IT・科学
「最弱」マンボウ「最強」クマムシ、噂は本当?研究者の意外な答え
検索しても「ネタ」のような話ばかり出てくるマンボウとクマムシ……本当の姿とは?
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検索しても「ネタ」のような話ばかり出てくるマンボウとクマムシ……本当の姿とは?
インターネットで「死にやすい生き物」というイメージが定着してしまったマンボウと、同じくネットでどんな過酷な環境にも耐えられる「最強生物」と噂されるクマムシ。検索しても「ネタ」のような話ばかり出てきます。「この生き物たちの正しい情報を伝えたい」と、マンボウとクマムシを専門とする研究者が対談するイベントを開きました。ネットの噂はどこまで本当? ネットの誤った情報にだまされないためには? 一緒に考えてみませんか。
マンボウはこれまで、インターネットで「死にやすい」と印象づけるエピソードが拡散していました。例えば、「寄生虫を落とすためのジャンプの着水の衝撃で死ぬ」「ほぼ直進でしか泳げない→岩に衝突死」「日向ぼっこ→鳥に突かれ化膿死」などが噂として広がっています。中には、「海中の塩分が肌にしみたショックで死亡」「近くにいた仲間が死亡したショックで死亡」など、明らかに「ネタっぽい」ものも……。
澤井さんは「これらはすべて誤った情報です」と一刀両断。澤井さんが調べたところ、2010年にWikipediaのマンボウのページの中で、「ジャンプした着水の衝撃で死に至る事がある」と加筆されたことを皮切りに、さまざまな「死因」が生まれていったのだといいます。誤った情報のまま、ツイッターで「死因一覧」がネタにされ、拡散されたことで、定着につながったと指摘します。
「発端となった『ジャンプの着水で死ぬ』は、誰が言い出したのかはわからない。少なくとも科学文献では確認できない」と澤井さんは話します。今はWikipediaのページは修正されていますが、たったひとつの記述からマンボウのイメージを大きく変えてしまったのでした。
「ほぼ直進でしか泳げない→岩に衝突死」という説も誤りなのですが、水族館でマンボウが水槽のガラスの近くまで近づいたり、接触したりしているところを目にします。マンボウは壁やガラスにぶつかっても大丈夫なのでしょうか。
「いや、あんまり大丈夫じゃないです」と澤井さん。「衝突死ということはないのですが、壁にぶつかってできた傷が化膿したり、細菌によって感染症にかかったりしたら、最悪の場合は死に至ることもあります」
マンボウを飼育する水族館にとって、マンボウが壁にぶつかってしまうことは大きな課題だったといいます。マンボウの視力は悪い方ではなく、体の構造上小回りはしにくいですが、泳ぎが下手だということでもありません。しかし、澤井さんは「なぜマンボウが壁にぶつかってしまうのかはわからない」と言います。
水槽の内側に透明のビニールをカーテンのように張ったことで、1年以上のマンボウの長期飼育ができるようになったとのこと。「このビニールのカーテンはマンボウが直接水槽の壁にぶつかるのを防ぎ、かつお客さんからもマンボウの姿を見ることができるという2点で、この方法は水族館の画期的な発明だったと言えます」(澤井さん)
マンボウはイラストで「たらこ唇」で描かれることが多いですが、「水族館の水槽の壁にぶつかって、口の周りがはれあがった個体が由来ではないか」と澤井さんは推測します。「自然界では、たらこ唇のマンボウはいない」という話に、会場からは驚きの反応がありました。
一方、「最強生物」と呼ばれるクマムシとはどんな生き物なのでしょうか。クマムシは土の中や海の中、ビルの壁についたコケの中など、身近なところで暮らす「緩歩(かんぽ)動物」というグループの生き物です。四対の足でのこのこ歩く、かわいらしい姿に親近感を持ちます。大きさは0.2~0.3mm程度のものが多く、最大でも1mmほどのため、肉眼や虫眼鏡で見つけるのはほとんど不可能です。
Acutuncus antarcticus ナンキョククマムシ(走査電子顕微鏡像)=鈴木忠先生提供
約1300種類発見されているクマムシのうち、コケの中などで暮らすクマムシは「乾眠」という能力を持っています。乾燥して体内の代謝が一切なくなっても、水をかければ元に戻ることができるのです。鈴木さんは「普通の生き物であれば、『死んでいる状態』でも、クマムシは水があれば蘇ることができる」と話します。
この乾眠状態での耐性がすさまじく、【1】超低温(マイナス273℃)【2】高温(プラス100℃)【3】極端な温度変化(マイナス190℃→プラス151℃)【4】高圧(7.5ギガパスカル)【5】放射線(ヒトの致死量の1000倍以上)などにも耐えることができるのです。放射線に関しては、乾眠していない状態でも生存することができるのだと言います。
しかし、これだけの過酷な環境にさらされても、わかっているのは「蘇生した」ということまで。紫外線を直接浴びたクマムシは、生殖能力はなくなってしまったといいます。厳しい実験で生き延びても、その先や子孫も、元気に暮らせるとは言い切れないそうです。
加えて鈴木さんは、クマムシが「最強」と呼ばれることに対して、伝えたいことがあるようです。クマムシの耐性について、筆者が「こんなに強ければ、地球に何があっても最後に生き残るのはクマムシのような気がしますね」と話すと、「クマムシだけじゃないんです」と鈴木さん。
「クマムシは最強生物のうちの『ひとつ』で、コケの中にいるワムシや線虫などの生き物は、こういった能力は当たり前に持っています。動物じゃないですが、バクテリアの方が『最強』かもしれません」
自身の研究対象がインターネットで「ネタ」にされていることについて、2人はどう感じているのでしょうか。
澤井さんは、「水族館でマンボウの行動調査をしている時も、マンボウの水槽の前で『マンボウってすぐ死ぬんだよね』と話しているお客さんもいる」と話します。「そんなにすぐ死んでしまったら、弱肉強食の自然界で生き残れていないですよね」
鈴木さんも「インターネットで見かけた情報から、いい加減なことをばらまいてしまう人がいる」と指摘します。「残念なことに、ガセネタの方が広まるのが早いんです」
では、生き物の情報が正しいか判断するには、どうしたらいいのでしょうか。
「冷たい感じで言ってしまえば、インターネットの情報はまず疑った方がいいです」と澤井さん。一番正確な情報は科学論文の文献だといいます。Wikipediaにも、情報の裏付けとして文献のリンクが紹介されていることがあります。マンボウの「ジャンプの着水で死亡」説が加筆されたときは、元となった文献のリンクがありませんでした。
鈴木さんも「『~と言われている』という表現は気を付けたほうがいいです。それを、誰が言っているのかは書いていないのだから」。2人から「出典の記載があるかないかが、判断のひとつになる」というアドバイスをもらいました。
地球で暮らす生き物たちの多様な生態は、時に私たちを驚かせ、そして新しい生き方や発想を教えてくれる存在でもあります。しかし残念ながら、誤った情報が広がっていることもあります。そんな情報を「面白い!」と思うかもしれませんが、知れば知るほど、「正しい生き物の世界」はもっと面白いです。一瞬手を止めて、その情報が本当に正しいか、考えてみませんか?
澤井悦郎<さわい・えつろう>
1985年奈良県生まれ。マンボウ研究者。ウシマンボウとカクレマンボウの名付け親。著書に「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)「マンボウは上を向いてねむるのか」(ポプラ社)がある。広島大学で博士号取得後は「マンボウなんでも博物館」(@manboumuseum)というサークル名で同人活動・研究調査を行っている。澤井さんの研究を支援するサイトはこちら。
鈴木忠<すずき・あつし>
1960年愛知県生まれ。慶応義塾大学医学部准教授。クマムシ研究者。著書に「クマムシ?! ―小さな怪物」(岩波科学ライブラリー)や「クマムシ調査隊、南極を行く!」(岩波ジュニア新書)がある。第56次南極地域観測隊に夏隊員として参加。
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