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就職氷河期にようやく得た大手からの内定。まぎれもないシューカツの「勝ち組」だった。それなのに、1年半で自ら退職。次の職場に選んだのは、人材サービスを手がけるベンチャーだった。約800人の転職を橋渡ししてきた凄腕ヘッドハンター、フューチャーリンク代表取締役の松井健治さん(42)の歩みをたどります。

#16 ここにも「スゴ腕」

腕利きヘッドハンター、極意は「口説かない」 800人の転職を橋渡し

松井健治さん=東京都渋谷区、山本未来撮影
松井健治さん=東京都渋谷区、山本未来撮影

目次

就職氷河期にようやく得た大手からの内定。まぎれもないシューカツの「勝ち組」だった。それなのに1年半で自ら退職。次の職場に選んだのは、人材サービスのベンチャーだった――。約800人の転職を橋渡ししてきた凄腕ヘッドハンターは、いかにして生まれたのか。その歩みをたどります。(朝日新聞経済部記者・内藤尚志)

「転職しない」なら、翻意は求めず

夜のとばりが下りるころ、ヘッドハンターは動きだす。引き抜きたい相手は、昼は仕事中で会いづらい。だから勤務後に時間をもらい、ティーラウンジやレストランで落ちあうのだ。そこでどう心を揺さぶり、転職へいざなうか。腕の見せどころだ。

「説得はしない。人生の大事な選択は、本人にゆだねるべきです」

フューチャーリンク代表取締役の松井健治さん(42)は、そう話す。転職のメリットとともにデメリットも示しつつ、相手の決断を待つ。異色の「口説かない」ヘッドハンターとして20年近く活動し、約800人の転職を橋渡ししてきた。

相手が悩んでいれば、「いまの仕事が好きなんですよね」と突き放すこともある。雰囲気に流されず、冷静になって考えを整理してもらうためだ。それで相手が「転職しない」と決断すれば、ヘッドハントの依頼主から報酬はもらえず、骨折り損になる。それでも翻意を求めることはない。

ヘッドハントの依頼主とは必ず会って話を聞く。「議論すれば、抱える課題がわかり、必要な人物像も見えてくる」=山本友来撮影
ヘッドハントの依頼主とは必ず会って話を聞く。「議論すれば、抱える課題がわかり、必要な人物像も見えてくる」=山本友来撮影

こだわり続ける「転職後の幸せな人生」

こだわり続けてきたのは「転職によって幸せになってもらう」ことだ。「人から言われて選んだ人生は、幸せになれない。難しい事態に直面すると、その人のせいにしてしまって頑張れないんです」

引き抜いた人たちの転職先での活躍ぶりは、自身の評判につながる。新たなヘッドハントの依頼が次々と来る。昨年、今年と、転職サイトのビズリーチが選ぶ年間最優秀ヘッドハンター(IT・インターネット部門)を2年連続で受賞した。

自分の人生の選択では、「失敗」もしている。大学を出た2000年は、いわゆる就職氷河期。人材サービス業界に興味を持ちながら、勤め先に選んだのは大手メーカーだった。名のある企業から得た内定と将来の安定に、飛びついたのだ。

入社後は営業に配属されたが、ミスをくり返し、しかられてばかりいた。「好きな仕事でないから、言われたことも覚えられない。自分の関心は、モノにはなくて人間にあると悟りました」。1年半ほどで辞め、ヘッドハントを手がけるベンチャーに移った。

だが、そこでも苦労は続いた。引き抜きたい人の連絡先を割り出し、電話をかけると、「失礼だ」と怒鳴られ、すぐに切られる。不思議なのは、そんな日々でもやりがいを感じていたことだ。「人間観察が好き。この人はこういう理由で怒るのかと、分析していました」

学生のころの愛読書は故・杉村太郎氏の「絶対内定」。就職活動の自己分析ブームに火をつけた本だ。杉村氏がつくった就活塾「我究館」にも入ったが、「常に100点満点を求められ、ついていけなかった」。正しく見える考え方でも、人によって合う、合わないがある。このときの挫折でそれを学び、強引に口説かない今のスタイルにつながった=山本未来撮影
学生のころの愛読書は故・杉村太郎氏の「絶対内定」。就職活動の自己分析ブームに火をつけた本だ。杉村氏がつくった就活塾「我究館」にも入ったが、「常に100点満点を求められ、ついていけなかった」。正しく見える考え方でも、人によって合う、合わないがある。このときの挫折でそれを学び、強引に口説かない今のスタイルにつながった=山本未来撮影

ITベンチャー専門、大企業には広げず

そのうちに成果も出るようになった。人材の引き抜き先を大企業からITベンチャーに変えたのが、当たった。好奇心や挑戦心のある人が多い業界だけに、電話で「会いたい」というと、半数は応じてくれる。次々と新サービスが生まれる業界でもあり、ヘッドハントを依頼する顧客も探しやすかった。自信を深め、この業界が専門のヘッドハンターとして06年に独立した。

唯一の商売道具といえるのは、ノートパソコン。引き抜き候補者の経歴を保存したり、依頼主と電子メールなどで連絡をとりあったりする。「やっている仕事は結局、情報のやりとり。特別な道具は要りません」。ITベンチャー業界ではSNSの普及も急速に進む。最近はそれを活用して名刺の交換すらしないことも増えているという。

自ら起こした会社は、アルバイトも含めて10人の従業員を抱えるようになった。もう少し大きくしたいが、人材の引き抜き先を大企業に広げていく気はない。大企業には着実なステップアップを望む人が多く、自分のスキルが役立つと思えないからだ。変化が速く、先の読めない世界で、活躍の場を探しあぐねている。そんな人に寄り添えるのが、自分の強みだと心得ている。

     ◇

松井健治(まつい・けんじ)さんは、千葉県出身。2000年にアイワ(当時)に入り、翌年に人材サービス会社のインテリジェンス(同)系のベンチャーに移る。06年に同僚だった妻と独立し、フューチャーリンクを創業。

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