連載
#2 ここにも「スゴ腕」
「迷路」渋谷駅も攻略する乗換アプリ 「中の人」の仕事が地道すぎた
渋谷や新宿、東京。多くの路線が交わる都心の駅は、構内がとっても複雑です。ただでさえ迷ううえ、乗り換えのために降りたホームで、いくつかある階段を選び間違えると、とんでもなく遠回りに。急いでいる時は、焦りますよね。でも、そんな「迷路」を1時間歩いても、「楽しいですよ」と、うれしそうに話す珍しい人に出くわしました。(朝日新聞経済部・滝沢卓)
きっかけは、朝日新聞の「凄腕つとめにん」というコーナーの取材でした。仕事への熱意が尋常でなかったり、技術がすごかったりする勤め人を紹介する記事です。
私が大学時代のバイトで4年間、首都圏の私鉄で駅員をしていたこともあり、鉄道に関わる「凄腕」を探していたところ、ある会社の広報担当からこんな連絡をもらいました。
駅の構内図は、ホームや階段、エスカレーター、エレベーター、改札や通路などの位置をギュッとまとめたもの。駅のホームや鉄道各社のホームページで公開されています。
ただ、交わる路線が多ければ多いほど複雑。迷いそうになって見ても、さらに「???」となってしまう人も多いのではないでしょうか。
特に渋谷駅はJRや東京メトロ、京王、東急が通り、リニューアル工事も重なって、ツイッターでは「迷路」というつぶやきが絶えません。東京メトロだけでも、地下5階の副都心線から地上3階の銀座線まで、階段やエスカレーター、エレベーターが立体的に入り組みます。
そんな構内図を分析する仕事? どんな人なのか、会いに行ってきました。
その会社は、株式会社ヴァル研究所(東京都)。社名をきいてもピンとこないかもしれませんが、1988年にパソコン用ソフトとして生まれた経路検索サービスの草分け的存在「駅すぱあと」シリーズの開発・運営を手がけています。
そのデータの多くは「Yahoo!乗換案内」でも活用されており、お世話になったことがある人も多いのではないでしょうか。
出迎えてくれたのは、社員の三上雄平さんです。お会いする前は勝手に年配のベテランかと想像していましたが、入社は2009年。なんと私と同学年の32歳でした。
三上さんが所属する交通データ開発部は、経路検索に使われるダイヤや運賃、駅の情報などの資料を収集、専用のシステムに入力しています。その一環で、構内図を分析しているそうです。
でも、何の目的で、どんな内容を分析しているのでしょうか。
三上さんが話すのは、「乗換車両情報」という機能です。
例えば、東京の恵比寿駅でJR山手線に乗り、渋谷駅で東京メトロ銀座線に乗り換えて表参道駅を目指す――という経路をiPhone版の「駅すぱあと」で検索してみます。
すると、渋谷駅の表示の横に、人が階段を上るアイコンが登場。タップすると、「4号車」に改札の表示が出ます。
渋谷で4号車から降りると、目の前が改札で、銀座線へスムーズに乗り換えられますという意味です。
実際の山手線のホームには4号車前の改札以外にも、階段やエスカレーターが複数あります。ただ、この経路の「乗換車両情報」には表示されません。ほかの階段などを使ってしまうと、銀座線に乗り換えるには遠回りになってしまうためです。
どの階段やエスカレーターを選べば、構内を最短で進めるのか。三上さんはこれを確かめるために構内図を調べています。
複雑な構内図を読み解くにはコツがあるはず。聞いてみると、「電車を降りたホームから考えるのではなく、乗り換えたい電車のホームから逆走するように構内図をたどれば、おのずと最短ルートがわかりますよ」という答えが返ってきました。
先の例では、銀座線の浅草方面へ行くホームから山手線への逆に道をたどるそうです。もう一度、渋谷駅の構内図を見てみましょう。
……すみません。すぐにはよくわかりませんでした。
仕事とはいえ、素人目にはややこしいと感じてしまう構内図を地道に調べているのには、頭が下がります。
そんな構内図を調べなくても、どの車両が便利かを表示する案内をホームやネット上で公開している鉄道会社はあります。
しかし三上さんによると、全社が同じように表示しているわけではないといいます。そのために構内図を1枚ずつ見て、手がかりにしています。
もちろん、構内図だけではわからないことも。そんなときは、どの号車が階段の前に止まるのかを調べるために、実際に駅を回り、自分の目で確かめるといいます。
この時は、エスカレーターの向きもチェックするそう。ホームから乗れる向きでなければ、「乗換車両情報」としては表示できないためです。
実際に訪れて調査するのは、複数の路線が交わり、ラッシュ時でなくても多くの乗客が行き交う駅。周りの迷惑にならないよう短時間で済ませるために、号車番号と階段の位置がわかる写真を愛用のカメラで撮影。メモもタブレットで素早く済ませます。
こうした調査内容を総合して、データをシステムに打ち込んでいきます。駅すぱあとで乗換車両情報が表示されるのは、首都圏や地方都市を中心に1月時点で約730駅。三上さんは首都圏のほとんどを手がけ、これまでに調べた駅構内図は500枚を超えるといいます。
現在の仕事はデータの更新作業が中心。バリアフリー化などの工事で構内レイアウトが変わった駅を調べます。
ただ、「鉄道会社から工事予定を直接知らせてもらえるわけではありません」。端緒をつかむために鉄道各社のホームページやニュースを随時チェック。細かい工事は載っていないことも多いため、電車に乗る時はプライベートであっても、工事期間のお知らせを探すそうです。
大規模なリニューアル工事があったときは、調査に1時間以上かけて、構内を行ったり来たりすることも。それでも、「楽しんでますよ」と三上さんは笑って話します。
地道な作業にも前向きなのは、小さい頃から大人の今まで「乗り換えられなかった」と笑う趣味と重なりあうから。鉄道の博学ぶりは社内でも有名で、知識が豊富な他の社員3人とともに「乗換BIG4」なる称号を名乗っています。
出身は和歌山県美浜町。旅行好きの両親に連れられて各地を旅して、電車が好きだったそうです。
大学では「鉄道研究会」に所属。地方のローカル線で「秘境駅」などを旅するのがお気に入りで、入社後はバスの乗り継ぎも含めて全47都道府県を回ったといいます。
プロ野球・阪神タイガースは春季キャンプを視察するほどの大ファンですが、1軍のキャンプ地である沖縄では「ゆいレール」、2軍の高知では「土佐くろしお鉄道」と現地の路線に乗ることも忘れないそうです。
2020年には東京オリンピック・パラリンピックが控え、「駅のリニューアル工事がさらに増えそう」と話す三上さん。駅で乗り換えアプリを見ている皆さんの近くで、うろうろしている人がいたら、それは駅すぱあとの「中の人」かもしれません。
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