「我慢しないで、わがままを言うトレーニングをしないといけない」。働き方改革が叫ばれるなか、「100人100通りの働き方」を掲げるサイボウズの青野慶久社長はそう言い切ります。5月、都内であったイベントで、「生きづらい人は声を上げて、一緒に社会を良くしていこう」と訴えた青野さん。なぜ社会を変えるのに「わがまま」が必要なのでしょうか?
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イベントは5月31日、withnewsでの連載をまとめた『平成家族』(朝日新聞出版)の出版を記念して開かれました。
連載「平成家族」では、多様な生き方や働き方が広がる中で、昭和の価値観と平成の生き方のギャップに悩む人びとを紹介してきました。
経営者として発信し、育休を3回とって、選択的夫婦別姓の訴訟原告としても活動する青野さん。会場には、「令和」の多様な家族のあり方や働き方を考えようと、様々な問題意識をもった参加者が集まり、フロアから活発な質問もありました。テーマごとに3回に分けて報告します。
――多様な「働き方」についても発信している青野さん。<会社と私>の関係についてどうお考えですか?
会社ってね、カッパですよ。
――か、カッパですか??
会社というのは実在せず、法律上「人である」と定義しているだけ。「あるものとして扱うこと」が会社です。だから、言うなればカッパです。
「会社のために働く」というのは「カッパのために働いている」んですよ。
――カッパのために働いている。
そう。でも、そのカッパは資産を持てるんですよ。サイボウズにも口座があって、めっちゃ……いや、それなりのお金が入ってます。
このお金を誰の意思で使うかというと、会社法で定められた代表取締役です。
「会社のために働く」は、本当は「代表のために働いている」なんです。
話題になった本『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ著/河出書房新社)にも、「会社や国家は想像の中にしか存在しない」と書いてあります。
僕たちが幸せになるためにつくった会社なのに、なぜ僕たちが会社の犠牲になっているのか? それを前提に「会社とは」を語らないといけません。
「会社は実在しない。人を見ないと」と話す青野社長=瀬戸口翼撮影
――社員の同意がない「強制転勤」にも反対されていますね。
NHKのクローズアップ現代が「強制転勤」を取り上げた回に出演した時、アナウンサーが、自分がどれだけたくさんの転勤をしてきたかをまず話したんです。
NHKでこういう番組ができるようになったのは、「会社のために自分たちが犠牲になるっておかしくないか?」と気づき始めたからですよね。
サイボウズは、強制転勤をしなくても会社がまわることを実例として示していかないといけないと思いました。
100人いれば100通りの働き方があります。働く時間、場所、仕事の内容を自分で選べるようにしました。
まわりの経営者からは「こんなことをやってると業績はついてこないよ」と言われましたが、社員のモチベーションが上がって離職率は下がり、業績は伸びています。
目指すのは、「石垣のような組織」です。
みんなそれぞれ「石」の形は違う。無理やり同じ形にして、ブロックのように扱うのではなく、バラバラな形をうまくいかして、石垣を組み上げるというのが、目指す組織です。
午前しか働けない人と、午後しか働けない人をくっつければ1日いけるじゃん、とか。一人ひとりの個性をうまく組み合わせればいい。はるかにモチベーション高くいい会社ができると思います。
――サイボウズにはモチベーションを上げるメソッドがあるとか。
「モチベーション創造メソッド」ですね。
仕事が「やりたいこと(will)」か。さらに、「やれると思っているか(can)」。この仕事は自分には無理だと思っていたらやる気が出ませんからね。そして「やるべきことか(must)」。外部から使命感を与えてもらえると、人はやる気になります。
三つの要素が重なっているところを選べれば、モチベーションは上がります。下がっているとしたらどこかが欠けているんです。
――サイボウズでは副業もOKなんですよね?
マイクロソフトから転職してきた中村龍太は、4日サイボウズで働きながら、あと3日間は家でニンジンを作ってます。
そのうち農地にセンサーをつけ始めて、照度・湿度を測って、それをサイボウズの「キントーン」というクラウドサービスにアップロードしたんですね。
適切な出荷時期を読めるようになった。ノウハウを同じニンジン農家と共有して、連携するようになりました。有名人になって、農業法人が彼の所に教えを請いに行くんですね。「クラウド使った農業を教えてください」って。
そうすると、キントーンが売れていくんですよ。副業を自由にさせたら、自分で新しい事例を作って、有名になって、勝手にお客さんつくってきた!と気づきました。
社員の副業がサイボウズのためにもなっている。経営者は流出を恐れますが、今はオープンイノベーション。囲っちゃうと新しく面白いことができないなと思います。
会場からは多くの質問が寄せられました=瀬戸口翼撮影
――転勤が必ずある会社って多いと思います。日本の社会がなかなか変われないのはなぜなのでしょうか?
経営者がアホだから。確信犯的に言うと(笑)
さっきも言ったとおり、カッパの代理人が非常に大きな権限を持っている。その人がやらないから変わらないんです。
――社会をよりよくするために、前に進めていくために、私たちができることは?
「我慢しない」ことですね。日本人って「我慢は美徳だ」と思いがちです。
強制転勤もそう。我慢して転勤しちゃう人がいるから変わらないんです。
サイボウズで強制転勤なんて出来ませんよ。させようとしたら「頭に来ました」ってやめちゃう。みんなわがままなんで(笑)。
でも、皆さんが我慢して「この会社のためだ」と思ってやっているから変わらない。皆さんが変わらないから、会社全体も変わっていかないんです。
「強制転勤」を言われた瞬間にやめていったら、1年後にはその会社の強制転勤って無くなってますよ。
今は「人手不足」のチャンスで、転職しやすい。働く1人ひとりがわがままになれば変わっていくんじゃないでしょうか。
――石垣のような組織のモデルは、サイボウズでは最初からうまくいったのでしょうか。
今も問題、日々起こってますよ(笑)
石垣経営をするときに守らなければいけないルールは、「公明正大であること」「うそをつかない・隠さないこと」です。
それぞれが「こんな形の石です」と隠さず、正しく言ってくれないと分かりません。日本はそういうのがあんまりなくて、建前と本音で死にそうな会社がたくさんありますよね。
なので、「働きたい働き方が出来ていないときは、手を挙げて主張しなさい」と言っています。
石の数は無限にあるんだから把握できません。「どうして青野さん、見てくれないの」と言われても困ってしまう。
自立の考え方ですよね。こんな仕事がしたい、スキルを見つけたい、給料がいくらほしい、それを選択していく。自立がなければ進みません。
これを主張する訓練をしないといけないですね。日本は、まだまだわがままを言うトレーニングしないといけない。
ただ、自立が不十分だと問題も起きます。これだけ働き方の選択ができるのに「青野さん、僕は何時に出社すればいいですか?」とかね、「知るか!」ですよ(笑)
さらに言えば、「マネージャーが一人ひとりを把握して石を組む」は、実は不完全なんです。
「俺はこんな形!だから違う形のあいつと組んでこのプロジェクトをやろう」と、それぞれが勝手に新しい石垣を組み上げてくれちゃう。石垣経営の完成形です。まだまだそこまではいけていませんが。
石垣は「勝手に積み上がる」のが完成形といいます=瀬戸口翼撮影
――副業が解禁されている職場ですが、労働集約型でそれぞれが110%ぐらいの力を出し続けていないと売り上げが立ちません。「副業なんて全然できない」というのが実情です…。
踏み込んだ質問、うれしいですね。働き方改革のルールとして、「残業を減らそう」は当たり前になっています。そして副業も認める。
次に経営者が悩むのは、働く人の多様性を認めていくとビジネスモデルも変えないといけないということです。
長時間労働を前提に作っているビジネスモデルを変える。高付加価値にするとか、組み合わせるマネジメントにして質を下げないようにするとか。ここに向きあう日がきているんだと思います。
以前から百貨店の1月2日の初売りを批判していました。「伝統なんだ」と反発もありましたが、今はどうですか? やめる百貨店が増えていますよね。
ビジネスモデルは変えられます。売り上げが減っても利益を出すようなビジネスモデルへ。それが進化です。そこに取り組んでほしいですね。
――お客さんに合わせることが多い業種の場合、働き方はどう変えていけばいいのでしょうか?
実は、お客さんに合わせなくてもいいかもしれませんよ。
サイボウズだと金曜日の夕方にお客さんから、「ごめん、これ今日中になんとかやって!見積もり出して!」と言われても、断っていいルールになっています。断った結果、VIP顧客が離れていってもしょうがないと。
だって、会社のために自分が犠牲になっている構図はおかしいですよね。幸せになろうと思って会社に入ったのに、なぜ犠牲になるんだ?という。
ただ、意外とお客さんは離れないんです。「サイボウズだもんな、次からは早よ言うわ」というだけ。もし「許せん」と離れてしまっても、それはそれでクレーマーだったお客さんが離れてくれてラッキーかもしれません。
土日に店を閉めている不動産屋さんをやっている知人がいます。「平日にもお客さんいますから、回りますよ」だそうです。
先日訪れた愛媛では、道後温泉に出来た新しいホテルは水曜日が定休日だと聞きました。「売り上げ大丈夫ですか?」と聞いたら、「売り上げは減りますけど、利益は減らないんで」ということです。
ビジネスモデルで当たり前だと思っていること、変えてみるといいかもしれません。言うのは簡単で、やるのは大変ですが(笑)
「平成家族」の出版を記念して開かれたトークイベント=瀬戸口翼撮影
――在宅勤務の制度を使いたいと言ったら「生産性が下がるかもしれないからダメ」と言われてしまいました。青野さんはどう戦いますか?
変えるか、辞めるか。シンプルに言うと2択ですね。
直属の上司と話し合って、らちがあかんなと思ったら、もう一個上にかけ合う。そんな感じです。
交渉するときに持っておいてほしいのは、いざとなったら辞める覚悟です。それがなければ、「こいつまた愚痴ってるわ。飲みに連れていってガス抜きしてやるか」で、何も変わらない。
それに、1人で交渉するよりも何人かまとめて交渉する方が有利ですよね。「3人で辞めますよ!」と言われたら、「まじ!?」となりますから。同じ思いの同僚とつるんでください。
――同僚が「そうだったらいいね」と言ったまま、忙しさに追われて、職場環境を変えるまでに至らないことがあります。
ほんと「あるある」ですね。パナソニックの出身ですが、同期だったメンバーが中年のおやじになって、強制転勤をくらいまくってます。当たり前のように「来月から上海なんだ~困ったなぁ」と言う。「むしろ喜んでない?」みたいな。大企業あるある。慣れ過ぎちゃってるんですね。
――「我慢」に気づくことが必要なんでしょうか?
サイボウズでは働き方のコンサルの事業も立ち上げました。大企業へ行くと、何が悪いのか分かっていないんですね。100人100通りの働き方なんて、異次元過ぎてまったく想像がつかないということもあります。
どこからどう変えるか、辞めるか。
人生は1回なんでね、僕は我慢できないタイプなので、「これは時間かかるわ」と思ったら辞めちゃうタイプ。我慢しすぎないように、周りを説得するのがいいのかなと思います。
――サイボウズに来てほしい!と思うのはどんな人ですか?
「世の中の組織やチームが、もっといい形でチームワークする社会にしたい」という野望があるので、それを手伝ってくれる人が来てくれるとうれしいです。
共感してくれる人が集まってくれたら、同じ方向を向いて仕事ができます。人が集まる所って、原点には、その人の心の欲望があって、これをいい言葉にすると「夢」や「志」なんですよね。それを重んじる社会にだんだん向かっていけばなぁと思います。
記者自身も、突然の転勤を言い渡されたこと数回。「わがままを言う(自分の希望を伝えて拒否する)」という選択肢を考えたこともありませんでした。
青野さんの「皆さんが我慢して『この会社のためだ』と思ってやっているから会社が変わらない」という指摘がグサリと刺さりました。働き方を少しでも多様にして改善していくには、声を上げることが大事だと思います。
人手不足が叫ばれ、人材の流動化も進んでいます。〝カッパ〟も変わり始めないと取り残されてしまうのではないかと感じました。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。