世界や日本のさまざまな家族を取材し、発信してきたイラストレーターのハラユキさん。ハラユキさんは「うまくいっているように見えるカップルも、何もせずにそうなったわけではなく、歩み寄ったり努力したりしているんだなと分かりました」と語ります。「つかれない家族」のための工夫や、多様な家族に取材して感じたことを聞きました。(朝日新聞withnews・水野梓)
――ハラユキさんが、さまざまな家族を取材するようになったきっかけを教えてください。
実は私自身がワンオペ育児の経験者でした。2012年に息子を授かりましたが、建築設計の仕事をしている夫は海外出張もありとても忙しかったんです。
私はフリーランスで、働かないと保育園にも入れないので産後1カ月半で仕事に復帰しました。夫の言動にイライラしながら、どんどん「ワンオペスキル」を上げていったんですが、帯状疱疹になったり急性胃腸炎になったりしたんです。
体力には自信があったけれど、自分のつかれにさえ気づいていなかったんですね。でも実は夫もつかれていて、「うちに一番必要なのは『夫も私もつかれない仕組み』なんだ」と気づきました。
夫と話し合って家事の参加が増えてきたんですが、夫の仕事でスペイン・バルセロナで生活することになったら、またワンオペに逆戻りしたんです。
――海外で暮らしながらワンオペ育児、かなりの負担がありそうです。
友人家族はどうしているんだろうと思っていたら、6人の子どもがいるのに夫に不満がなさそうな友人がいて。その話を連載で公開したら、バズったんです。
――書籍だと『ほしいのは「つかれない家族」』で紹介されている、イギリス人の夫と日本人の妻の家族ですね。子どもと夫婦の寝室を別にしてつかれを減らす、といった工夫も紹介されていましたね。
私自身も取材が面白いし、読者のみなさんもほかの家族の工夫に興味があるんだなぁと分かって、だんだんと取材が増えていきました。
我が家のヒントにしたいと、うまくいっているように見える家族に「教えて」という感じで、スペインのほかにも、フランスや北欧など子育て先進国といわれる国の家族にも話を聞きました。
――スウェーデンのゲイカップルや、オランダに住むレズビアンカップルなど、さまざまな家族がいらっしゃいますね。
オランダの〝婦婦〟は書籍『ワンオペ育児モヤモヤ脱出ガイド』で詳しく紹介されていますが、日本の友人に「2人とも女性で家事でモメることなんてないでしょ」と言われてモヤっとしたり、「女同士といってもキャラも生まれ育ちも違うからモメながら分担を決めてきました」と話したりしているのが印象的でした。
子育てと家事の意識の差だと、よく男女の価値観の違いの話にもなりますよね。
互いに働きながら出産もしているレズビアンカップルは、お互いの負担のこともとてもよく分かっているはずですが、「それでももめるんだ」というのは驚きでした。
これまで数十組にお話を聞き、情報収集のためにオンラインコミュニティーもつくりましたが、仕事や家事や育児で余裕がなくなれば、どの家庭でも小競り合いが起きてしまうんだな、ということが分かりました。
人手が足りていれば、大変さはあっても子育て自体は幸せなものなんですけどね。
――ほかにも意外だったのが、書籍『ほしいのはつかれない家族』で紹介されていたワンオペでうまくいっている家族でした。
どうしても妻か夫がワンオペになってしまうお家はありますよね。背景には日本の長時間労働があったり、夜や週末に働かなければならない職業だったり、家業があったり……。
私が取材したのは、富山で焼き肉店を経営している夫婦で、事業を拡大していくという夢を二人で叶えたいと思っているんですよね。
ワンオペをどう回しているかというと、便利アイテムとサービスをフル活用して、市販のベビーフードや食材の宅配サービスも活用していました。
夫は「ラクになるならどんどん使えばいいよね」というスタンスで、家が片付いていなくても口を出さず、こまめに育児や家事の感謝を妻に伝えていました。「ワンオペのつかれ」というのはそういうことで変わってくると思います。
――こまめにコミュニケーションをとる大切さを感じますね。フランス人の夫と日本人妻のカップルは、ケンカをしたときに妻が「私がしたいのは別れないための話し合いだから」と語りかけていたのが印象的でした。
どうしたってもめることはありますけど、「このチームをうまくいかせるために話し合いたい」という考え方が伝えられるといいですよね。
自分の家庭の参考にしたいので、うまくいっているように見える家庭を取材してきましたが、端から見ていると分からないですが、実は離婚危機があったり、たくさんもめていたりするんですよね。
何もせずにうまくいっているわけではなく、歩み寄ったり努力したりして、つかれない、平和な、今も別れていない家庭ができているんだなと分かりました。
――ほかの家族のことって、実際はよく分からないですもんね。
さまざまな家族の事例を読んでみて、いろんな工夫や努力の仕方を知って、それを試してみるというのは悪くないのかなと思います。
とはいえ、努力してもうまくいかない家族は、ムリして続けなくてもいいとも思います。
――取材を通して、ハラユキさんはどんな風に考え方が変わりましたか?
実はこの夏に亡くなった私の父は、「家事育児は女がするもの」という考え方でした。
父からの自分への刷り込みもとても強くて、「旦那に家事をさせるなよ」と言われた言葉を受け流したつもりでしたが、実際に結婚したら自分ばかりが全面的に家事をやってしまっていたんです。
夫に何か家事をやってもらうときに「ごめんね」と言ってしまっていたのも、刷り込みだったなと思います。
いろんな家族を取材するうちに、その呪縛がとけていったんだと思います。今は、「ごめんね」ではなく「ありがとう」と言えるようになったし、罪悪感もありませんが、そこまでにはすごく時間がかかりました。
――作り手のことを想像していない「そうめんでいいよ」と言う男性側の発言がSNSで炎上するなど、まだまだ家事・子育ては女性という偏見も根強く残っているのかなと感じることもあります。男の子を育てているハラユキさんですが、再生産しないように気をつけていることはありますか?
我が家は私のワンオペ生活からの脱出を経て、夫もかなり家事をするようになったので、息子は「家事は両親どちらもするものだ」と思っていると思います。
家事は女子力じゃなくて生活力なので、変な刷り込みをしないようにしたいです。
――具体的にハラユキさんが採り入れた家事の工夫にはどんなものがありますか?
私は料理をつくるのは好きなんですが、お皿洗いが1ミリも楽しくないので(笑)、食洗機を導入しました。つらいことをガマンしてやっていると呪いになってしまいますしね。
ほかにもルンバ(ロボット掃除機)とホットクック(電気調理鍋)も採り入れました。
どの家事の時間を削るのがラクかは人によるので、合うところを採り入れるのがいいと思います。
私はお裁縫も苦手なんですが、なかには「子どもの服をつくるのは趣味でリラックスできる」という人もいますよね。なので、何でもかんでも時間を短縮するというのがいいわけでもないと思います。
――便利な家電が増えたり、家事サービスを使いやすくなったりしているとは思いますが、まだまだ日本は「社会全体で子育てを応援しよう」という社会にはなっていないようにも感じます。
私も現場で働く素敵な保育士さんや看護師さんにいっぱい助けられて子育てをしてきました。
でも、国のトップのメッセージが「子育てを社会全体で応援しよう」というものになっていなくて、全体のシステムもそうなっているんじゃないかと思います。
そうすると親側は「頼っても無駄だ」「助けてくれるところなんてない」と絶望してしまいます。
フランスは「助けますよ」というメッセージを届けるのが上手ですよね。親に「ひとりじゃないんだ」と感じさせるためだと思います。
一方で、海外を取材したからこそ、日本の育休制度も世界トップレベルでちゃんとしているし、学童や保育園の費用もアメリカより安くてすばらしいと知っています。
日本の場合は、子育てをサポートするシステムが足りないところを、現場が頑張ってフォローしちゃうんだと思います。
――「つかれない家族」について紹介してきて、読者からはどんな感想がありましたか?
<ほしいのは「つかれない家族」>を連載した東洋経済オンラインはビジネス媒体なので、男性読者も多くて、「おかげで離婚の危機を免れました」なんてものもありましたね。
気をつけていたのは「男の人を一方的に責めるようなものにしたくない」ということでした。
私が女性なのでどうしても偏ってしまうとは思いますが、できるだけ両方の思いを紹介して、「どうしたら両者をつなげられるかな」というのを考えました。
いろんな夫婦に話を聞いたり、自分の家族を見たりしていても、夫婦関係っておもしろいですよね。
血がつながっていない人と長く住んで、ママパパになって関係性が変わることもあるし、他人なのに一番近くて、めんどくさいことでケンカしながらも、一緒に暮らすということを続けているふたりです。
これまではうまくいっている家族を取材してきましたが、今後は、うまくいっていない家族のこともじっくり腰を据えて取材していきたいなと思っています。