連載
修学旅行の定番、奈良公園の土産店事情 「本気」だから知った優しさ
新撰組がスクーターに乗る。不思議な「ファンシー絵みやげ」の世界。

80~90年代に日本中の観光地で売られていた雑貨みやげ「ファンシー絵みやげ」を集める山下メロさん。時代の流れとともに消えていった「文化遺産」を、保護するために全国を飛び回っています。子ども向けの「ファンシー絵みやげ」から切り離せないのが、修学旅行生の存在です。人気の修学旅行先での調査では、予想外のハプニングが起こりました。
「ファンシー絵みやげ」とは?
私は、日本中を旅しています。自分さがしではありません。「ファンシー絵みやげ」さがしです。
「ファンシー絵みやげ」とは、1980年代から1990年代かけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげの総称で、ローマ字日本語、二頭身デフォルメのイラストが特徴です。写真を見れば、実家や親戚の家にあったこのお土産にピンと来る人も多いのではないでしょうか。

バブル時代をピークに、バブル崩壊とともに段々と姿を消し、今では探してもなかなか見つからない絶滅危惧種となっています。
私は、その生存個体を保護するための「保護活動」を全国で行っているのです。
「ファンシー絵みやげ」は子どもをターゲットとした商品です。このため、学生が大挙して押し寄せる修学旅行の目的地では、数多くの商品が作られていました。中でも人気なのが京都ですが、今回は京都とセットで修学旅行生が訪れる奈良市の奈良公園でのお話です。

大阪…からのプラン変更
その日、私は大阪で「ファンシー絵みやげ」の調査をするために、東京から夜行バスを使い、朝5時ごろ大阪に到着しました。
土産店が開店するのは、8時~9時ごろ。時間があるので、24時間営業の飲食店でその後のプランを考えていました。大阪での調査は初めてで、大阪城や通天閣、道頓堀などの有名な観光地を調査しようと思ったのです。
しかし、どうも時間があまりそうなので地図を見ていると、意外にも奈良公園が近いことを発見しました(もともとファンシー絵みやげの保護活動を始める前は地理に疎かったので、まだ初心者だった当時はこんなことも知らなかったのです)。
修学旅行では、宇治平等院から東大寺などがある奈良公園へ向かうルートが定番です。
私も修学旅行で東大寺に行き、大仏の鼻の穴と同じ大きさだという、柱の穴をくぐった記憶が鮮明にあります。奈良公園にもたくさんファンシー絵みやげはあるはずだと思いました。

調べると、大阪から奈良公園へは、電車で1時間もあれば行けるようでした。大阪の目的地はいずれもすぐに行ける場所なので、どのみち3時間ほどは時間をつぶさないといけない状況です。
ならば、その時間を利用して奈良まで移動して、開店待ちをすれば効率的。終わってから、大阪の調査をすればいい……。調査の旅ではいつも現地でルートを考える私としては、かなり理想的なプランを完成させることができ、「私は天才!?」と思うほど盛り上がって奈良駅に到着しました。
朝の奈良駅、土産店の開店を待つ
同じ奈良駅と言えど、JR奈良駅と近鉄奈良駅がめちゃくちゃ離れていることさえ知らず、ついつい奈良公園から遠いJRを使ってしまった……ということもありましたが、とにかく時間に余裕があるので気になりません。

むしろ、駅から観光客が歩くルートには土産店が存在する可能性があるため、ここを事前に調べておくことこそが重要です。シャッターがおりている土産店であっても、あとで開店する可能性があるので事前に調査しておくのです。

土産店が数軒見つかったので、帰りも遠いJR使うことが決定してしまいましたが、先に分かっていることで時間が読めるようになります。近鉄奈良駅の周辺もチェックしつつ、朝9時ごろ奈良公園に到着しました。
途中、道行く人などから情報収集したところ「奈良公園で行くべきは猿沢商店街」「猿沢商店街に土産店が密集している」と言われたので、まっすぐ猿沢商店街に向かいました。そこには驚くべき光景が待ち受けていました。
それは、シャッター街です。

完璧なプランが崩れ去った
もう9時とはいえ、まだ開店しない店もあるのだろうと気を取り直し、開いている土産店で話を聞くと「もう少しで開く店も少しあるけど、ここは修学旅行生メインだから夕方にならないと店が開かないよ」と言われたのです。衝撃です。

なんでも、ここは京都から移動してきた修学旅行生が宿泊する場所がいくつかあり、その生徒が夕飯の前後の自由行動で買い物をしに来るので、それに合わせて営業するということだったのです。
私はまだまだ未熟者でした。つまり今日のスケジュールは、大阪で時間をつぶして先に大阪市内をひと通り見た後で、夕方前になってから奈良公園に移動するというのが効率的だったわけです。
いや、効率とかの次元でなく、ここで夕方まで待って店で買い物をして、そこから1時間かけて大阪に戻っても、もう大阪の土産店の営業は終了しているでしょう。完全に失敗しています。
今すぐ、大阪に戻って調査してもう一度奈良へ戻ってくるという手段もありましたが、さすがに移動時間分のロスがもったいない。私の敗北です。
唐突な「地球は丸かった」
奈良公園の中には、猿沢商店街以外にも東大寺、春日大社などの施設周辺にも土産店が存在します。さらに駅前からの道すがらの土産店もチェックしなくてはならないので、それで時間もつぶせるだろうと調査を開始しました。

その中で、いくつかの土産店でファンシー絵みやげを保護しました。

……いや、よく見ると「MARUKKATA」になっていますね。好景気だったため、当時ファンシー絵みやげは飛ぶように売れました。スピードを重視して次々商品を作ったからなのか、誤字がたくさんあったのです。

13時ごろには調査を終了し、猿沢商店街に戻ると、開いている土産店の数は増えましたが、それでも5、6軒でしょうか。

開いている土産店の方に、ランチでおすすめの店を聞いて優雅に昼食をとりました。それでも14時。まだまだ時間はたっぷりあります。
仕方がないので、仲良くなった土産店の方に業界の話などを聞いたりしていると、15時ごろから徐々に店が開き始めました。ただ、それでも10店舗ほどでしょうか。

あたりが薄暮に包まれはじめてきても、やはり半分くらいシャッターのまま。再度質問すると「もうこれ以上は開かないかも、修学旅行シーズンしか開けない店もある。修学旅行シーズンといっても曜日など色々条件がある」と言われました。なるほど。完全に私の敗北です。
その後、私は関西方面に出かけるたびに奈良公園の猿沢商店街に立ち寄りましたが、タイミングが悪かったりで、運よく修学旅行シーズンには行けませんでした。それでも仲良くなった店の方が、色々な情報をくださったり、ファンシー絵みやげを確保しておいてくれたりと、行くたびに発見や成果がありました。
「要注意人物」と捉えられると思いきや…
これまでの旅が報われたのは、2018年のこと。待ちに待った修学旅行シーズンです。
一度失敗しているので、早朝から奈良公園へ向かうことはありません。まずは電車で移動して法隆寺を調査することに。

法隆寺の土産店は修学旅行生でごった返していました。これは期待できます。そして真っ暗になった18時ごろ、やっと奈良公園へ到着しました。
そこには見たこともない猿沢商店街の姿が。暗い中で煌々と輝く、店、店、店。ほとんどが開店しています。そして集う修学旅行生。

今まで一度も見ることがなかった、期間限定でしか開店しない土産店。期間限定がゆえに商品も懐かしいものがチラホラ。心を躍らせて色々と購入していました。
その中で、かつて見たことない商品があったのです。
どうしてもそれが欲しかったのですが展示品だったため、「よければ譲ってもらえませんか」とお店の方と交渉しましたが、ないと寂しくなるので売れないということでした。
お客さんは子どもばかりという時間帯に、大の大人が必死にお願いしている状況は奇異にうつったのか、他の店の人も見に来ます。
「どうしたの」「この人がね、これが欲しいというんだけどね」「そんなのあげちゃえばいいじゃない」「でもこれ写真撮ってく外国人の方もいて、なくなると寂しい」そういった土産店の人同士の会話がなされます。

こればかりは、店の方の持ち物ですから仕方ないです。こちらはこちらの思いの丈をぶつけてみて、無理なら引き下がるだけ。
諦めて歩いていると、「ちょっとちょっと、あなたの欲しいのこれ?」「うちにもこんなのあったわよ!」「うちの在庫も見てってよ!」。近くのお店の人たちが私に声をかけてきます。
やりとりを見ていた人たちによって、いつの間にかちょっとした有名人のようになってしまいました。しかも、これまでに何度も足を運んでいたため、
「あなた、前も来たわよね、こんなものもあったわよ」
「あなた〇〇の店の人と仲良いのね、何か見つかったらその人に言うから」
と、盤石な協力体制ができあがっていました。
「要注意人物」的にネガティブに捉えられるリスクを承知で交渉していたのですが、現実はその反対でした。むしろ「変な情熱のあるおかしな人」と面白がってくれて、色々と協力してくれるようになったのです。

思い出はお土産とともに
観光地では、普段体験できないようなことが起こります。冷やかしでなく、本気であるということが伝われば、受け入れてもらえることもあるんだなと、少し感動しました。
その日はそのまま東京へ帰る予定で、最終の新幹線に乗るためには、もう時間がありませんでしたが、ギリギリまで色んな店の商品を見て、そして電車に飛び乗りました。
京都駅では東海道新幹線が運転停止中で、運休も発生しており、帰れない人で大混雑になっていました。自由席だったので、運転再開したとしてもギュウギュウの車内で立ちっぱなしで帰るのが確定しているような状況です。
しかし、奈良で保護させてもらったファンシー絵みやげを眺めていれば、猿沢商店街の店の方たちの顔が浮かんできます。あたたかい気持ちで、新幹線を待っていました。
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山下メロさんが「ファンシー絵みやげ」を保護する旅はまだまだ続きます。withnewsでは原則週1回、山下さんのルポを紹介していきます。