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潜水調査船「しんかい6500」もう作れないって本当?本部の見解は
6500メートルの深海まで人を乗せて潜れる「しんかい6500」。重要部品をつくる技術が、今の日本にはもうない――といった趣旨の投稿が話題になりました。この情報は本当なのでしょうか。しんかい6500を運用している海洋研究開発機構(JAMSTEC)に話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
「しんかい6500」はその名の通り、6500メートルの深さまで潜れる有人潜水調査船です。
1989年に三菱重工によって建造され、就航以来、1700回以上の深海調査を行ってきました。
水中では10メートル潜るごとに1気圧ずつ水圧が増していくため、深海6500メートルでは、1平方センチメートルあたり、約650キロもの力がかかることになります。
自衛隊や米軍が運用する軍用の潜水艦でも、この水圧にはとても耐えられません。
そのため、しんかい6500には専用に設計・製造された部品が数多く使用されています。
話題になった投稿が指摘する部品は、しんかい6500の人が乗り込む「チタン製耐圧殻」を作る技術が失われてしまったというもの。
これに対しXでは「これがロストテクノロジーか」「ものづくり大国ニッポンはどこに」などの反応があり、ショックを受けた人が多かったようです。
実際のところ、しんかい6500を取り巻く状況はどうなっているのでしょうか。JAMSTECの横須賀にある本部で話を聞けることになりました。
「『ロストテクノロジー』というと少し大げさかもしれませんが、現状、日本でしんかい6500と同じものを作るのが難しい状況なのは事実です」
経営企画部未来戦略課の桐生健斗さん(29)が解説してくれました。
現在、文部科学省の「深海探査システム委員会」で今後の深海探査の在り方に関する議論が進んでおり、Xで話題になっていたのはそこで出た議論の一部だそうです。
「今はもう、しんかい6500を作った三菱重工にもチタン製の耐圧殻を作るための設備がないそうです。また、当時製造を担った技術者もすでに引退しているため、技術者の育成も行わなければいけません」
JAMSTECによると、しんかい6500の建造費用は1989年当時で約130億円ほど。
「今同じものを作ろうとすれば、恐らくこの数倍はかかるのではないでしょうか」
しんかい6500が製造されたのは35年前。
「これまでもしんかい6500の後継機が必要だという議論は何度も出たのですが、予算がつかずにここまで来てしまったのが現状です」と桐生さん。
日本がしんかい6500を継続して運用する間も、各国では技術開発が進んでいました。
中国が1万1000メートルまで潜航できる有人調査船「奮闘者」を運用するなど、その進歩にはめざましいものがあります。
後継機の開発が難しい現状、少しでも長くしんかい6500を使えるよう、大事にメンテナンスを続けて「延命」させているそうです。
今のペースで運用すると、しんかい6500のチタン製耐圧殻の設計上の寿命が尽きるのは2040年代ごろになるとのこと。
「ただ、実際にはそれよりも早く限界がくるかもしれません。部品の調達が困難なのは耐圧殻だけではないんです」
しんかい6500を構成する部品には、専用に作られた「一点物」も少なくないうえ、それらを製造していたメーカーの撤退・生産中止が相次いでいるそうです。
「老朽化が心配される部品の中には緊急時に船体の一部を切り離して浮上させる『緊急離脱ボルト』など、人命に関わるものもあります。このままだと、2040年代を待たずして運用停止に陥る可能性もあります」
地震や海底火山の活動、海底の鉱物資源、地球温暖化など、深海調査は様々な分野の研究に活用されており、年々その需要は高まっています。
その一方で、予算は決して潤沢とは言えない状況にあると桐生さんは話します。
「しんかい6500の母船『よこすか』も老朽化が進んでおり、このままだと将来的に深海調査そのものが危ぶまれる可能性もあります」
高度な技術が必要でコストがかかる有人潜水調査船の代わりに、ROV(Remotely Operated Vehicle)と呼ばれる遠隔操作で動かす無人探査機や、人の手を借りずに自律して海底を調べるAUV(Autonomous Underwater Vehicle)という無人探査機を活用すればいいという意見もあるそうです。
「無人探査機には10億円前後で市販されているものもあるため、国産の技術を育てることを諦めるのであれば、安上がりで済むという考え方もできます」
ただ、高精度な作業ができたり、直接人の目で観察できたりすることの意義は大きく、無人船は有人船の完全な代替にはならないのではないかと桐生さんは話します。
「JAMSTECではこれまでROV『かいこう』やAUV『じんべい』などの運用もしてきましたが、やはりしんかい6500のような有人船でなければできないことも多いという印象です。実際にしんかい6500に乗った研究者も、ほとんどの人が『これは無人ではできない』という感想を持たれるようです」
今回、深海調査をめぐる状況がSNSで話題になったことについて桐生さんは「現状を広く知っていただくきっかけになったのは良かったと思っています」と話しています。
今行われている議論の行く末が「日本の科学研究が停滞してしまうかどうかの分水嶺」だと言います。
「深海は遠い世界のようでいて、経済や防災、環境問題などとも密接に関係しています。今後の深海調査をどうしていくのか、国民のみなさんに広く関心を持ってもらいたいと思っています」
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