連載
#5 LGBTのいま
進化するBL文化 腐女子のモヤモヤが、「偏見」取り去るヒントに
男同士の恋愛を描く「BL(ボーイズラブ)」にもえ転がる腐女子たち。彼女たちは、現実世界のゲイの人たちのことを、どう思っているのでしょうか? 聞いてみました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
「いやあ、やっぱり後ろめたいですよね……」。 会社員の角野雅美さん(27)は、ゲイの人たちの視線を、ずっと気にしてきたそうです。「ゲイと腐女子」というテーマを伝えると、「是非話したい」と、前のめりに取材を受けてくれました。
角野さんは中高が女子校だったため、BLはずっと身近な存在だったそうです。普通の恋愛漫画や女性同士の恋愛を描いた「百合」と同じように、BLを愛してきました。
「コンテンツとして消費して申し訳ないっていうか。想像しかできないですけど、自分が逆の立場で、自分のことをイロモノとして扱われたり、ちゃかされたりしたら嫌だろうなあって思うので、気になります」。
角野さんには、レズビアンやバイセクシュアルの友達はいますが、ゲイの友達はいません。BLをどう受け止めているのかが気になって、SNSでゲイの人たちの発言を調べることがあるそうです。「読む」という人もいれば「嫌い」という人もいて。やっぱりモヤモヤ気になります。
腐女子の祭典・コミックマーケット(同人誌即売会)に行くと、最近は男性のBL作家さんがブースを出していることがあるそうです。ただ、角野さんも他の腐女子も話しかける勇気はなく、遠巻きに見ているのだとか。
もしゲイの人に質問できるなら、どんなことを聞きたいでしょうか。
「BLに出てくるキャラクターの心の揺れ動きって、少女漫画的な感じなんですけど、実際のゲイの人たちはこんなふうには思わないんでしょうか。現実とBL作品とのギャップが知りたいですね」
BLは、登場するのは男性キャラクターですが、あくまで女性の理想や欲求を形にしたファンタジーの世界です。腐女子の中には、「私たちの世界を壊したくない!」と、あえて現実を知りたがらない人たちもいます。角野さんは、そうは思わないのでしょうか。
「世界観を壊したくないという腐女子もたしかにいますけど、私はよりリアルな方を求めますね。本当にゲイの人たちが考えているようなことを、作品に求めたい。ゲイの人に迷惑をかけたくないっていう気持ちと矛盾してしまうんですけど……」。
愛、負い目、好奇心、良心。いろんな感情が渦巻いているようです。
実は、BL作品自体も、時代によって変わっています。
法政大学などで非常勤講師を務める溝口彰子さんは、BL愛好家であり、BL研究者であり、レズビアンでもあります。昨年6月に出版した「BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす」(太田出版)で、溝口さんは「進化形BL」という自説を掲げています。
90年代までのBL作品には、たとえばキャラクターに「俺はゲイなんかじゃない」と発言させるなど、ゲイに対する嫌悪がうかがえるものが多いのですが、2000年代以降、むしろ現実社会よりも偏見のない、ゲイにとって生きやすい幸せな世界を描いた作品が登場しているそうです。
そうした作品たちを、溝口さんは「進化形BL」と名付けています。
変化の裏には、何があったのでしょう。
ひとつは、社会そのものの変化。インターネット登場後は、昔よりも性的少数者に関する情報が流れるようになりましたし、最近は性的少数者への理解も進んできました。
そしてもうひとつ、溝口さんは「誠実な想像力」と表現します。
「美男子キャラって、作者にとってはめでる対象であり、自分自身でもあるんです。一部のBL作家は、『同性だと子どもをもうけられないことにどう折り合いをつけるんだろう。そもそも周囲にカミングアウトするのか?』とか、どうしたら自分のキャラがこの日本社会で幸せに生きられるのかを、『自分事』として考えます。その結果、ゲイに偏見のない、ゲイにとって幸せな世界を描いた作品になっている」。
なるほど。と、いうことは、「ゲイの人たちが可愛そうだから、ひどいことは描かないようにしよう」という発想ではない、と?
「はい。彼らへのあわれみじゃないんです。『他者への配慮』では、進化形BLは生まれません。すぐれたBL作家とベテランBL愛好家は、美男キャラとして作品世界を『生きて』いるわけです」
「美男キャラ(=自分)が幸せに生きるには、同性愛への偏見や憎悪に対して、こうすれば乗り越えられるだろうという行動や心情を描く。なので、恋愛エンタテインメント物語なのに、現実の社会にある同性愛への偏見を乗り越えるヒントを示すことができて、結果的に社会を進化させる、というわけです」
そこまでの愛をもって、BL作品を作り、読んでいるんですね。エンタメ作品として楽しむ一方で、気付けば社会に根をはる偏見さえも取り去ってくれる。BL作品はそこまで影響力をもつのですか……!
ただ、ひとつ、思い出すことがあります。
「腐女子には2つのタイプがある」という指摘です。つまり、自分たちの理想を現実のゲイに押し付けようとする無神経タイプと、自分たちのファンタジーが現実のゲイを傷つけていないか気にしていて、気遣いができるタイプ。
冒頭の角野さんや、溝口さんが指摘する「進化形」の人たちは、後者ということでしょう。
前者の「無神経タイプ」の存在を、「腐女子として責任を感じてしまう」という人がいました。平松梨沙さん(26)。中学生の頃からという腐女子歴です。
「時々、ツイッターで無神経な発言をしてゲイの人たちを怒らせる腐女子を見かけます。私も、自分では気をつけているつもりでも、同じ穴のムジナなんじゃないかと勝手に責任を感じる時があります」。
なるほど。実は腐女子は今とても増えていて、いろんな趣味、いろんな考え方の人たちがいますが、世間的には、ひとまとめにされることが多いです。
「『BLを楽しむ行為自体が性的少数者を傷つける』とか『BLをたしなむ人間は全員、性的少数者に関する深い知識を得ておくべきだ』とまでは思いませんが、だからといってどんな価値観でも許されるということではないと思います」。
はい。それは確かに。
平松さんは、「BLはあくまで女性向けのフィクションで、現実のゲイの人たちとは別なのだと分けて考えたい」というスタンスです。「現実の性的少数者の方に、極力不快感を与えないように、と考えています」。
誠実な腐女子たちは、BLを誠実に愛する一方で、まるで原罪を背負っているように見えます。
ゲイと腐女子をめぐる関係。腐女子の愛と悩みをあれこれ考えてきましたが、最後に、あるゲイの男性の言葉を、腐女子のみなさんに贈ります。
桑木昭嗣さん(39)。飲食店を経営しています。腐女子の悩みを伝えたところ、からりと笑い、こう言ってくれました。
「ゲイに失礼じゃないかって気にする腐女子がいるの? 気を遣うくらいなら、支援者になっちゃえばいいのよー!! ゲイの中にも『ノンケ(異性愛者)の男は男らしくて最高』とかいうファンタジーを追い求めてるやつがいるんだから。腐女子もゲイも、夢見てていいのよ」
「みんな人に迷惑かけながら生きてんの! たしかに初対面でいきなり『どんなセックスしてるんですか』って聞いてくる腐女子もいるけど、現実のゲイの姿を見せて、それで支援者にしちゃえばいいじゃない。『私の理想と違う』とか言われたらやっかいだけど、別に腐女子じゃなくても理解できない人はできないからね」
「だって、BLによって理解がすすんで得してるゲイだっているわけでしょ? 要は、ゲイにとっては、BLをどう使うかよ!」
「LGBTのいま」は4月30日発行の朝日新聞夕刊紙面(東京本社版)「ココハツ」と連動して配信しました。
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