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#5 ことばマガジン
トランプ氏と「あのカード」関係ある? 日本で起きた150年前の勘違い
ドナルド・トランプ氏が1月20日、アメリカ合衆国の大統領に就任します。大統領選への立候補の表明以来、日本でも日増しに「トランプ」という字を目にする機会が増えました。その度に、皆さんは思い起こしませんか? あの大貧民とかポーカーとかをするカードのことを。アメリカ人も同じように思っているのでしょうか? トランプを巡って日本で起きた150年前の勘違いについて調べました。(朝日新聞校閲センター・武長佑輔/ことばマガジン)
このトランプとトランプ氏、英語のつづりも同じ「trump」なので、引っかけたジョークがはやってもよさそうなものです。でも、アメリカのメディアで、二つを掛け合わせた風刺などは、あまり見られないようです。
インターネット上では、オバマ大統領やブッシュ前大統領といった政治家とともに、トランプ氏を模したゲームカードの画像を見つけることはできました。ですが、トランプ氏だけが特別に風刺の対象にされている、というわけでもなさそうです。
日本語と英語では、「トランプ」という言葉の意味が違います。英語のtrumpは、名詞では「切り札、奥の手」などの意味があり、動詞だと「やっつける」などの意味で使われます。日本でいうトランプのことは「(プレイング)カード」といいます。
日本で「トランプ」と呼ばれるようになったのは、江戸時代以前、百人一首や花札、ポルトガルから伝来した「かるた」が一般的だった中、明治時代になって「西洋骨牌(かるた)」として輸入された時のある勘違いが影響しているようです。
「日本国語大辞典」(小学館)は、そのカードで遊んでいた外国人が切り札の意味で「トランプ」と言っていたのを聞いて名称として広まった、と説明しています。
1907(明治40)年に出版された「世界遊戯法大全」にも、「誤って骨牌全体の名となったらしい」とあります。ちなみにこの本は世界の遊びを紹介しており、ポーカーやばば抜きが、当時から遊ばれていたことを知ることができます。
明治期の新聞でも、トランプという呼び名や商品紹介が、すでに記事や広告に登場しています。
オバマ大統領の就任時には、福井県小浜(おばま)市で町おこしの動きがありました。大統領選の際に市民有志が「オバマ候補を勝手に応援する会」を結成したり、商店が関連グッズやお菓子を作ったりするなどしました。
今回も日本では、トランプ氏をあしらったトランプでもはやるのでしょうか。花札の製造から事業をスタートさせて国産トランプも早くから作り、今でも人気キャラクターのトランプを販売する任天堂の本社に聞いてみました。が、広報担当者は「今のところ販売の予定はない」と即答しました。
一方、海外でも、ゲーム用カードの商品名に「トランプ」が使われている例があります。
イギリスの環境ゲーム開発会社は、環境問題を学べるカード「エコアクショントランプ」を販売しています。
ところが米大統領選の結果を受け、英BBCに「私たちのエコに対するメッセージをもはやカードゲームを通して伝えることは不可能になってしまった」「私たちのブランドを汚したため名前を捨てるつもりだ」と述べました。
対して、世界各国で対戦カードゲーム「トップトランプ」を販売するイギリスのトップトランプ社はツイッターで、「カードゲームの名前を変えるつもりはない」とツイート。トップトランプの種類の一つ、「大統領カード」に予定通りトランプ氏も収録するとしています。
トランプ氏と大統領選を争ったヒラリー・クリントン氏は、「Love trumps hate.(愛は憎しみに勝る)」のスローガンを掲げていました。動詞のtrumpとトランプ氏の名を掛けています。トランプ氏のヘイト(憎悪)発言への皮肉といえるでしょう。
このスローガンは、レディー・ガガさんをはじめとした市民によるトランプ氏に対する抗議活動でも掲げられました。
憎しみの連鎖が絶えぬ中、就任後もこの言葉は、忘れず胸に刻んでおきたいものです。
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