話題
フィルターじゃない〝光の加減〟 アナログ表現にこだわる作家の思い
「絵を描くことは生活の一部」
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「絵を描くことは生活の一部」
透明水彩絵具と万年筆インクを使い、人物の表情を中心に描く作家の憂有(ゆうゆ)さんは、幼い頃から絵を描くことが生活の一部で、独学で技術を積み重ねてきました。作家として好きなことを追求してきた一方、活動を続けるか悩むこともあったといいます。葛藤を抱えながらも現在に至るまでを伺いました。
幼い頃から絵を描くことが習慣になっていた憂有さん。学生時代、美術部に所属することはありませんでしたが、寝る前に30分ほど時間を作っては絵を描き、学校で友達同士見せ合っていたといいます。専門的に絵を学ぶのではなく、日常的に描くことで技術を磨いてきました。
作家活動を始めたのは2017年のことです。趣味として絵を続けていましたが、知り合いの作家の紹介で展示会に参加しました。そこで初めて自身の作品を購入してくれる人が現れ、感銘を受けたといいます。「作品を買ってくださる人がいることがとてもうれしく、そこから本格的に作家活動をしようと決めました」
作家として経験を積むため、地元の画材店に週5日ほど通い、ありとあらゆるメーカーの透明水彩絵具と用紙を買いこんで試したそうです。徹底的に自分の手で確かめながら覚えていく〝独学スタイル〟で、着実に経験を蓄えていきました。
紫系の寒色をメインで使うことが多い憂有さんですが、「周囲から『紫をきれいに出すね』と言われたことが自信につながり、今の色合いに落ち着いた」そうです。
描く上ではキャラクターの表情を特に大切にしています。「私自身、人物のイラストを見るときは自然と表情に目がいきます。キャラクターの表情から受け取る〝感情のエネルギー〟はすごく大きいのではないかと思うんです」
自身の描くキャラクターからも「一瞬の感情を受け取ってもらえたら」と話します。ただ、表情の解釈は受け手に任せているそうです。
「作者として想定している感情はありますが、例えば笑顔のイラストでも、純粋に笑っているのか、つらそうに笑っているのかは見てくださった方の受け取り方次第だと思っています」
表情の背景に想像を膨らませてほしいため、泣いている人物を描く際も涙の理由はイラスト上で明確にしないことが多いそうです。
万年筆インクを取り入れたのは、コロナ禍の2021年のこと。感染防止のため人と人とのコミュニケーションが難しくなり、社会的活動の多くは「自粛」を求められました。個展を開いていたギャラリーも休館を余儀なくされ、作家活動も制限されていたといいます。
そんななかでも「何か新しいことをしたい」と考えていた憂有さん。偶然立ち寄った文房具店で万年筆インクに出会い、「試しにこれで絵を描いてみよう」と手に取りました。描いた作品をSNSに投稿すると、「思った以上に見てもらえて驚いた」といいます。
字を書く際に使う万年筆インクですが、イラストに用いられることもあります。しかし、当時は今ほど画材として使う例が多くなく、「周りの人がやっていないことをやりたい」と挑戦したそうです。「筆記用具を画材として使うアイデアを思いつけたことがうれしくて、透明水彩絵具と一緒にいいとこどりで使いたいと思いました」
万年筆インクは発色が鮮やかな一方、描き方次第では薄く表現することもできます。透明水彩絵具と違って一度インクが定着すると描き直しはできませんが、「間違えてしまった線も含めて作品として成立させたい」と思っていたそうです。
順調に作家活動を続けてきた憂有さんでしたが、ここ数年は「本当は絵を描くことが好きではないのかも」「作家を続けていかないほうがいいんじゃないか」と葛藤が続いていました。
「コロナ禍ではギャラリー側から『売上が伸びずにすみません』と言われてしまったことがありました。その言葉を言わせてしまったことが申し訳なくて……」と振り返ります。
好きで描いているだけでは職業として成立しない――。作家としての力不足を突きつけられたように感じ、大きな衝撃を受けたといいます。
さらに、物価高による画材や額装費の高騰で作品の価値について考えることもありました。
「絵は娯楽の一部で、生活必需品ではなく嗜好品だと思います。『昨今の物価高では、絵を購入することが難しい』という声を聞いたこともありました。芸術で生計を立てていくことの厳しさを学びながら、日々手探りです」
SNSで作品を発表していますが、仕様変更で露出が減ったり、生成AIによる作品があふれたり、作家を取り巻く環境は大きく変化しています。
「私にとって絵は、衣食住と同じく生活に必要なもの。たまに食事をとりたくない気分になるように、絵を描くことにも一時的に悩んでしまうのだと思います」
ただ、憂有さんは描く作業に向き合うと「やっぱり楽しい」と感じる瞬間があると話します。小さな実感の積み重ねが、辞めずに続けてこられた理由でした。
趣味ではデジタル画も描く憂有さんですが、作家としてはアナログ作品にこだわっています。
その理由は、「一点物であること」。作品を完成させるプロセスとして欠かせない額装をする際も、「『一点物のアナログ作品を、一点物のドレスに着替えさせる』意味合いで唯一無二の作品にしているのかもしれません」と話します。
イラスト講師として子どもたちに教えることもある憂有さん。デジタルに慣れている子どもたちが同じ感覚でアナログ作品に取り組むと、工程の違いに驚きが生まれるといいます。
「例えば、日の光が差している様子を描くとき、デジタルではレイヤーやフィルターを重ねて使うことで表現できますが、アナログでは1枚の紙のみで光の加減全てを表現しなければいけません」
デジタルの利便性を感じるからこそ、アナログの価値を再定義しているそうです。
憂有さんは悩みながらも、「アナログって楽しいんだと思ってもらえる活動を続け、私の作品を見てくれた人にお返しができれば」と話します。
「絵を描くことが好きな気持ちを忘れずに、これからも絵の発信を続けていけたら幸せです。『絵を描くこと』は私にとって正解のない哲学に近いかもしれません」
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