連載
#4 理想の貧困
支援される資格って?「理想の貧困」頑張れない理由も知って欲しい
「夢に向かって頑張る君を、応援するよ」。この言葉が、貧困状態にある子どもにとってつらいことがあること、ご存じですか。過酷な環境で生きる子どもにとって、気力を維持することは、とても難しく、「夢をもつ」こと自体が難しい子もいます。一方で、「頑張れない子は支援に値しない」「頑張れない子は自己責任」という批判は強くあります。当事者たちに、話を聞きました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
集まってもらったのは、首都圏の大学に通う男女5人。
アオイさん(大学2年)、ミユさん(大学2年)、ユウタさん(大学4年)、ヒカリさん(大学4年)、メイさん(大学3年)。全員仮名です。
5人とも、経済的に苦しい家庭で育ちました。
「『頑張らない』ことが許されないのが、つらかったな……」(ミユ)
「わかる。私は家が悲惨だったから、学校に行くだけで精いっぱいで、勉強する力が残ってなかった。うちは私以外の家族3人(両親、姉)が宗教にはまってしまって。自分の中の、きついとか、悲しいといかいう感情を消して生きていた。友だちにもそんな悩み話せないし、家事も全部自分でしないといけないし、学校に行ったら『もう電池ない』って感じ」(メイ)
貧困という環境は、子どもたちにとって、自力でなんとかできるレベルを超えた、大きな壁です。さらに、貧困だけでなく、虐待や家族間の問題が重なることも、少なくありません。
そうした「頑張ってもどうしようもない壁」を幼い頃から突きつけられてきた子どもが、気力を保ち続けるのは、普通に暮らしている人間が想像するより、はるかに難しいことです。勉強以前に、うつ病などの心の不調が出たり、何にも興味をもてなくなったり、言動が荒れてしまったりする子もいます。
今回集まってくれた5人は、奨学金を借りながら進学し、バイトで家計を支え、実は頑張っている人たちです。メイさんも、「電池がない」ながらも、「大学に行って、社会の『まともな方』に入りたい」という一心で勉強を続け、無事に東京都内の大学に入学を果たしました。誰にでもできる努力ではないでしょう。
経済的に苦しい家庭の子ども向けの奨学金といった支援は、いろいろとあります。
一定の成績以上といった条件を付けたり、「将来の夢」といった作文を書かせたりするものが、一般的です。
ここで、つまずいてしまう当事者もいます。
「やっぱり、夢がないと支援される資格がないのかな、と思う。夢がないと、支援する人も『これがやりたいんだね、そのためにはこう支援するよ』ってならないし。奨学金っていろいろあるけど、基本的に『夢のために頑張っている人』向け。適当に書こうと思えば書けるのかもしれないけど……」(アオイ)
「奨学金の申請の時、『将来の夢』って作文で書いたなあ(笑) でも確かに、お金を出す方からしたら、『夢はないけど、金ください』って言われて、出さないよね」(ユウタ)
「お金を支援してくれる人だって、そんなに余裕があるわけじゃないし。寄付って投資だもんね。東大行きたいとか、文科省に入りたいという人を応援するのは、『リターン』がわかりやすい」(ヒカリ)
「メディアも、頑張る子しか取り上げないし」(アオイ)
アオイさんは、高校を中退後、通信制高校に入りました。
「やりたいことが、本当になかった。『あれになりたい』『ああいう姿になりたい』という意欲が、そもそもなかったです」
通信制を卒業する1~2カ月前に大学を受けようと決めましたが、そのまま進路未定で卒業し、フリーターになってもおかしくなかったと振り返ります。
なんとか大学に入ることができましたが、先日、あるメディアの取材を受け、この経緯を話したところ、掲載された記事は、「進学を目指して頑張って勉強をしていたら、祖父母の支援が受けられた」という、全く違うストーリーだったそうです。「そんなに頑張ったわけじゃない……」。アオイさんは、居心地悪そうに、そう言います。
「意欲が出せないのは、努力して達成できた経験がないから。褒められたことがないから。その積み重ねで、だんだんやる気がなくなっていくのかなと思う。努力しないことを自己責任と言う人もいるけど、努力できる環境になかった子もいる」(アオイ)
頑張れない子どもたちは、他人から「自己責任」と批判される前に、自分で自分を「ダメな人間なんだ」と責めています。
ヒカリさんは高校時代、学費を稼ぐためにバイトをしていました。クラスで上の方だった成績がみるみる落ち、下から3番目に。焦る気持ちを抑え、「3年生の1年間で挽回(ばんかい)しよう」と決めていたそうです。
しかし、いざ3年生になって、勉強をしようと机に向かっても、文字が読めない。頭に入ってこない。時間だけが過ぎていきます。
完全な「うつ状態」でしたが、当時は全く気付きません。
「集中力がない自分が悪い。勉強できていないことを人に知られたら怠慢と言われる」と、ひた隠しにし、自分を責め続けていたそうです。塾や予備校には通えず、ひとりで勉強をしていたので、誰かが「うつ病じゃないの?」と気付いてくれることもありませんでした。
「頑張れない」には、いろんな理由があります。
必ずしも、甘えとは限りません。すでに十分頑張っている人の「これ以上は、頑張れない」かもしれません。
「貧困家庭の子ども」といっても、性格や環境はひとりひとり違います。悩みも違います。頑張れる分野、程度も違います。また、今回集まってくれた5人は、「頑張らないけど、お金をください」と言っているわけでもありません。「頑張れる力」を育てる支援や、進学といったわかりやすい分野以外を支援する形も、あるのではないでしょうか。
「『貧困の連鎖を断ち切るには、教育だ!努力だ!』という人がいれば、そうじゃない人もいる。私は、『努力だ』っていうタイプではないかな。いい大学に入るとか、いっぱい稼ぐことへの憧れはない。人並みになりたい。『貧困から抜け出すために、人並み以上に頑張れ』と言われるのは、ちょっと、つらいです」(アオイ)
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