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専門知識だけじゃわからない 発達障害の雑誌「ないなら作っちゃえ」
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「こだわりが強いのは性格?生まれつき?」「よくミスして注意されるのはなんでだろう?」……そんな話題を中心に、発達障害の当事者やその家族で作る、ユニークな季刊誌が京都で作られています。注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの発達障害当事者で、幼い頃から人との距離感に悩んできたという編集長の朝倉美保さん(39)に話を聞きました。
発達障がい専門誌「きらり。」は昨年4月に誕生しました。
中学の同級生で、発達障害の疑いがある娘を持つ美濃羽まゆみさんに、以前から自分の障害について話していた朝倉さん。新たに知り合った当事者家族と一緒に頻繁にディスカッションするようになったといいます。
議論の中で出てきたのが「正しく理解されていない」「悲観的に見られている」。そして、「本を見ても専門知識だけで、どうしたらいいのかわからない」という共通認識でした。
「ないなら作っちゃえ」
「紙の手触りを大事にした『本』の形にこだわりたい」「日々の生活と両立させながら作りたい」との思いから、季刊誌という形をとることにしました。コンセプトは「障がいを生きる。楽しく生きる」。
毎号、当事者エッセイやインタビュー、発達障害の特徴の解説記事など内容は豊富です。次第に、当事者家族から「同じ子ががいるんだな、と安心した」などの声が届き始めました。そして、編集に「参加したい」という人もでてきました。
そのうちの一人が白保美香さん(41)です。3号から、表紙や文章につく挿絵を担当しています。
白保さんは夫とともに、ADHDや自閉症スペクトラムなどの傾向があるといいます。白保さんは「人とのほどよい距離感が分からず、近づきすぎるか、距離が遠すぎるか、の二択しかできないんです」と話します。人間関係に悩み仕事に出ることをやめた期間もありました。
昨年夏、たまたま見ていたテレビ番組で「きらり。」の存在を知りました。早速、購入して読んでみると、「障害の本というと暗いイメージでしたが、『きらり。』は想像と全く違い、すごく前向きで素敵だと思いました」。
以前、本の挿絵を描いていた経験を活かし雑誌制作に関わりたいと、数日後に朝倉さんにメールを出し、何度かのやりとりを経て、挿絵を提供することになったのです。
読者としても「きらり。」に励まされているという白保さん。「雑誌に書かれている体験談や、発達障害の症状と工夫しながら付き合っているコラムなどを読んでいると、勇気をもらえます」
「きらり。」では、白保さんの他にも、インスタグラムでADHDの息子との日常をマンガにして発信しているuchino_coさんのマンが作品や、ADHD当事者のオカジマラテさんが、会社員生活の中で「掃除に集中しすぎてお客さんに気づかない」「いろいろな仕事に手を出しすぎてキャパオーバーになってしまう」など日常生活の失敗を、マンガ作品として掲載するなど、当事者やその家族の経験もマンガやイラストでユーモラスに描かれ、手に取りやすい内容になっています。
マンガやイラストを多用することについて、朝倉さんは「発達障害の方は、視覚情報を大切にしています。読みやすさやわかりやすさを追求した時、一番はイメージしやすいイラストを入れることだと思います。また、文章だけでは『読み疲れ』てしまうこともあるかと思い、マンガを入れています」
朝倉さんが全体を通して意識しているのは、事例を多く紹介することです。
たとえば、10月に発行された6号では、美濃羽さんが「わが家のくふう」として、収納は「見える、立てる、枠をきめる」というルールを紹介。探し物が苦手な長女のために、収納を「見える化」する工夫を伝えています。持ち物を壁に掛けてすぐ見つけられるようにする、衣類などを重ねない...…など、それぞれ写真付きで説明しています。
朝倉さんは「発達障害で悩んだり困ったりしている人、『工夫できることはないかな』と思っている人に、ヒントとなるようなものを届けたい」と話します。
そんな朝倉さんが、ADHD、アスペルガー症候群などの発達障害と診断されたのは、5年前のことでした。24歳から10年間うつ病と付き合ってきて初めて、うつ病は発達障害の二次障害であることが判明したのです。
生きづらさのようなものを、幼い頃から感じていたという朝倉さん。思っていることはあるのに、感情をうまく伝えることができず、できたとしても「ダイレクトに表現しすぎてしまうから、『えっ』と思われてしまっていた」。グループをつくって遊ぶことが苦手で「一人でもいいように過ごしていました」。中学校では休み時間もずっと机に向かって勉強していたといいます。
「疎外感を感じていたし、仲良くしたいという気持ちはあった。でも、できないから、悲しい、そんな気持ちでした」
34歳で発達障害と診断されたときには、20代で発症したうつ病の時に発行された精神障害者保健福祉手帳を持っていたこともあり「障害」の言葉に抵抗はありませんでしたが、発達障害に関する書籍はいまほど多くなく「自分がなにものか理解できない」状態だったといいます。
「本屋にかろうじてあった一冊も、専門的な用語が並べられているだけで『だからどうしたらいいのか』がまったくわからなかった」
それでも関連する本を読みあさり、たどり着いた答えが「発達障害の症状をどう活かしながら生きていけばいいのか考えないといけない」ということだったといいます。
たとえば、朝倉さんは「過集中」の症状があります。寝食を忘れて5~6時間、一つの作業に没頭し続ける傾向があり、その時間が終わると、一気に疲れが押し寄せ、動けなくなってしまいます。朝倉さんは「しかばねタイム」と呼んでいます。
朝倉さんは「きらり。」の創刊号で「しかばねタイム」について、「障がい者なわけですから、8時間労働を普通にしようとしたら無理が出てきます。そして『過集中』は絶対にしてしまうので、もう受け入れて、上手に時間を使うようにしています」と記しています。
「凸凹の凸の部分だけを強みにする、という考えを持つ人もいますが、私は反対です。凹の部分も『チャーミングだね』って言ってもらえるようになれれば楽じゃないですか」
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