連載
#3 LGBTのいま
「LGBTは悪しきもの」地方在住の悩み ITが救った「一生、言えない」
あなたの身近には「LGBT」と呼ばれるような性的少数者がいますか? 都会に住んでいる方は、思い当たる顔が浮かぶでしょうか。東京の「新宿2丁目」のように、性的少数者といえども、多くの人が集まる場所が都会にはあります。では、地方はどうでしょう? 地方にだって、もちろん性的少数者はいます。では、一体どこに……?(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
「絶対にバレちゃいけないと、必死でした」。レズビアンの室井舞花さん(29)は、18歳までを愛知県岡崎市で過ごしました。今は東京に住んでいますが、愛知県にいる間、自分以外の性的少数者に会ったことはなかったそうです。
室井さんは中学生の時、女の子に恋をして、自分が同性愛者だと気付きました。当時、家にはまだネット環境がなく、携帯電話はありましたが、通信料が高すぎて、調べ物には使えませんでした。
「何の知識も情報もなかったから、とりあえず自分は『あしきもの』なんだと思ってました」。
どこに行けば情報があるのか。学校の図書館は、同級生に見つかるリスクが高くて使えません。地域の図書館は当時、性的少数者に関する本を置いていませんでした。
雑誌は、ファッションや料理などメジャーなジャンルしか売っていません。同人誌といったサブカルチャーもありません。繁華街に行けば何か分かるかもとも思いましたが、繁華街が近くにありません。
唯一の情報源は、映画でした。レンタルビデオショップで、毎回6~7本を借り、うち1本に性的少数者ものを紛れ込ませていました。もし家族に見つかっても、「ミニシアター系の映画が好きなんだよねー」といった言い訳が可能です。
真夜中、家族が寝た後に、テレビリモコンの電源ボタンと、ビデオリモコンの停止ボタンを両手に持ち、いつでも消せる準備をしながら、「ボーイズ・ドント・クライ」や「翼をください」を見ていました。
ただ、当時見た映画は多くが悲劇的な結末でした。死ぬわ、暴力を受けるわ、孤独だわ。「私は普通に生きるのは無理なのか」とますます暗くなったそうです。
室井さんは、地元を離れて初めて、「普通に生きる性的少数者」に出会うことができました。
「東京は情報が多いから、いいですよね。地方だと情報が少ないから、『同性愛はいけないこと』っていう刷り込みが自分自身にも強くて、レズビアンであると言えるようになるまで時間がかかりました」と、言います。
かつての自分のように、情報がなくて苦しむ子に向けて、自分の経験をつづった「恋の相手は女の子」(岩波ジュニア新書)を先日出版しました。
地方の性的少数者にとって、大きなインパクトはやはりインターネットの登場です。
ゲイの外山雄太さん(25)は、人口約5600人の北海道増毛町の出身です。高校生の時に自分がゲイだと気付き、「一生誰にも言えない」と思ったそうです。
でも、当時持っていた携帯電話(ガラケー)で情報を探してみると、ゲイ専用の掲示板を見つけました。そこで出会った人に、恋の悩みを相談したそうです。
ちなみに、この掲示板は今もあります。サイト開始日を見ると「2001年12月1日」。トップページには、都道府県ごとのページがずらりと並んでいます。
「ゲイの先輩方に聞くと、出会い方の変化が面白いですよ」と外山さんは言います。ネット以前は、雑誌を介した文通。ネット登場直後は掲示板。「今の30代、40代のゲイの中には、プログラミングを学んで自力で掲示板を作ったっていう人もいますよ」とのこと。
その後ミクシィなどのSNSが登場し、今はスマホの位置情報を使ったアプリがメインです。
「位置情報を使ったアプリ」を見せてもらいました。自分の顔写真や体格といったプロフィルを登録し、ログインすると、「近くにいる人」の顔写真がずらりと出てきます。自分と相手との距離も表示されます。
記者が外山さんに会った場所は、新宿でした。調べてもらうと、最も近くにいる人は「6m」。見渡せばいる範囲です。しかも6~7人います。さすが新宿。
試しに今度は、設定を北海道増毛町にして調べてもらいました。現在地じゃなくても調べることができるそうです。
「近くにいる人」で最初に出てきたのは「60km」。新宿の6万倍。東京-横浜間の約2倍の距離です。「結局、ITが発達しても、地方には性的少数者の絶対数が少ないので、厳しいという環境は変わらないんですよ」と外山さんは言います。
こうしたアプリや掲示板は、地方で孤独に悩む性的少数者にとっては救いですが、いわゆる「出会い系」と呼ばれるので悪いイメージをもたれがちです。
外山さんは「特に地方の方が、エロとか犯罪っていう悪いイメージが強いと思います。純粋に友達や相談相手を探すために使う人もいるんですが」。
性的少数者は、地方は住みづらいからと都会に移る人が少なくありません。
都内に住むレズビアンのmomokaさん(35)は、レズビアンのための情報サイト「Novia Novia」を2010年から運営しています。テレビに出る性的少数者は、見た目が華やかで、個性的な人ばかり。「社会の中で普通に暮らしている人たちもいるよ」と伝えたくて、当事者たちのインタビューなどを載せています。
「地方に住む人から、サイトを見て『今の私のままでいいんだと分かって号泣しました』と言われたことがあります」とmomokaさん。
「東京に出てきて自分が同性愛者だと気付いた。地方にいる間は気付かなかった」という人もいるそうです。身近に性的少数者がいないうえに、情報が少ないので、「ひょっとしたら自分は同性愛者かも」と疑うことすらできなかった、という人たちです。
最後に、地方に住み続ける人に話を聞きました。
桑木昭嗣さん(39)は、生まれ育った札幌市に今も住んでいます。「札幌が好きだからね。あとは、生まれ育った場所を変えていきたいと思って」。
桑木さんは今、札幌市でも同性カップルを結婚に準じる関係と認める仕組みを作ろうと、活動をしています。
「都会に行くのは故郷をすてて逃げるようで、嫌なの」。ただ、桑木さんと同じように行動する性的少数者は少ないそうです。多くの人が、ひた隠しにして、ひっそりと生きています。
桑木さんが、北海道に住むゲイの人々が何に困っているのかを聞くと、「自分が同性愛者と気付いた時から不自由なのに慣れているから、何が不自由なのか、もうわからない」という人がとても多かったそうです。
東京と北海道では、「私はゲイです」と言った時の反応が全然違います。
東京では「そうなんだ。いっぱいいるよね」という反応になるけれど、北海道では「えっ……」と固まられてしまうとか。
桑木さんは「地方の人は、性的少数者はまだまだテレビの中のこと、東京のことと思っているみたい。だから、当事者たちもガードが堅い。いるのが当たり前なんだと、知ってほしい」。
「LGBTのいま」は4月30日発行の朝日新聞夕刊紙面(東京本社版)「ココハツ」と連動して配信しました。
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