連載
#16 未来空想新聞
おじさんを美少女化したテクノロジー 先端心理学が語る「VRの世界」
本来、自分でもなんでもないアバター。VRの世界で、なぜ人はそれを「自分」と感じ、その感情を自分のものとして受け取るのでしょうか。顔と心理学研究の第一人者からは、意外な答えが返ってきました。
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#16 未来空想新聞
本来、自分でもなんでもないアバター。VRの世界で、なぜ人はそれを「自分」と感じ、その感情を自分のものとして受け取るのでしょうか。顔と心理学研究の第一人者からは、意外な答えが返ってきました。
バーチャルリアリティー(仮想現実、VR)が普及し始めた今、人の「外見」と「心」のあり方は大きく変わりつつあります。見た目を交換できるのが当たり前のバーチャル世界は、人の心とどう影響し合うのでしょうか。そして、おじさんがVRの美少女キャラクターをまとったことで生まれた「心の中の少女」は、どこからやって来たのでしょうか。先端の心理学者に聞きました。
話を聞いたのは、顔と身体に関する心理学研究の第一人者である中央大学の山口真美教授。インタビューには、VRやAR(拡張現実)開発とコンサルティングを手がける企業「XVI(エクシヴィ)」社員の荒木ゆいさんに同行してもらい、助言をお願いしました。
――VRで16歳の美少女・初音ミクになり、いろいろなポーズを取ったりした結果、自分の中に少女の心を発見するという、驚くべき体験をしました。VRと心はさまざまに影響し合っているように最近感じています。
山口:VRのキャラクターが自分自身になるというのは、これまでの心理学研究にはなかった領域です。VRで自分の外見を変えたとき、どこまでなら自分と認識できるかという研究はまさしくこれからですね。
――実際に外見を変えるケースとしては、まず形成外科を思い浮かべます。
山口:形成外科の方々が心理学者と共同作業するようになったのも比較的最近です。美容整形などでは、手術してたしかによくなったのだけれど、患者さんがその顔を自分のものとして受け入れられなかったりします。
――お化粧も外見を変えますね。
山口:化粧業界では、プロジェクションマッピングで顔に化粧のイメージを投影する取り組みを始めています。自分らしく見える化粧というのはどこまでで、どこからが違って感じられるのか。その研究もこれからです。
――自分らしくない化粧というのもあるわけですね。
山口:没入感というのは、自分の動きと連動しないといけない面があります。メイクを自分ですると、自分の動きと連動するので、自分らしく感じられる。誰かにメイクをしてもらうだけだと受け身になってしまいます。
――動くことで違和感が減る、と?
山口:形成外科の手術で、自分の理想をお医者さんと話し合い、実際そうしたはずなのに、術後に「自分の顔」として受け取れないケースがあります。けれど表情を動かしていくと、そのうち自分らしく感じられるようになっていくようなんですね。自分で体を動かすことで自分らしさを獲得する。
荒木:VRの場合、自分の分身であるアバターをまとったとしますよね。そして体を動かしてみると、アバターが動く。その結果を自分が見ますね。また動くと、アバターが自分の予測通りに……
山口:…ええ、動いている、それが少しずつ自分の身体感になっていく。
――そこまで動きが意味を持っているとは知りませんでした。
山口:動きが一番重要ですね。化粧をしてもらうにしても美容整形にしても、最初は「やってもらった」ものだけれど、それを自分が動かすことで自分らしさがフィードバックされる。そして「あ、これ自分だな」という接続感が生まれます。
――思い出してみると、自分が美少女になっている間、女の子らしいポーズを一生懸命つくっていました。
山口:ああ、なるほど。いろいろ動いたから少女になれたし、逆に止まって動かなかったら、あまり「しっくり感」はなかったのかもしれません。
荒木:VRアニメ制作ツールで、アニメキャラクターになりきれる「AniCast(アニキャスト)」という製品デモをたくさんの人相手にしているんですが、五十~六十代の重役クラスの男性たちも、少女のキャラになると、だんだんかわいい動きになっていきます。
――自分に引き比べて納得できます。
荒木:男性と女性では、手を動かすときの脇の開き方が違うことが多いんです。たいていの男性は腕を動かすときに脇を開いているんですが、女性は閉じている。でも、少女として動くうちに男性も閉じてくるんですよ。けれど恥ずかしがって動かない人はなじまない。動く人の方がなじんでくる印象があります。
――自分の動きと連動するものに気持ちも結びつく……。実際、VRではキャラクターが自分の通りに動きますが、そういうものに同一感を抱くという研究成果はあるのでしょうか。
山口:自分の動きから生じたものがフィードバックして自分らしさを獲得する。「センス・オブ・エージェンシー(自己帰属感)」と呼ばれるものですね。自分の身体の帰属感、その延長だと思います。もちろん通常は自分の体に対してなんですが、それ以外のものが帰属しても特に不思議はありません。
――たとえばどんな研究があるのでしょう。
山口:鏡を見れば自分と感じますね。そこで鏡に細工をして、少し時間をずらした動きを見せても、自分とわかります。赤ちゃんでも多少のずれなど関係なく、自分の動きと相関があれば自分と感じます。そうした研究例はほかにもたくさんあります。
荒木:ゲームが得意な人は、自分の身体性をゲームの中にまで拡張している感じがあります。
山口:道具の使い方がうまい人は、道具を自分の身体の延長として感じていますね。車の運転がうまい人も、身体感を車のボディーにまで拡張して、「ここまでが自分」という感覚を持っています。つまり車と同様にVRでも自分の感覚を伸ばすことができる。それはさほど不思議ではありません。
――VRChatという、仮想空間でアバターを使ってコミュニケーションをする模様をご覧いただきたいと思います。ミライアカリというバーチャルYouTuberが案内したYouTubeの動画です。
山口:なるほど。この世界では対人距離がすごく近くなるんですね。アバターを女の子にすることで、近づいても安心だし、日常生活で取っている距離感がなくなるように思いました。こういう世界にわざわざ行くのは、日常以上に親密になりたいはずで、距離感が近いことは重要ですね。
――そこでアバターが意味を持つわけですね。
山口:アニメキャラの女の子が一番受け入れられやすい。かわいいし、みんなに好かれるし、近くにいても大丈夫だし。おそらく日常よりも楽にコミュニケーションをスタートできると思います。気負いなくコミュニケーションできるから、変に自分を作ったりしなくていいのでしょう。
――リアルな姿では難しいと。
山口:リアルな日常生活を普通に送っていると、自分が背負っているものって顔に出てくるものなんです。そうすると相手から上に見られたり下に見られたりといったことも経験する。そういう日常のややこしさを全部取っ払えるのがこういうキャラクターなんだな、と感じましたね。
荒木:VRChatを体験したとき、かわいい女の子のアバターに頭をなでられたりしたのですが、あまりよく知らない人相手でも、すごく心を許した人とのふれあいに近いものがありました。VR内で安全だという安心感もあって、さらにお互いかわいいと思っているから。
――お互い、見ただけで安心してしまうということですね。
荒木:ええ。……ふつう、知らない人が近づいてくるといやじゃないですか。
山口:でもかわいい同士だとそうならない。「かわいいマジック」がそこにあるんですね。
荒木:かわいい同士だと「無害」みたいな。
――他人の顔を見るとき、男性は女性の顔を主に好むが、それとは違って、女性は男性の顔も女性の顔も共に好むという研究結果があるそうですね。
山口:実際に実験で、そのように確認されています。
――だとすると、男性が⼥性のアバターをまとうことには必然性がありそうに思えます。つまり男性の顔だったら、⼥性にしか好感を持ってもらえないけれど、⼥性の顔だったら男性と⼥性両⽅から好感を持ってもらえる。
山口:むしろ「かわいいキャラ」という方が重要かもしれません。拝見すると、女性だけでなく、ぬいぐるみ系とか、かわいいキャラが選ばれていますよね。かわいいというのは癒やしの対象で、どの国の誰からでもかわいいと言われます。
――それは女性ということ以上に?
山口:ええ。「かわいい」は万国共通のメッセージです。かわいいものを保護したいという心の動きに、国や文化の差はありません。
――文化差がない理由は何だと考えられますか?
山口:小さな⼦どもをかわいいと感じるのと同じですね。⽣物として備わっているもので、それが距離感の近さにつながっているように思えます……でも、すごいですね、この世界(嘆息)。
――このVRの世界を、今まで学術的にお調べになったことはありますか?
山口:ないですね。本当に知らなかったですね。あ、プリクラなどのプリントシールは少し似ていますね。
――ああ、黒目を大きくしたり。
山口:はい、プリントシールで、あれだけ映像を加⼯して顔のつくりを変えても、被写体の⼥の⼦は⾃分と認識している。プリントシールが流⾏ったときあたりから、私たちの⾃分の捉え⽅は少しずれてきていたのかもしれません。ただVRがここまで来ているとは思いませんでした。
――プリントシールは主に女性に流行りましたね。
山口:美少女になりきるVRで自撮りさせてみて、一番気に入った写真は女性と男性で違うだろうと予想できます。女性は自分の延長線で自分に似た写真を撮るかもしれない。逆に男性は本当にバーチャルとして見ているのではないか、そういう違いもありそうです。
――バーチャルに傾倒する人はすでにいますね。
山口:VRChatでも、本当に没⼊してきたら、その⼈にとって重要な顔や身体はリアルとバーチャルのどちらなのか、本当の⾃分はどちらにいるのか、あるいは真に生きている世界をその人はどちらと捉えているのか。興味は尽きないですね。
荒木:実際、VRChatの最近の拡大ぶりは目を見張るものがあります。
山口:こういう世界を前に、私たちはこの先、どんな暮らしをしていくのか。特にこれからの若い⼈たちにとって、どちらが本当の世界になるのか、そこまで含めて考えるべきことといえそうです。
荒木:アバターの表情を操作して変えると、その表情に合わせて、自分の気持ちがすごく変わる印象があります。それは体験した⼈、誰もが⾔っていました。
――アバターの表情が自分に影響すると?
荒木:ええ。笑った顔にすると、元気な気持ちになるし、眉⽑をつり上げると、「やるぞ」という気になる。悲しい顔にすると、それに引きずられて落ち込む。
山口:たとえば会議の場で、ちょっと場が荒れてきたとき、表情を明るくしたら、それだけで空気が変わるかもしれません。それは「同調」と呼ばれています。
荒木:自分の表情をコントロールできたら、コミュニケーションが円滑になるかもしれないとも思います。
山口:親しい人と一緒にいる場合、それこそ心拍も同期するとか、そういうことまで言われています。心拍までいかなくても、しゃべる速度がそろったり、ジェスチャーが同じようなタイミングで出てきたりする。
――友達と話が弾んでいるときに、調子がよく合うことはありますね。
山口:気を許した人同士だと、気持ちが同調してきて、表情も同じようになってくる可能性は十分あります。表情と感情は密接に結びついていて、ある表情をすると感情がそれに引っ張られる。いい表情をすれば、気持ちも上がってくるし、悲しい表情だと気持ちも落ち込んでくる。
――感情が表情を作るのは当然なんですが、逆に表情が感情を作るともいえるわけですか?
山口:表情を作ることによってフィードバックが起きます。表情を作る筋肉の動きが、感情に作用するんです。
――筋肉というと物理的なものですが、アバターに筋肉はないですよね。
山口:アバターの表情を見て同調するんですね。同調して、自分も無意識のうちに同じ表情を作る。それによって表情筋の動きが自分の感情を動かしていくと言えると思います。
――すると、美少⼥のミクがかわいい表情をしているとき、⾃分の顔も同じようになっている可能性が……
山口:あるかもしれないですね。……ああ、そうか、丹治さんがその美少⼥のミクを⾃分と感じたのは、ミクの表情からフィードバックした感情が丹治さんの中に⽣まれて、それを「今までと全く違う⾃分自身の気持ち」として受け⽌めたからかもしれないですね。
――自分からではなく、ミクから自分に……
山口:自分が普段したことのない美少⼥の表情を無意識にまねた結果、今まで経験したことがない感情や⾏動が引き起こされ、それを新しい⾃分ととらえたのかもしれませんね。それが⼀番かな。
――つまり……まず少女のミクの姿に自分の体が同期して、女の子らしい身振りをするようになった。同時に、今度はミクが浮かべる表情に自分の顔が同調し、その感情も自分の中に取り込まれた……それが「心の中の美少女」につながってくる、と。
山口:ええ、やはり鍵は表情ですね。たとえ⾃分からは⾒えなくても、表情としてあるだけで、⾃分は筋⾁の動きを⾃分の感情として受け取っている⾯があるわけです。
――自覚はしていませんでしたが、そうなると、ミクになっているときの自分の表情がどうなのか気になりますね。
山口:そうですね。そこは(実験のために)カメラで撮りたい(笑)。普段と全然違うかもしれないですよ。
――体が何となく、しなっとなっているのはわかりました。
山口:しなっとなってくるということは、体が柔らかくなっているということで、顔もたぶん柔らかくなっていると思いますね。
――VRについての学問的ご関心はいかがでしょう?
山口:とても興味深いので、顔心理学会でも手がけていきたいですね。哲学なども含めて、さまざまな分野に及ぶと思います。トランスジェンダーの領域でも貢献できるかもしれません。
ツイッターID @MuRo_CGさん制作(3Dモデルはハンドル名Tdaさん)のVRアプリ「PlayAniMaker(プレイアニメーカー)」。VRの世界でバーチャルシンガー・初音ミクになり、さまざまな表情・ポーズの写真を撮ることができます。
これを使った結果、筆者が体験したのが、自分の内側に少女の心が生まれるという前代未聞の出来事でした。その理由を知りたい、それが山口教授にお話をうかがう動機の一つでもあったわけです。
PlayAniMakerで撮ったミク=自分の画像の一例を下に載せています。あたたかく、前向きな意思が伝わる、自分でも好きな1枚です。
もちろん56歳の男に、こんな初々しい表情など、現実には逆立ちしてもできません。
けれど山口教授の指摘のとおり、このミクに自分の内面が少しでも同期したのなら、この面持ちに表れたおだやかでまっすぐな心情も、どこか自分の中に残っているかもしれません。
わずかでもいい、残っていてほしい。一時は罪の意識に捕らわれもしたけれど、この心の中の少女が、今はむしろとても大切に思えます。