連載
#5 若者のひとり旅
旅する人としない人、二極化なぜ? 識者「移動できる、と思えるか」
誰もがいつでもどこへでも移動できるように見えるけど――。

夏休みといえば旅行のイメージ。しかし周りを見渡せば、旅好きな人もいれば、旅をまったくしない人もいませんか。人びとの「移動」について研究している社会学者の伊藤将人さんは「『する人はする』『しない人はしない』という二極化傾向が顕著に出やすいのが旅」だと話します。どうしてなのでしょうか?
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員の伊藤将人さんは、全国3000人を対象に、通勤や通学、転居、旅行など幅広く「移動」に関する意識調査を実施し、ことし5月には『移動と階級』(講談社現代新書)を出版しています。
そもそも「移動」には色々な種類があります。
家から近所までの買い物、通勤や通学――。その中でも旅行や旅について、伊藤さんは「『旅』の大きな特徴は経済的な格差が出やすいこと」と指摘します。
通勤や通学、引っ越しを伴う転勤などは、その移動に対して「通勤補助」や「通学補助」、「転勤補助」などの支援が出ることがあります。移住などでは行政や企業から補助が出ることもあります。
伊藤さんは「でも、旅や観光旅行って基本的にはそういう対象ではないですよね」と語ります。
コロナ禍の影響で落ち込んだ観光需要を喚起するため、国が実施した旅行施策「GoToトラベル」のような特例を除けば、「旅行は個人的で娯楽的な側面がかなり強いものです。そのため、社会的な政策支援の対象だとはほとんど考えられていません。そのため経済的な格差の影響が出やすい移動だといえます」。
移動を「積極的な移動」と「消極的な移動」と分けた場合、旅は「積極的な移動」に当てはまります。
伊藤さんは「『消極的な移動』は様々な形で支援されやすいですが、積極的な移動である旅行は、支援がなくても『する人はする』ものです。その違いは、他の移動と比べると、明確に言えるところだと思います。だからこそ二極化傾向が顕著に現れやすいです」と話します。
2023年に公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが「子どもの体験格差」を調査しました。
伊藤さんは、「その調査の中でも、数ある体験の中で『観光旅行』は最も親の経済的な階層性に影響を受けやすく、ギャップが開きやすい体験の一つであるということが報告されています」といいます。
また、旅行にハードルがあるかどうかは、子どもの頃の体験も影響していると伊藤さんは指摘します。
たとえば、小さな頃にどれだけ親と旅行経験があるかどうか。パスポートを持っているか、
入国審査の時に外国語でやりとりしたかどうか――。
伊藤さんは「子どもの頃からそんな経験をしていれば、自分が旅に出るときもその想像ができます。でも、経験がないまま急に『どうぞ一人で行ってください』と言われても、ストレスがとても大きいですよね」といい、「それは、翻訳機器やスマホの登場といったテクノロジーの発展があったとしても、カバーしにくいものです」。
「『私は移動できる』と思える、そもそもの『潜在的な移動可能性』があるかないかが、旅のハードルに大きな影響を与えていると考えています。これまでの移動経験の積み重ねで自分が移動できることを知り、初めて行動につなげられます」
伊藤さんは2024年、全国のおよそ3000人を対象に、通勤や通学、転居、旅行など幅広く「移動」に関する意識調査を実施しました。
渡航経験がある各年代に対して「海外を初めて訪れた年齢」を尋ねたところ、若年層ほど初めて海外を訪問した年齢が低い傾向があり、20代では24.5%が0歳から5歳で初めて海外を訪れたと回答しました。
同じ時期に初渡航をしたと答えたのは、30代で11.1%、40代では4.4%で、年齢が上がるほど、初めて海外を訪れた年齢も高くなっています。
このことは、中高年層は、新婚旅行などで大人になってから初めて海外へ渡航した人が現在より多かったことを示します。
伊藤さんは「この世代では『自身の選択』が初渡航の時期に大きく影響していました」とし、「若年層は自らの意思ではなく、親の意向に沿った渡航が初めての海外経験となる傾向が強いことがわかります」。
「移動の社会学の観点でみると、幼少期から親の経済力や移動力に支えられて海外渡航を重ねてきた人は、移動への心理的ハードルが低く、『移動資本』があるといえる状態。その後も海外旅行を経験しやすくなります」
一方で、そうではない人は、大人になって移動の自由度が高まっても、「移動資本」の不足が二の足を踏む要因になるといいます。さらに近年は円安や物価高などの外的要因も加わります。
「重要なのは、一見すると誰もがいつでもどこへでも移動できるように見える現代社会においても、海外渡航経験には大きな格差が存在し、それが世代を超えて再生産される傾向を持っているという点です。それは、海外渡航だけに限らず、国内での移動にも言えることかも知れません」
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