「賛成・反対の対立構造では進まない」。夫も妻も、それぞれの姓のまま結婚できるよう選べる「選択的夫婦別姓」の導入を求めているサイボウズの青野慶久社長。訴訟の原告になったほか、議員向けの勉強会でも法改正を訴えていますが、5月に都内であったイベントで、「無関心が当たり前」とも指摘しました。「お互いに正しい知識を共有しましょうという姿勢が大事」と話す青野さんの思いを紹介します。
連載「平成家族」では、多様な生き方や働き方が広がる中で、昭和の価値観と平成の生き方のギャップに悩む人びとを紹介してきました。
経営者として発信し、育休を3回とって、選択的夫婦別姓の訴訟原告としても活動する青野さん。会場には、「令和」の多様な家族のあり方や働き方を考えようと、様々な問題意識をもった参加者が集まり、フロアから活発な質問もありました。テーマごとに3回に分けて報告します。
旧姓を使い分ける大変さ 別姓も認めて
外国人と結婚したら、別姓の夫婦でいることも選べるのに、日本人同士の結婚では別姓は認められない。今回の訴訟は、そんな法律の穴を突いた訴えになっています。
――旧姓の「青野」を通称名として活動していて、どんなところに困っているのでしょうか。
改姓はこまごました手続きが本当に大変でした。
パスポートは戸籍名の「西端」。アメリカに出張したとき、ホテルにチェックインしようとしたら「予約がない」と言われて、「先方が『青野』でとったのかもしれない」と確認してもらうと「青野ならある」と。
でも「お前が青野だと証明せい」って言うんですよ。
いや、青野ですよ。小さな頃から青野なんですけど。財布ひっくり返して、解約予定だった旧姓のクレジットカードを見せて事なきをえたんですが、名前を使い分けるって結構大変です。
災害時や給与明細、いろんな時に「二重管理」が必要になっています。

まだ地裁ですからね、諦めていませんよ。
これまで別姓に大反対していた稲田朋美さんも「通称と戸籍で名前2つ持っていると社会が混乱する」と主張が変わってきました。「やっと気づいたか…!」という思いですが(笑)。
地方議会から国会への意見書を出して、国会議員を動かそうという「全国陳情アクション」も活発になっています。
正しい知識を身につけて、多くの人が発信すればするほど世の中は動きます。

最終ゴールはハッキリしています。立法で法律を変えていく。国会議員が権限を持っているので、彼らをいかに動かすか。
議員は選挙で選ばれるので、賛成している人だけを選べば変わるはず。その前の段階で世論を動かさないといけないと活動しています。
そして、司法からいくという裏技ですね。裁判所には「違憲立法審査権」がありますので。この両輪をまわそうとしているところです。
――「別姓の夫婦」という選択肢を増やすだけなのに、反対する人をどう受け止めていますか?
実は、反対する人がいて当たり前だと思っています。
世の中にはいろんな人がいますから、「別姓に変えたい」「変えたくない」「制度の変化がどうしても受け入れられない」という人がいても、違和感はありません。
ただ、理解を得られるように知識を共有しながら、なんとか立法できればと思います。
改姓、結婚を思いとどまる人も…身近なテーマ
――地元の愛媛県今治市に陳情へ行かれましたが、反応はいかがでしたか?
小さな街で、ある意味保守的なところ。このテーマについて興味を持ってくれる人がいると思いませんでしたが、40人以上も集まってくれました。
地方にも実は要望があるんです。
「自分の甥っ子が名字が何度も変わって大変そうだった」とか、「娘が、結婚して名字が変わるのがいやで思いとどまってるのよ」とか。身近にあるテーマ。丁寧に話すと共感してくださる人が多いですね。

自民や立憲民主党、いろんな政党の人が来てくれました。
別姓に大反対の人もいらっしゃって、「反対しにきた」と言っていたんですが、勉強会が終わってみたら「これありやな」と言うんです。
そう、ほんとは反対するほどのことじゃないんですよ。正しい知識を持ってもらえたら進むんだなと思いました。
大事なのは、反対する人にも、その人なりの理屈がある。対立構造に持ち込むと、進まない。平行線になります。
物事を進めるには、「お互い正しい知識を共有しましょう」という姿勢が大事。「どっちがいいか悪いかじゃなくて、法律をこう変えると、こっちの人は助かります、そっちの人は困りません」という正確な情報をお互いに共有することです。
「困っている人を助けたい」のも人間
「興味がない」というのもきわめて自然だと思いますね。自分だって、ほかの社会問題にどこまで興味あるかはとても疑問です。
すべての社会課題に、すべて熱量を注いで関心を持つなんてできない。無関心が当たり前なんじゃないでしょうか。
でも「困っている人を見つけたら助けたい」というのも人間だと思います。
「今ここに困っている人がいますよ」と正しく伝えれば「助けたいね」となる。
変に「関心を持ってもらおう」じゃなくて、今ある状況を伝えればいいと思います。
きっとこれからの社会ってそうやって変わっていくんでしょうね。
ある程度成熟している社会で、平和で衛生的な暮らし。でも生きづらい人がいるなら声をあげてほしい。僕も共感して助けられることはたくさんあると思います。
情報発信して、お互いに助け合えれば
多くの人にとっては「自分が当事者」じゃないと興味がないかもしれないけれど、困っている人がいれば、お互い協力できる。
「同性で結婚したい人がいる、それもいいじゃないか」「結婚で改姓したくない人がいる、それもいいじゃないか」
情報発信して、お互いに助け合う。そうすれば連鎖的にいろんな問題が解決できるようになるんじゃないかと思います。
選択肢増えれば生きやすい社会に
選択的夫婦別姓は、夫婦同姓でいたい人はそのまま結婚し、別姓を選びたい人に新しく選択肢ができる制度です。
記者自身は「幸せな人が増えるだけなのに、なぜ反対するんだろう」と疑問に思っていましたが、青野さんがさらりと「いろんな人がいますから」と答えていたのが印象的でした。
だからといって諦めるわけではありません。困っていることや二重管理のコストをきちんと伝えて、同じ知識と情報を共有してもらう。すでに世論調査でも、反対派が多数となっているのは70代だけ。青野さんの「選択的夫婦別姓の賛成派が少数派になることはこの先ありませんよ」という言葉にうなずきました。
選択的夫婦別姓や同性婚……さまざまな選択肢が増えていけば、社会がさらに生きやすい方向へ変わっていくんじゃないかなと感じました。
【お知らせ】「平成家族」が本になりました
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。