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連載

#3 ラグビーW杯の楽しみ方

記録的大敗を経て、史上最大の番狂わせ 「劇薬投入」で変わった日本

2015年イングランド大会の南アフリカ戦。「スポーツ界最大の番狂わせ」といわれた
2015年イングランド大会の南アフリカ戦。「スポーツ界最大の番狂わせ」といわれた 出典: ロイター

目次

 日本ラグビー協会広報部長の藪木宏之さんに、9月開幕のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の楽しみ方を教えていただくインタビュー。3回目は、W杯で20年ものあいだ勝てなかった日本代表がなぜ、前回2015年のイングランド大会でいきなり南アフリカという「超強豪」に勝てたのか、を語っていただきました。個人的に圧巻だったのは「後半残り10分の心理戦」のくだりです。やっぱり玄人の視点は素人と違うんだなあとうならされました。(聞き手・朝日新聞記者、志村亮)

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藪木宏之(やぶき・ひろゆき) 1966年山口県生まれ。明治大学をへて88年に神戸製鋼ラグビー部に入る。神戸製鋼が89年~95年に日本選手権7連覇を果たしたころの主力メンバーとして活躍、98年に引退。企業人としては広報畑を歩み、2016年4月に日本ラグビーフットボール協会へ出向。現在、同協会の広報部部長。
藪木宏之(やぶき・ひろゆき) 1966年山口県生まれ。明治大学をへて88年に神戸製鋼ラグビー部に入る。神戸製鋼が89年~95年に日本選手権7連覇を果たしたころの主力メンバーとして活躍、98年に引退。企業人としては広報畑を歩み、2016年4月に日本ラグビーフットボール協会へ出向。現在、同協会の広報部部長。

「びっくり」南ア戦の大金星

 

志村

日本代表は1991年の第2回W杯で1勝したものの、95年に「ブルームフォンテーンの悪夢」の記録的な大敗を喫した。

そこから態勢を立て直し、2009年にはW杯の誘致に成功しました。

 

 

しかし前々回11年の第7回大会では、ニュージーランドにまた大敗を喫して結局20年間、W杯では勝てない状態が続きました。

 

藪木

07年、11年大会でカナダ(19年1月現在世界ランク20位)とは2大会連続で引き分けたのですが……。

 

 

それで次はもう、私でも覚えている前回15年のイングランド大会なわけですね。

 

 

そうです。そこでついに挙げたW杯2勝目が、あの南アフリカ(同5位)戦なのです。

 

 

素人目にも勝ったのはすごいと思いました。でも、これまでにお話しいただいた歴史をよく知ってる人からすると……。

 

 

もう、びっくりです。

ラグビー界だけじゃなく、スポーツ界で世界最大の番狂わせだといわれましたからね。
南アフリカに勝ち、喜びを爆発させる日本代表
南アフリカに勝ち、喜びを爆発させる日本代表 出典: ロイター

 

 

南アフリカはニュージーランド(同1位)と同じように屈強で、スピードランナーもたくさんいました。

でも、日本も同じぐらい身体を鍛えていて、タックルを繰り返して対抗しました。

 

 

最終的なスコアは……。

 

 

34対32でした。

エディ・ジョーンズという「劇薬」

 

 

大会前から強くなっているという手応えはあったんでしょうか。

 

 

かなり強くなっていたと思います。11年大会が終わって、エディ・ジョーンズさんをヘッドコーチに据えました。

そして、エディさん独特の、
日本人を熟知した強化態勢
のもとで、めきめきと力をつけていきました。
前日本代表ヘッドコーチのエディ・ジョーンズさん。日本大会にはイングランド代表のヘッドコーチとしてやってくるそうです
前日本代表ヘッドコーチのエディ・ジョーンズさん。日本大会にはイングランド代表のヘッドコーチとしてやってくるそうです 出典: 朝日新聞社

 

 

何が強くなったんでしょうか。

 

 

やはりフィジカルですね。

 

 

かつてはフィジカルではね返されていたのが、そんな感じじゃなくなってきた。

 

 

対等にディフェンスが出来ますし、アタックの時もきちんとボールが出てきます。対等どころか、勝っている部分も多かったです。

 

 

日本が外国人をヘッドコーチに招くようになったのはいつからですか。

 

 

07年大会からです。

 

 

外国人がコーチをすると、変わるものなのでしょうか。

 

 

世界を知っているというのが大きいですね。少なくとも95年の大敗まで日本は世界を、まあ知ってはいましたけど、本当の意味では知らなかったのだと思います。
2007年から2大会、日本代表を率いたジョン・カーワンHC
2007年から2大会、日本代表を率いたジョン・カーワンHC 出典: 朝日新聞

 

 

外国人コーチは、ただ鍛えるというより、マインドを変えるのがうまい。特にエディさんはそうでした。

 

 

マインドを変えるというのは。

 

 

準備がいかに大切か。なぜこの練習をやるのか。どうして怒られるのか。まあ、いろんなことがあるわけですけど、エディさんは本当に、自分たちで考えさせるということを、とことん追求しました。

 

 

代表選手なら当然かなりのアスリートで、小さい頃から強豪チームで鍛え上げられ、すでに普通の人とは違うと思うんですけど、そんな方々でも、考え方を変えないといけないわけですか。

 

 

エディさんは否定から入ったと思います。

そのやり方じゃだめだと。

 

 

コーチと選手の対立のようなことも起きたのでしょうか。

 

 

そういうこともあったんじゃないかと思います。

 

 

やはり世界を知る人がやると説得力が増すんですかねえ。

 

 

エディさんには、代表に来る前にまずサントリーを指導して非常に強くした実績がありました。国内でも実績があって奥様も日本人です。

つまり、日本人のマインドがよくわかっている方だった。日本人が持つ我慢強さとか、細かいデリケートなこともやれることとか、ぜんぶ分かって指導していたんです。
サントリーを率いていたころのエディ・ジョーンズ氏
サントリーを率いていたころのエディ・ジョーンズ氏 出典: 朝日新聞社

 

 

じゃあ、他の国でも同じやり方が通用するわけではないと。

 

 

と思います。

 

 

日本人のメンタリティーもわかった上で、これでは世界に通用しないというのがあって、どうしたらそれを自分たちで考えるようになるか、というところから指導に取り組んだ。それが大きかったと言うことですか。

 

 

半分強制的に朝からウェイトトレーニングをやったり、1日4部練習をやったり。定常化していた練習方法を劇的に変えました。食事も。もう劇薬ですよね。

『日本代表に劇薬を投入した』という言い方が、いちばん似合うんじゃないですかね。

 

 

それまでの蓄積よりはもう、がらりと変えるようなことを12年から15年にかけてやった。それが大きかったと。

 

 

大きかったですね。
日本代表を指導するエディ・ジョーンズHC
日本代表を指導するエディ・ジョーンズHC 出典: ロイター

後半残り10分、南アフリカがみせた焦り

 

 

南アフリカ戦の前、藪木さんはどんな試合になるとみていたんですか。

 

 

いい勝負すればいいなという感じですよね。勝つというのは……もちろん、チームはいつの時代もどこの相手でも勝つという気持ちなんですけれども、まあ冷静に考えるならば、
きょうは厳しいな
という感じですよね(笑)。

 

 

どこで観ていたんですか。

 

 

テレビです。

 

 

どのあたりから、おや? という感じになったのですか。

 

 

ずっと7点差以内だったんで、いい勝負になるなとは感じていました。明らかに、フィジカルやスキルで遜色なかったので。

 

 

やっぱり何回かは個人のレベルでトライされ、このままじゃきついかなというシーンもありましたけど、全体的にはやれる感じがずっとありました。
南アフリカ戦のワンシーン
南アフリカ戦のワンシーン 出典: ロイター

 

 

でも善戦しても最後は離されるというのがそれまでのパターンだったんですよね。日本はどこでリードできたのでしたっけ。

 

 

リードしたのは本当に最後の最後。ずっと29対29のスコアが続いていました。

 

 

後半残り10分ぐらいで、日本が反則を取られたんです。

そこで南アフリカがトライ(決まると5点、そのあとのゴールキックが決まるとさらに2点入る)を取りに来ると思ったら、ショット(ペナルティキックのこと、決まると3点)を選んだ。それが決まって29対32でリードされます。

 

 

私は、おそらく選手もですが、おかしいと思いました。トライを取りに来ない。あの南アフリカが。それはつまり、焦っているということなんです。

 

 

それはつまり……。

 

 

少しでもリードしておく決断をしたということです。
南アフリカ戦のワンシーン
南アフリカ戦のワンシーン 出典: ロイター

 

 

ああ、なるほど。余裕があるなら絶対トライを取りに来るはずなのに。あれと。

 

 

だってまだ残り10分ありますからね。

 

 

素人目には、ああ残り10分でリードされちゃったと思うけど……。

 

 

選手は直接、体を当てていますので、もっと分かったと思います。彼らの焦りが。南アフリカの選手は、まさか日本がここまでやるとはとか、いろんな精神的負荷があったんじゃないですか。

 

 

日本なんかに負けたら……とかがアタマのなかで渦巻いている。

 

 

トライとキックを取られて7点差がつくと、そのあとトライを奪い返してもよくて引き分けです。

それが3点差だと1回トライを取れば5点取れて逆転できるわけです。そのモチベーションはかなり違います。負けている方も負けている感がぜんぜんないです。

 

 

藪木さんはそこでいける! と思ったんですか。

 

 

いけるかどうかはまだ分からなかったですが、いつもの南アフリカじゃないことはわかりました。

 

 

離しても追いつかれ、離しても追いつかれる。我々の現役のときもそうでしたけど、そういうテンポの試合って嫌なんですよね。

一気に離せず、食らいつかれる展開は、リードしているほうが嫌なんです。ラグビーは結構、心理戦なんです。
南アフリカ戦のワンシーン
南アフリカ戦のワンシーン 出典: ロイター

ラグビーに「番狂わせ」はあまりない

 

 

そして最後にトライで逆転したのは……。

 

 

決めたのは、カーン・ヘスケスというフィジカルの強いニュージーランド出身の選手なんですけど、エディさんが残り7分のときに投入したリザーブだったんです。

 

 

おお。

 

 

うまく最後の最後にボールが回った。守備していた相手も有名な選手だったんですけど、その相手をなんとか振り切り、ぎりぎりのところでトライです。

あと50cmボールを手前でもらっていたら完全にタッチに出されているんですけど、ほんとうにぎりぎりだった。
南アフリカ戦の勝利を決めたカーン・ヘスケス選手のトライ
南アフリカ戦の勝利を決めたカーン・ヘスケス選手のトライ 出典: ロイター

 

 

監督もひょっとしたらいけると思ったんでしょうね。それでフィジカルの強い選手を投入し、見事にはまった。

 

 

期待通りの展開になった。

 

 

勝ったとき、藪木さんはどんな感じだったんですか。

 

 

不思議と冷静だったんですよ。日本が勝ったのはもちろんうれしいんですけど、南アフリカが負けたという。

 

 

強豪国が負けたじゃん、いきなりと。

 

 

こういうこともあるんだなあと。ラグビーって番狂わせがなかなかないスポーツですので。

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