連載
#4 LGBTのいま
ゲイの人って、BL読むの? 腐女子は苦手? 当事者に聞いてみた
腐女子がこよなく愛する「BL(ボーイズラブ)」。男同士の恋愛を描いた漫画や小説で、そのほとんどは、女性による女性のための作品です。記者(女)も詳しくはないですが、いくつか読んだことがあります。ただBLは、あくまで女性のファンタジー。現実世界のゲイの人たちは、BLや腐女子をどう思っているんでしょうか。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
とはいえ。「BLをどう思いますか?」って、ゲイの人々にいざ聞こうとすると、勇気が要ります。失礼だったらどうしよう。「一緒にするな!」って怒られたらどうしよう。
1冊の本を見つけました。「オトコに恋するオトコたち」(立東舎)。ノンケ(異性愛者)が聞きづらい質問に、ゲイ専門誌「薔薇族」の竜超編集長(52)がこたえるという内容です。その中に「ゲイはBLを読むの?」という項目があるじゃないですか!
さっそく、竜さんに会いに行きました。
「BLは読みますよ」。竜さんは穏やかにこたえてくれました。
よかった……。そして、読むんですね……。
しかも竜さんはBL誌の祖と言われる「JUNE」(1978~2004)の創刊号から購読していたそうです。
BLの多くは、登場人物が男とはいえ、異性愛者の女性が、異性愛者の女性のニーズにこたえて書いています。なので、男同士なのにまるで男女のような描写もあります。違和感はないのでしょうか?
「BLはたしかに、昔の恋愛ドラマみたいな展開が多いですよね。壁ドンとか、強引に押し倒すとか。それは女性っぽいですよね。BLが好きかどうかは、ゲイでもそれぞれの好みによりますよ。ただ、男をオモチャにしたいだけの悪意的偏見に満ちた作品はもちろん嫌われますけどね」
1980年代初頭、薔薇族の誌上で腐女子とゲイの衝突があったそうです。当時は、腐女子やBLという言葉はまだありませんでしたが、男同士の恋愛作品を愛する女性たちは存在していました。そして当時の腐女子たちは、「同性愛は、異性愛のように打算的ではない崇高な純愛だ」というファンタジーを追い求めていました。
衝突とは、その「崇高な純愛」を求める女性が、「薔薇族のモデルはブ男ばかりで、気色が悪い」といった内容の投書を寄せ、ゲイの読者たちを激怒させた、というものです。そりゃあ、怒りますよね……。
BLには、女性が好きな細いイケメンがよく出てきますが、その理想を押し付けられたらたまりません。
竜さんは「腐女子には2タイプある」と言います。ひとつは、先ほどの「崇高な純愛」愛好家のように、自分たちの理想を、現実のゲイに押し付けようとする無神経タイプ。ふたつめは、自分たちのファンタジーが現実のゲイを傷つけていないか気にしていて、気遣いができるタイプ。
「要は腐女子かどうかというより、デリカシーがあるかないかですね」
BLに対するスタンスは、年代によっても違うそうです。
「上の世代のゲイには、昔のBLのイメージが強くて受け付けないという人や、『女性的なもの』を病的なほどに嫌うという人がいる。一方で、若い世代にはBLを読む『腐男子ゲイ』もいますよ。今の若い世代はオタクなのが普通でしょ? だからオタクっぽいゲイも増えましたよね。そういう人はBLを読むし描いたりもしてますよ」
なるほど。
次は実際に、ゲイの人たちに話を聞いてまわりました。
「興味がなくて読んだことがない」
「読んだけどリアルじゃないから共感できなくて面白くなかった」
「普通にエロ本として読む」
「腐女子のBLトークを聞くのが日常」という人もいました。網谷勇気さん(37)。大切な人へのカミングアウトを応援するNPO「バブリング」の代表を務めています。職場に腐女子が2人いて、お薦め作品の話をよく聞くそうです。
昨年10月に開いたイベントで、カミングアウトに関する漫画の展示をした時も、展示3作品のうち2作品はBLでした。
網谷さんのお話です。
「漫画好きなので、普通の漫画と同じようにBLも読みますよ。青春ものが好きですね。作家さんによって絵の好き嫌いはありますけど、それも他のジャンルの漫画と同じです」
「20代前半の頃から小野塚カホリさんとかのBL作品を読んでたから、抵抗はないですね。共感できるし、切なくなります。今は質が高い作品が多いし、BLか青年漫画かってジャンルの違いもあまりなくなってきてますよね」。
網谷さんの場合、周りにいる腐女子はみんな気遣いができるタイプの人たちで、嫌な思いをしたことはないそうです。
ただ、いろんなゲイの人たちの話を聞いていくと、腐女子のうち「無神経タイプ」から受けた被害の情報は、どれも似ていました。
「ゲイバーでひとりで飲んでたら、初対面の腐女子が突然隣に座ってきて、『どんなセックスするんですか! 教えて!』と質問攻めにあってムカついた」
「初対面の女の子に突然『ホモなんですか!? わたし腐女子だからホモに会いたかったんですー!!』って言われてすっげぇ不快だった。例えば女性に『俺、ナースもののAVが好きだからナースに会いたかったんだよね』って言ったらキモがられるだろ? 同じだよ」
「初対面なのに、いきなり『どういうセックスするか教えてください』って言うから、『あんたが自分のセックスを語るなら話してやってもいい』って言ってやったら、意味が分からずキョトンとしてた」
そう。すべてに共通するのは、「初対面」と「セックス」です。あちゃー。こういう腐女子を嫌うゲイの人は少なくないようです。まあ、当たり前ですね……。無神経タイプの腐女子にとって、「ゲイ」というラベルがついた人は、もしかしたら「人」ではなくBLのキャラクターのように見えるのかもしれません。
取材前、ひとつ疑問だったのが「好みのタイプ」です。
ゲイの世界には「イカホモ」という言葉があります。「いかにもホモが好き」の略で、ゲイの人たちの典型的な好みのタイプのことです。
そして「イカホモ」な人というのは、例えばムキムキのマッチョで短髪で、ヒゲをはやしているという、男性らしいワイルドな人。一方、BLに出てくるキャラクターは、女性が好きな線が細い優男が多いです。
「BLを読む」というゲイの人は、そのへんは気にならないのでしょうか。
「ゲイの好みって、今は多様化してますよ」。無知な記者にそう教えてくれたのは、nさん(30)。nさんが使っているゲイ向けの出会い系スマホアプリには、好みのタイプを事前に登録する画面があります。
見せてもらうと、とても細かく分かれていました。「好みの体形」はデブ、ガチムチ、スリムなど8種類。「好みの系統」は体育会系、リーマン系、ジャニ(ジャニーズ)系、ギャル系など12種類もあります。
そういえば、BL作品のジャンルでも「リーマン系」とか「ガテン系」とかいう表現を見たことがあります。
nさんは、若い世代のゲイに向けてライフカルチャー誌「アイエス・マガジン」を作っています。現在3号まで出し、5月7、8日に代々木公園で開かれる東京レインボープライドの会場で4号を販売するそうです。
nさんは、雑誌作りの参考で昔のゲイ雑誌を調べた時、あまりにモデルのタイプが「イカホモ」に偏っていて、驚いたそうです。
「今は『イカホモ』って少しバカにした使われ方なんですよ。『ステレオタイプな好みで個性がない』って意味で」。
なんと、そうなんですか……。
nさんが雑誌の表紙に起用した男性モデルも全員ゲイだそうですが、どの人もすっきりとしたイケメンで、女性にすごくモテそうです。
nさんは「ゲイの世界特有のギラギラした感じではなく、透明感のある男子を起用したかった。電車で開いても違和感がないような雑誌にしたくて。まあ僕の好みでもありますが(笑)」とニヤリ。
実際みなさん、女性にもモテるそうです。そしてnさん自身も、すっきり系です。「上の世代のゲイから、『最近は、君みたいにパッと見てゲイって分からないコが増えたよね』って言われます」。
今回の取材の中で、「ゲイの若者も草食化している」という言葉を何度か聞きました。でも、私たちは同じ社会で暮らしているんだもの。同じように変わっていくのは、当たり前ですよね。
最後に、また話をBLに戻しましょう。
nさんも、BLは「普通に読む」そうです。「だって、好みが違うゲイと話すより、好みが合う腐女子と話した方がテンション上がりますよ!」。nさん、好みが合いそうですね。今度ぜひ、語りましょう。
◇
「ゲイと腐女子の関係とは?」。明日は腐女子たちの声を取り上げます。
「LGBTのいま」は4月30日発行の朝日新聞夕刊紙面(東京本社版)「ココハツ」と連動して配信しました。
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