連載
#2 LGBTのいま
LGBTと性的少数者の違い、日本人の誤解とは? 当事者で対立の歴史も
「LGBT」っていう言葉、最近よく聞きますよね。「性的少数者の人々を指す言葉」ということは、知っている人が多いかもしれません。でも、「なぜLGBTと呼ぶのか?」は、ご存じですか?今までのように「性的少数者」と呼んではダメなのでしょうか。意外と知られていない、「LGBT」という言葉の歴史をたどります。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
まずは基本から。「LGBT」は、四つの言葉の頭文字です。
L=レズビアン。女性の同性愛者。
G=ゲイ。男性の同性愛者。
B=バイセクシュアル。両性愛者。
T=トランスジェンダー。心と体の性が一致しない人。
「LGBT」は、元々は欧米など海外で先に使われていました。国連も「LGBT」という表記を使い、人権保護に取り組んでいます。ここ数年で、日本にも急速に浸透してきました。
「LGBT支援」を掲げる自治体や企業が相次ぎ、電通の「LGBT調査」では、「LGBT層」の商品やサービスの市場規模を5.9兆円と算出しています。
日本での「LGBT」の使われ方について、性社会史研究者で、トランスジェンダーでもある三橋順子さんは「単に欧米ではやっている、格好良くて新しい言葉として使っている人は多いんじゃないでしょうか」と疑問を投げかけます。
たとえばデザートをスイーツと呼ぶように、流行語として「LGBT」を使う人もいるかもしれません。でも、三橋さんは「LGBTは使いません。使うなら性的少数者」と言います。「LGBT以外のカテゴリーが漏れてしまう」というのが、その理由です。
実は性的少数者には、LとGとBとT以外の人たちもいます。
たとえば、
インターセックス(I)=性分化疾患などの人。
アセクシュアル(A)=無性愛者。同性も異性も好きにならない人。
クエスチョニング(Q)=自分の性別や性的指向に確信がもてない人
「LGBT=性的少数者」としてしまうと、こうした人たちが排除されてしまうというのが、「LGBT」の大きな問題点です。
当事者の中には、「LGBT」と名乗ることで、自分たちの内部にさらなるマイノリティーをつくり出すことに抵抗があり、以前のように「性的少数者」や「セクマイ」を使う人たちがいます。
「LGBT」を使う派の中にも、「LGBTIQ」など他のカテゴリーの頭文字も並べたり、「LGBTs」と「s」をつけて「他にもいるよ」という意味を出したり、工夫をする人たちがいます。
「それならいっそ、性的少数者と呼ぶ方がシンプルでいいんじゃない?」と、思ってしまいがちです。でも、当事者の中には、「性的少数者」という言葉が嫌だという人たちもいます。
「『性的』『セクシュアル』っていう言葉で、エッチの話だと思われてしまう。自分たちはどう生きたいかということを訴えているのに、『誰とエッチをするのか』という話にすりかわってしまう」(レズビアンの女性)
「マイノリティー(少数派)とマジョリティー(多数派)という対立構図にしたくない。フラットな関係性でありたい」(ゲイの男性)
他には「『マイノリティー=弱者』だと扱われたくない」「何をもってマイノリティーというのか。性に関する問題は全員に関わる」という声も聞きました。つまり、「性的」と「少数者」の両方に抵抗感があるようです。
「LGBT」がすっかり広がったいま、他の言葉を使いにくいというケースもあります。性的少数者に関する企業研修などを手がけるLetibee社は、昨年まではホームページに「LGBTs」と書いていましたが、「s」を取ったそうです。
外山雄太取締役は「『s』がつくと、検索サイトで探した時に、うちのページが上の方に出なくなるんですよ。いろんな人がいることを『s』で示してましたけど、検索でうちを見つけてもらえないのは困るので……」と苦笑します。
企業研修の場では、「『LGBT』には4カテゴリー以外の人々も含まれるんですよ」と、必ず言い添えるそうです。
外山さんは、自身がゲイであることを公表しています。「LGBTという言葉が一気に広まったのは、やっぱり昨年の渋谷区の同性パートナーシップ条例からですね。当事者たちは、びっくりしてますよ」と語ります。
どういうことでしょう?
「周りを見ていると、多くの人は『自分はゲイだ』とは思っていても、『自分はLGBTだ』とは思っていないと思います。LとGとBとTは、普段はそれぞれ違うコミュニティーで生きてるんですよ。それぞれ直面している課題や問題点が違うので。『私はLGBT』っていうアイデンティティになる場面が少ないから、LGBTという言葉になじんでいない人も多いと思う」
実は、LとGとBとTは、必ずしも仲が良かったわけではないんです。そこには歴史の問題があります。例えばレズビアンとゲイの間には、男の方が偉いという「男女格差」がありました。
バイセクシュアルは、同性愛者から「本当は同性愛者なのに、社会の目を気にして両性愛者と言ってるんだろう」といった誤解を受けていました。
そしてトランスジェンダーに対してはかつて、「心と体の性が一致しない」という状態が理解されず、同性愛者からも「『男が好きなら女、女が好きなら男であるべきだ』という異性愛社会の規範に合わせて自分を変えた人」といった偏見の目が向けられていました。
ではなぜ、海外で「LGBT」という言葉が生まれたのでしょう。「LGBT」が登場したのは、1990年代です。ニューヨーク在住のジャーナリスト・北丸雄二さんに聞きました。
「23年前に僕が米国に来たときには、もうあった言葉だね。最初は『GLB』って言ってたんだよ。当時はLの存在が埋没しがちだったから順番を変えて『LGB』になって、90年代にTが加わって『LGBT』になった」
北丸さんの解説です。「米国も60年代までは『セクシュアルマイノリティー』って呼んでいた。それは『よくわからない性の人々』に対する他者からの呼び名。そこに、まずはゲイ、それからレズビアンが主体的に名乗り始めた」
「その後、両性愛者も本当にいると学問的にちゃんとわかって、バイセクシュアルの地位が認められた。トランスジェンダーもそう。ただの変な個人の問題とせずに、人々の情報を集めて、学問に昇華して、より丁寧に違いを分析して名前を付けていくという作業を米国社会は繰り返してきた。学問に昇華されれば、偏見もなくなる」
「そして、彼らが90年代にエイズ問題を機に『バラバラじゃいけない。一緒に活動しよう』と連帯したからLGBT。LGBTって連帯を表してるんだよ」
つまり、「私たちは何者か?」とさまよい、それぞれが勝ち取った名前がLとGとBとT。そして、その4者の連帯が「LGBT」。4者で性的少数者の多くを占めるため、「性的少数者」と同じような意味でLGBTが使われるようになりました。
ただ、いま米国では、LGBT以外を排除するのはよくないと、4タイプに収まりきれない人、わからない人を指す「クィア(Q)」「クエスチョニング(Q)」を加えた「LGBTQ」という表記が一般的だそうです。さらには、LGBTに代わる言葉も考え出されています。
いまの日本での「LGBT」の使われ方を、北丸さんはどう思うのでしょう。
「黒船みたいだよね。LGBTがなんでLGBTになったのかっていう歴史を知らず、ぽんと入ってきたのを使ってる。もちろん、黒船を利用してLGBTの理解を深めるのもいいと思うけど、黒船がなんなのか、おさらいはした方がいいよね。それは教育の役目だと思う」
※一部表現を変更しました(2020年8月17日)
「LGBTのいま」は4月30日発行の朝日新聞夕刊紙面(東京本社版)「ココハツ」と連動して配信しました。
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