コラム
「一発屋」髭男爵のお正月 自分のいない特番、蘇る引きこもりの記憶
「正月は、連日テレビで忙しい・・・“出る”方でなく、“見る”方だが」。「一発屋」芸人、髭男爵の山田ルイ53世さんが自尊心と戦いながら過ごした正月の日々。
コラム
「正月は、連日テレビで忙しい・・・“出る”方でなく、“見る”方だが」。「一発屋」芸人、髭男爵の山田ルイ53世さんが自尊心と戦いながら過ごした正月の日々。
「正月は、連日テレビで忙しい・・・“出る”方でなく、“見る”方だが」。自分が出ていない特番を「自己否定の連続」と思いながら眺めた「一発屋」芸人、髭男爵の山田ルイ53世さん。ふとよみがえる、引きこもりだった少年時代の記憶。分泌される自尊心と戦いながら過ごす、一発屋芸人の正月とは?
数年前。
一月か二月だっただろうか。
霜柱が立つほどの、厳しい冷え込みに見舞われたその日、都内のとある公園でロケが行われた。
クイズ番組の“問題VTR”の撮影と聞いていたのだが、特番ということもあって、随分と大がかりである。
十人を越えるエキストラ、そして我々、髭男爵を含む、お笑い芸人が数組。
大御所の女優の方や、当時、人気急上昇中の若手俳優もキャスティングされていた。
豪華である。
その若手俳優の彼と僕とは、実はすでに面識があった。
毎年、五人の若者が抜擢され、巨大な悪と闘う、子供達に大人気の戦隊もの。
彼とは、その特撮ドラマで、一年間に渡って共演していたのである。
五人には、それぞれ“色”が振り分けられており、彼は赤・・・“レッド”である。
「若手俳優の登竜門」とも言われるその番組において、彼は中心的存在でもあった。
僕はと言えば、彼ら五人を温かく見守る“博士”という役所。
“レッド”と“博士”の久しぶりの再会。
“戦隊”からこの日まで、充実した日々を過ごしてきたのだろう。
以前より、自信に満ちた表情をしている。
目が合うと、彼は少しはにかみ、「お久しぶりです!」といった様子で、会釈をした。
相変わらず、爽やかである。
本番。
彼が演じるのは刑事。現場を検証し、推理を展開していく。
僕は、ただ黙って、目を閉じ、成長した、彼の芝居に耳を傾けていた。
別に久しぶりの再会を噛みしめていたわけでもない。
そうするしかなかったのだ。
僕の役は・・・”死体”だった。
死人に口無し。
歳月は、“レッド”を“刑事”に、“博士”を“死体”へと変えた。
僕の死因を推理する、彼の台詞をBGMに、地べたに横たわる。
列島が、大寒波に襲われたその日。
体温は刻一刻と、本物の死体のそれへと近付いていく。
耐え切れず、小さく身じろぎした僕の体の下、サクッと小さな音を立て霜柱が崩れた。
ちなみに、その“殺人現場”には、かつて、“ゆってぃ”とか“波田陽区”と呼ばれた男達の亡骸も並んでいた。
田舎の道路脇で、野晒しで売られている薄汚れた中古車。
いつからそこに並んでいるのか、いつになったら売れるのか・・・誰にも分からない。
2016年、新しい年が幕を開けた。
“死体”・・・もとい、“一発屋”にも新年はやってくる。
年明け早々、いくつかの地方営業をこなす。
仕事があるのはありがたい。
例えそれが、知名度の貯金を少しずつ切り崩して生活する、老後のような毎日だとしても。
そろそろ、その“残高”も心許ないが。
世間の大部分の人々にとって、おめでたいはずのお正月。
しかし、“一発屋”にとっては、必ずしもそうではない。
世間に充満する、その“おめでたい雰囲気”に、足湯ほども浸かれない。
理由は明快である。一度“売れて”、今現在、“売れてない”からだ。
正月は、連日テレビで忙しい・・・“出る”方でなく、“見る”方だが。
仕事以外は、初詣にも行かず、ひたすらテレビを眺めることに費やす。
以前、家族でテレビを見ている時、僕の横に陣取っていた娘が、興奮して「パパー!」と画面を指さした。
「あれ?今日、何かテレビ出てたかな?」
画面を見やると、そこには、“ケンドーコバヤシさん”が映っていた。
以来、僕は、家族とテレビを見なくなった。
売れてないことの弊害は、父と子の絆にまで及ぶ。
しかし、年末年始は例年、妻は娘を連れて実家に戻るため、家には自分一人。
唐突に“親権”を失う心配もない。
この時期は、各局、力の入った、勝負の“特番”が目白押しである。
出演者は、“売れっ子”、“旬な人”、そして、これからの”新しい人”・・・概ね、この三種類に限定される。
スタジオには、お正月ならではの、絢爛豪華なセット。
そこに、なみなみと、惜しげもなく注がれた“売れっ子”達。
お茶の間の人々は、その、今にもこぼれそうな“売れっ子”達を、「おっとっとっと!」と、口からお出迎えして飲み干す。
“一発屋”などお呼びではない。
いつもにも増して自分が出てもいないテレビを視聴するのは、自己否定の連続。
懲罰房に放り込まれたような心境であるが、仕方がない。
“この世界”において、“売れてない”ことは、明確に“罪”であり、“詰み”なのだ。
結果、自尊心はサンドバッグ状態である。
こんな“一発屋”のコスプレキャラ芸人が、自尊心を口にするのは、滑稽かもしれない。
しかし、この自尊心、プライドというヤツは厄介で、こちらの意思とは無関係に、日々“分泌”される。
“体温”、“息”、“汗”・・・生きている限り付きまとう、泥臭い“代謝”や“反射”の類(たぐい)。
磁石にまとわりついた“砂鉄”。
どれだけ“落ちぶれ”ようがなかなか拭い切れはしない。
当の“売れっ子”達が、正月休みで、ハワイにでも行っている中、こちらは、居残り勉強でテレビを見る。
地方の予備校で、浪人生となり、サテライト授業を受けているような錯覚。
サンドバッグ”は遂に破れ、その中身がサラサラとこぼれ落ちる。
「ルネッサーンス!」、「髭男爵!」
テレビから何かの拍子に聞こえてくる、自分の“カケラ”。
正月はその“めでたさ”ゆえに、“乾杯”をする機会も多い。
“売れっ子”の誰かが、言及してくれたのか。
テレビ画面の下に、“ポンッ”と、出てくる、我々の写真やイラスト。
ふと気が付くと、それを指折り数え始める自分がいる。
情けない・・・が、嬉しくもある。それがまた情けない。
砂漠の発掘現場。
かつて、確かに、テレビの中、そこに自分は存在したんだという証拠。
生きながら“化石”となった自分を発掘すべく、地面に這いつくばり、小さな刷毛で丁寧に、一枚一枚地面を剥いでいく。
出土するのは、“足跡”や“骨”の一部分ばかりだが。
そうやって、お正月、日がな一日テレビを眺めていると蘇る記憶がある。
中学二年の夏、僕は“引きこもり”になった。
二十歳までの約六年間である。
通りに面した、自分の部屋の窓を細く開け、その隙間から、外界を観察する。
近所の顔見知りや、小学校時代に仲の良かった友達が通りかかると、
「ああ、あいつ真っ黒に日焼けして!部活頑張ってるのかな?」
「うわっ、あの子えらい背伸びたな~!!」
悲しき“日課”。
あれから、二十年以上の時が流れ、今や、あの“窓”が、“自宅のテレビ”となった。
またこの“マス目”か・・・人生という名の双六。
これがなかなか難しいのである。
◇
やまだ・るい53せい 本名・山田順三。兵庫県出身。相方のひぐち君と結成したお笑いコンビ「髭男爵」でブレーク。ワイングラスを掲げ「ルネッサ~ンス!」という持ちギャグで知られる。2015年8月、真の一発屋芸人を決定する「第1回 一発屋オールスターズ選抜総選挙 2015」で最多得票を集め、初代王者に選ばれた。自身の経験をまとめた『ヒキコモリ漂流記』(マガジンハウス)を出版。ラジオ番組「髭男爵山田ルイ53世のルネッサンスラジオ」(文化放送)などに出演中。
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