連載
#5 理想の貧困
月17万円でも苦しい…「理想の貧困」の誤解、家計簿でくつがえす
「飢えて倒れるほどではないけれど、貧困状態」という子どもの暮らしって、想像できますか? 子どもの貧困問題は、極端に貧困な子どもに注目が集まりがちですが、生活保護を受けてはいないけれど、生活が苦しいという家庭も少なくありません。そういう家庭の家計簿をつけてみることで、どんな暮らしなのかを理解するワークショップを考えた人がいます。聞いてみました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
こどもソーシャルワークセンター(大津市)の代表で社会福祉士の幸重忠孝さんです。
家計簿体験は、37歳の両親、中学1年の子どもの3人家族、収入は月17万円という設定で行います。もちろん家庭によっていろんな違いがありますが、「極端ではない貧困」のひとつの事例です。
参加者は、17万円から住居費や食費、教育費などを割り振っていき、「極端ではない貧困」の暮らしを追体験します。
やはり、貧困を極端なイメージでとらえている人は多いのでしょうか。
「多いですね。ご飯をろくに食べていない、服がボロ、家もボロといったイメージ。学校の先生も貧困に気付いていないことがあります」と、幸重さん。
そのイメージをくつがえすのは、なかなか大変です。
幸重さんは、「エピソードだけで貧困を知ってもらうことの限界」と指摘します。
たとえば、貧困問題を知ってもらうために、次のような話をするとします。
<ある子と一緒にお風呂に行ったら、うまく髪を洗えない。髪をぬらさずに、シャンプー液をペタっとつけてしまう。なぜなら、その子は親子で風呂に入る経験がなかったから、親に教えてもらっていない>
「社会の多くの人にとって当たり前のことができない」ということを示す端的なエピソードですが、だからといって、この家庭が衣食住に事欠き、子どもが毎日飢えているとは限りません。服が破れているとは、限りません。
でも、このエピソードだけを聞くと、「きっと食事も満足にとれず、悲惨な暮らしをしているんだろう」と想像してしまう人もいます。
「映像資料は特に、ドラマチックに、悲惨に描きがちですよね。『もうそれは生活保護じゃないの?』という暮らしをしている印象になってしまう。暮らしの90%は地味なのに、10%の端的なエピソードを出すことで、100%ひどい暮らしなんだと思われてしまう」
そこで2014年から続けているのが、家計簿体験だそうです。
これなら、実際の貧困家庭は何ができて、何ができないのか、誤解が減ります。
ちなみに、食べるものにも困り、命の危険がある状態は、「絶対的貧困」と呼ばれます。生活保護などの公的制度が適用されます。
一方、「日本の子どもの貧困率は13.9%」という時の貧困は、「相対的貧困」です。
少し難しい言葉ですが、相対的貧困とは、つまりは、「日本で平均的な暮らしの半分以下の収入しかない」ということです。
「平均的な暮らし」は、国民全体がどれくらいの収入を得ているのかによって変わってきます。
「みんなが貧しい」という状況だと、「平均的な暮らしの半分」が、ほぼほぼ絶対的貧困になるということがありえますが、今の日本は豊かな人もいますので、「平均的な暮らしの半分」の人たちは、全員が飢えているわけではありません。
たとえば収入は、さきほどの設定の3人世帯の場合、年間の可処分所得は210万円程です。
月に直すと、だいたい17万円。
まさに、幸重さんの家計簿体験は、17万円という設定です。
参加者はグループに分かれ、まず、「平均的な暮らし」、つまり17万円の2倍の34万円で家計簿をつけます。
「34万円の使い道を考えるのは、盛り上がりますよ。『車は2台だから交通費はもっといるんじゃない?』『いやいや、2台もいらないよ!』とか『飲み会があるからお小遣いはもっと必要』『外食多すぎ!』とか。おじさん、おばさん、学生で立場が違うので、いろんな意見が出ます」
「あと、意外と、自分の生活費をきちんと把握していない人が多いです。家計をパートナーに任せきりで小遣い制という男性は、自宅の光熱水費とか知りませんから。『34万円だと足りない』っていう人も。学生もまだ生活費に何がどれくらいいるのか、わかりませんしね」
話し合った結果は、グループごとに発表します。どこにどれくらいのお金を使うのか、チームごとの価値観が反映され、違いが出ます。
そして、次に17万円のワークに移ります。
「それまでワイワイ議論していたのが、みんな頭を抱え始めます。それぞれの費目に最低限必要な金額を置いていったら、もう残らない。金額の置き方も、各グループとも差がありません。そこで『貧困というのは、選択肢がない生活なんですよ』と説明します」
「これ以上収入が少なければ、生活ができませんから、生活保護になる。17万円って、公的支援はほとんどありません。たった1~2万円の支援でも当事者には大きいと、分かりますよね」
「だいたい、削れる費目って、住居費、食費、教育費、交際費しかないんです。だから、子どもの貧困支援で、子ども食堂とか、進学支援とか、この費目にあたる部分の支援が必要ですよねと説明すると、説得力をもって聞いてもらえます」
このワークショップをやった後、人々の貧困に対する認識は、どう変わるのでしょうか。
「貧困の何が課題なのか、具体的にわかったと言われますね」
極端な貧困のイメージが広がったことで、「○○を持っているのは貧困ではない」と、「貧困たたき」が起きています。幸重さんは、どういう人がたたいているんだと思いますか?
「批判する人は、自分も苦しい暮らしをしている人が多いですよ。自分も貧困なのだと認めたくないというのもあるでしょう。『うちだって苦しいけど、頑張った。支援をすることで子どもが甘える。我慢をするべきだ』と言われます」
家計簿体験にある「娯楽・交際費」は、特に他人から「ぜいたくだ」と言われやすい費目です。
「子どもにスマホなんて必要ない。ガラケーでいいと言う人がいますね。リアルが充実している子は、確かにスマホは要らないかもしれない。でもお金がないから部活ができず、親は夜遅くまで働き、友だちも少ない状態で、スマホは神のツールですよ。遊べるし、つながれるし」
滋賀県彦根市が昨年度、小学5年生と中学2年生の持ち物を調べたところ、スマホ・携帯電話・ゲーム機の所持率は、経済的に苦しい家庭の子の方高いという結果が出ました。
極端な貧困のイメージだけが広まってしまった原因のひとつは、メディアの報道にあります。
メディアは、子どもの貧困を報じる際、子どもたちを支援する団体に対して、「貧困家庭の子どもを紹介してほしい」と依頼をすることが少なくありません。その際、メディアは「こういう人を紹介してください」と、指定します。幸重さんのもとにも、多くのメディアから取材依頼が届くそうです。
「今までで一番びっくりした依頼は、『冷蔵庫の中を見せてくれる家を紹介してください』でしたね。信頼できない人や、根本的にこの問題を勉強していないと感じる人は、断ります」
「同じ貧困家庭の子でも、けなげに頑張る子は応援してもらえるけど、ヤンチャな子はメディアに取り上げてもらえないですよね。貧困に限らず、『子ども観』の問題なんだと思います」
「例えば不登校でも、リストカットするような子が学校に来たら大人は『よく来たね!』って喜ぶけど、ゲーセンばっかり行ってるヤンチャな子が私服で学校に来たら『帰れ!』って言うんですよ」
手を差し伸べる大人にとって、ある種「理想的」な子は助けたいけれど、そうではない子は否定する。大人たちの好みが、メディアが好む素材に反映されているのかもしれません。
「メディアを全否定する気はありません。メディアにもいろんな人がいます。演出の度が過ぎることがある、というのが問題です。メディアには、やはり当事者の声を報じてもらいたい。説得力がありますから。ただ、『うまく語れる子』にメディアの注目が偏っている」
自分の置かれた環境や、心の中の思いを、するすると話せる子は、取材側にとって、ラクです。そういう子は、何度もメディアの取材を受ける、ということがあります。ただ、やはり、こうしたコミュニケーション力がある子は、そう多くありません。
「たどたどしく語る子、うまく語れない子も取り上げてほしい。メディアは本質を伝えることが大事です。貧困をただの美談で終わらせず、何が本質なのかを考えて、書いてほしいです」
1/7枚