ社刊)の刊行を記念し、インターネットで「ネタ」にされやすい生き物の「正しい情報」を伝えようと、withnewsが企画しました。
イベントは参加者や登壇者もお酒を飲みながらまったりと続いた=瀬戸口翼撮影
イベントは参加者や登壇者もお酒を飲みながらまったりと続いた=瀬戸口翼撮影
登壇したのは、「マンボウは上を向いてねむるのか」著者でマンボウを研究する澤井悦郎さんと、クマムシを研究する慶應義塾大学の鈴木忠准教授です。withnewsでマンボウやクマムシの記事を書いてきた筆者は、司会として間近で話を伺わせていただきました。

イベントの前半では、「最強」「最弱」それぞれの噂や逸話を研究者が解説。ネットの「噂」を疑うヒントについて考えました。後半では、マンボウとクマムシの豆知識から2人の研究への思いについて話題が移っていきました。

マンボウの新種、125年ぶり

マンボウは「マンボウ属」というグループに属している魚です。マンボウ属には他にも、ウシマンボウとカクレマンボウがいます。この3種は見た目もよく似ていることから混同され、DNA解析での研究がすすむまで、正しく分類されていませんでした。
マンボウ属3種の成魚の見分け方
マンボウ属3種の成魚の見分け方 出典: 澤井悦郎さん提供
「大きさが50cm以下だと、私でも見た目でパッと判断できないほどよく似ているんです」と澤井さん。水族館にいるのはほとんど「マンボウ」だそうですが、70cm前後の個体が中心のため、鱗の形や「舵びれ」(尾びれのように見える部位)の形などにマンボウ特有の特徴は見られにくいといいます。

カクレマンボウは2017年、澤井さんとオーストラリアの研究者マリアン・ナイエガードさんらが発表した新種です。他のマンボウ属2種に紛れ、長い年月の間発見を逃れてきたことが由来で、和名に「カクレ」とつけられました。マンボウ属の新種が発見されるのは、125年ぶりです。
新種として報告された「カクレマンボウ」©Cesar(eは鋭アクセント付き)  Villarroel
新種として報告された「カクレマンボウ」©Cesar(eは鋭アクセント付き)  Villarroel

一方、クマムシを研究する鈴木さんは「同じ種だと言われていたものでも、よく調べるとたいてい新種だったりします」。なんとクマムシは現在約1300種発見されており、この10年でも数百種類の新種が発表されるほどです。

Acutuncus antarcticus ナンキョククマムシ(走査電子顕微鏡像)=鈴木忠先生提供

とは言っても、クマムシは0.2~0.3mm程度の大きさのものが中心で、顕微鏡でしか見られない世界。「見た目は一緒なのに、遺伝子を調べると別のグループということもある」と言います。

鈴木さんは「もしもクマムシの図鑑があったら、同じようなのばかり並んでいるでしょうね」と笑います。

オニクマムシにオスが生まれる意味

鈴木さんが飼育し、研究していた「オニクマムシ」という種は、メスが単独で子を産む「単為生殖」をします。生まれてくる子もメスばかりなのですが、ごくまれにオスが生まれてくるといいます。オスは指の爪が長く、頬の部分がこけている、体が小さい、などの特徴があるそうです。

「単為生殖だから必要がないはずなのに、たまにオスが生まれてくる理由はわかっていません。もしかしたら何か意味があるのかもしれないですね」

オニクマムシの産卵。脱皮前に殻の中で産卵する=鈴木忠先生提供

雌雄に関しては、マンボウの話題に広がりました。マンボウは見た目では雌雄がわからないため、解剖して生殖腺を見ることで初めて判断できるそう。澤井さんは「水族館の人も、飼育している個体がオスかメスかわからないんです」と話します。

「面白い」の気持ちを大切に

イベントの終盤には、研究者の2人に参加者からの質問に答えていただきました。質問したのは塾の先生をしているという女性。「研究者になりたいという教え子がいますが、研究者になるためにはどうしたらいいでしょうか」

子どもの頃からずっとマンボウが好きだったという澤井さんは、研究対象を「ずっと好きでいつづけることが大事」と話します。大変なことも、うまくいかなくて心が折れることもある研究生活は、「マンボウが好き」という気持ちが支えていました。

マンボウについて話す澤井さん=瀬戸口翼撮影
マンボウについて話す澤井さん=瀬戸口翼撮影
鈴木さんも、石を集めることや、植物採集や昆虫採集、模型作りなどが大好きな子どもだったといいます。大切なのは「面白いことを探し続けること」と教えてくれました。

2人に共通していたのは、自分が「面白い」という気持ちを大切にして、それを原動力として研究をしているということです。イベント中も、研究のモチベーションについて聞くと澤井さんは「なんとなく……なんか面白いと思っちゃうんで」。筆者がその理由を聞こうとしたら、鈴木さんも「そういうことは聞いても答えは出ないんです」と共感する場面がありました。

「クマムシを研究して何の役に立つのかって言われますけど、僕にはわかりません。面白いからやってるんです」と鈴木さん。「幸いにも、『何やってるんだ!』って怒る人もいなかったんで」とはにかみます。
 
研究について語る鈴木さん=瀬戸口翼撮影
研究について語る鈴木さん=瀬戸口翼撮影

それぞれの研究対象について「面白い」と語る2人は、とても輝いて見えました。参加者も、飾らない2人の言葉に、大きくうなずきます。会場にはそれぞれの「好き」を大切にする、優しい時間が流れ、イベントは大盛況で終了しました。イベントを終えて、どうか日本が研究者の知的好奇心がキラキラ輝く国であってほしいと思いました。

クマムシを研究する鈴木さん(左)とマンボウを研究する澤井さん=瀬戸口翼撮影
クマムシを研究する鈴木さん(左)とマンボウを研究する澤井さん=瀬戸口翼撮影

澤井悦郎<さわい・えつろう>
1985年奈良県生まれ。マンボウ研究者。ウシマンボウとカクレマンボウの名付け親。著書に「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)「マンボウは上を向いてねむるのか」(ポプラ社)がある。広島大学で博士号取得後は「マンボウなんでも博物館」(@manboumuseum)というサークル名で同人活動・研究調査を行っている。澤井さんの研究を支援するサイトはこちら

鈴木忠<すずき・あつし>
1960年愛知県生まれ。慶応義塾大学医学部准教授。クマムシ研究者。著書に「クマムシ?! ―小さな怪物」(岩波科学ライブラリー)や「クマムシ調査隊、南極を行く!」(岩波ジュニア新書)がある。第56次南極地域観測隊に夏隊員として参加。

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