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#24 未来空想新聞

病院が美容室化? 医療機関のDXが進んだ〝ちょっと先の未来〟

「待ち時間」は患者・医療機関双方の悩みだが……。※画像はイメージ
「待ち時間」は患者・医療機関双方の悩みだが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

新型コロナウイルスの感染拡大によって、あらためてその重要性が身にしみた医療機関の存在。そんな医療機関で近年、進み始めたのがデジタル改革、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)です。

コロナ禍ではオンライン診療などが注目されていますが、それ以外の場面で、実際に医療を受ける患者にはどのような変化が起きるのでしょうか。医療機関にかかるときに多くの人が経験するであろう「待ち時間」から、医療のちょっと先の未来を考えてみました。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
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まだらに進む医療機関のDX

「医療機関にもDXが必要」とよく言われます。逆に言えば、医療機関のDXはその遅れが指摘されています。代表的な例が電子カルテ。2017年時点で、その導入率は全体で41.6%(厚生労働省発表)となっています。ただし、400床以上の一般病院においては8割強の導入率となっており、進み方に差があることもわかります。

一方で、さまざまな要因が重なり、突発的に大きく改革が進む例もあります。その一つがオンライン診療です。

新型コロナウイルス感染症の流行を背景に、自宅に居ながら医師の診察を受けられる「オンライン診療」が広がっています。もともとは、サービスを提供したい事業者らが国と協議を続けており、2018年度から本格的に公的保険が使えるように。しかし、当時は普及からは遠い状態でした。

従来、厚労省が定める指針では「初診は対面診療」が原則とされ、保険が使える疾患も限られていました。しかし、新型コロナの第1波に見舞われた20年4月、感染を恐れて医療機関に行けないという人が増えたため、厚労省はすべての疾患で初診からオンライン診療を認めたのです。

新型コロナが流行している間の期間限定の特例措置とされていましたが、22年度から恒久化されました。オンライン診療に対応する医療機関数は20年4月に全国で1万施設超でしたが、6月には1.5倍を超える1万6000施設超にまで増え、その後は横ばいです。

このように、医療機関のDXは患者や医療現場のニーズに、さらに法整備などが重なったときに一気に加速するため、進んでいるところとそうでないところがまだらになっているのが現状です。

そして、そんな医療業界で、現在、DXが始まっているのが「待ち時間」への対策です。

「待ち時間」の長さは患者が医療機関にかかることをためらう理由の一つです。診察の順番を待合室で待つ時間は、患者にとってストレスであるだけでなく、医療機関にとっても患者の満足度が下がり、場合によって患者への対応コストがかかるという点で、望ましいことではありません。

こうした背景で、医療機関側も「待ち時間」のストレスをなくすための施策を講じ始めています。その一つが“病院アプリ”です。

乱立する“病院アプリ”

“病院アプリ”は通院先の病院の診察状況の確認や、自分の順番が来るときに通知を受け取ることのできるアプリを指します。アプリによって、他にも予約管理・アラートや患者のスマホが診察券になるスマート診察券、オンライン診療受付など、それぞれの医療機関に合わせた機能を伴っています。

例えば富士通株式会社​​の『FUJITSU ヘルスケアソリューション HOPE LifeMark-コンシェルジュ』は、同社が提供する複数の機能を、導入する病院がカスタマイズして患者に提供しています。導入先は順天堂大学医学部附属練馬病院や近畿大学病院などです。

それぞれの病院の電子カルテシステムと連携するのが特徴で、同サービスはコロナ禍での待合室の混雑緩和も目的として、各地の医療機関で導入されています。

医療機関が独自に開発するアプリもあり、鳥取大学医学部附属病院の『とりりんりん』などの事例があります。​​

これらを見比べると機能の有無の差はありますが、診察状況の確認はほとんどの“病院アプリ”で可能です。

こうしたアプリにより、診察室へは通知を受け取ってから移動すればいいため、院内のカフェやコンビニなどで、自由に時間を過ごすことが可能になります。「することがないまま待合室で時間を潰す」ということは少なくなるでしょう。

加えて、効率的な受診を促す動きは、小病院、特に新設される医療機関でも盛んになっています。それを象徴するのが、“スマートクリニック”と呼ばれるタイプの医療機関です。

こうした医療機関では、効率化のためにウェブ予約システムを提供し、外来の問診は事前にウェブや、クリニックではタブレット端末で行うなどして、よりスピーディーな受診の流れを打ち出し、従来型の医療機関との差別化を図っています。

“スマートクリニック”の広がりにより、可能になるのは「思い立った時、なるべく早く診てもらえる枠を予約をして、待ち時間なくクリニックにかかる」といった行動です。

コロナ禍により、患者の「受診控え」が問題になっています。加えて「待ち時間」が一因となり必要な受診をためらわせないという意味で、“病院アプリ”“スマートクリニック”といった医療機関側の努力は、患者の健康を守るものと言えそうです。

ただし「病院の待ち時間が長い」というそもそものイメージには、再考の余地があります。かつて「3時間待ちの3分診療」という言葉がありましたが、現在の病院の「待ち時間」はどうなっているのでしょう。

本当に待ち時間は長いのか?

ここで、厚生労働省が定期的に発表している『受療行動調査』をみると、意外な結果であることがわかります。

2020年の同調査によれば、病院の待ち時間は「15分未満」が27.9%と最も多く、次いで「15分~30分未満」が25.8%、「30 分~1時間未満」が20.9%となっており、1時間未満の待ち時間の割合が約7割となっています。

もちろん患者やそのときの医療機関の状況により個人差が大きいのですが、全体として、今は病院の待ち時間はそこまで長いわけでないようです。では、なぜ「病院の待ち時間が長い」というイメージがあるのでしょうか。

ここで注目するべきは、病院の規模別の内訳です。今から約25年前、1996年の同調査において、「30分未満」は、小病院55.9%、中病院36.5%、大病院27.8%と、病院の規模が大きくなるほど割合が少なくなっています。逆に「1時間以上」は大病院で多くなっています。​かつて大病院の方が待ち時間は長い傾向にあったと言えます。

待ち時間は、医師や看護師など医療提供側の処理能力を、患者数が超えることによる需給バランスの不均衡により発生するのが基本です。そして、かつて大病院では患者数が多く、待ち時間が発生しやすくなっていました。「病院の待ち時間が長い」というイメージは、特に大病院で持たれやすい状況だったのです。

大病院の外来が混雑していた理由の一つに、診療所やクリニックで対応できるような病気やケガの場合でも、患者が大病院を受診してしまうことがありました。それによって患者の待ち時間が長くなるだけでなく、救急医療や重篤な患者への対応など、大病院が本来、果たすべき役割にも支障が生じていました。

そこで、2015年5月に成立した医療保険制度改革法により、軽症や日常的な病気の治療は診療所やクリニック、救急や重い病気の治療は大病院という役割分担を進めるための一つの方法として、紹介状なしで大病院を受診する場合、特別の料金を徴収することになったのです。

そして、紹介状とあわせて、特に大学病院などでは予約制が徹底されつつあります。かかりつけ医で紹介状を書いてもらった上で、予約をしてから受診することを求められるのが基本になりました。

特別な料金を徴収することは、大病院の患者数を減らす方向に働きます。また、予約が必須になれば、特定の時間枠を一定の人数の患者だけに割り当てられることにより、患者数が平準化され​​、待ち時間も短縮されます。

20年調査では、小病院以外の全ての病院で「15分未満」が最も多くなっています。大病院における待ち時間がこの25年で短縮されてきたことがうかがえます。その結果として、全体の待ち時間も減っていると考えることができます。

美容室やテーマパークのように

このように、大病院では適正な受診を促す法整備に伴い、待ち時間が短くなっていることがわかります。また、新しいクリニックなどでは、かかりやすいことが差別化になるため、これからも受診の効率化は進んでいくことでしょう。

一方で、今後、全体の待ち時間を左右するのは、このような改革をするインセンティブが働きにくい既存の小規模〜中規模の病院であるとも考えられます。ただでさえ多忙な医療現場において、新しいことをするというのは、別の負担になりかねないからです。

実際、前述の20年調査で、外来患者の予約の状況をみると、「予約をした」全体の77.4%​​に対して、大病院では予約をした患者が9割以上でしたが、中病院では79.8%、小病院では65.7%に留まりました。

ただし、14年の同調査では、小病院の「予約をした」は約4割でした。17年には約6割に近づいており、小病院への予約制度の普及も、近年は進んでいるとみられます。

大病院で予約制が普及したことを背景に、小〜中病院に向けたウェブやアプリによる予約システムも近年、医療ビジネスの中で注目される市場です。ビジネス的な要請の中でさらに普及していくということもあり得ます。あとはどこまでこの数字が伸びるか、ということになりそうです。

なお、同調査からは、まれではあるものの、どの規模の医療機関でも一定数「3時間以上」の待ち時間を経験した患者がいることもわかります。その人が「病院の待ち時間が長い」と感じるのは当たり前のことです。

例えば検査結果が出るまでに想定していたより時間がかかったり、急患が続々と運び込まれてきたり……患者やそのときの医療機関の状況により、そうしたことが起きるのを完全に防ぐのは難しいでしょう。

まず、患者が適切な規模の医療機関にかかること。そして、医療機関が予約制を導入した上で、それでも発生する「待ち時間」は、診察の状況に応じた呼び出しなどにより自由に過ごしてもらうこと。これらにより、医療機関の「待ち時間」の患者の負担はかなり軽減されることになります。

他の業界を見渡してみると、美容室などは予約サイトの普及により、似た状況です。テーマパークもコロナ禍を背景に、独自アプリによりアトラクションを予約し、できるだけ「列=待ち時間」を作らないような運営をしているところがあります。共通しているのはDXです。

冒頭で触れたように「医療機関にもDXが必要」は、かねてから指摘されてきたことです。現在、医療機関ごとの事情に応じて、DXが進むところもあれば、今も紙中心の文化が残るところもあります。“病院アプリ”や“スマートクリニック”の事例からは、進むところは進み、残るところは残る、という二極化の懸念も拭えません。

とは言え、予約制の普及などは、他の医療システムと比較すれば、かなり急速に実現しているとみることもできます。医療には冒頭で触れたオンライン診療のように、比較的、短期間で画期的なブレークスルーを果たした分野もあります。

「待ち時間」について、美容室や(コロナ禍の)テーマパークのように敷居の低いイメージで医療機関にかかる未来も、あり得るのではないでしょうか。

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