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「管理者がいない」荒れた登山道を整備しながら歩く 雲ノ平の5日間

30キロの道具を背負う人もいました

水の流れと土壌の流出を止めるため、裸地化した地面に、6メートルの「土留めロール」を設置するボランティアプログラムのメンバーたち=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影
水の流れと土壌の流出を止めるため、裸地化した地面に、6メートルの「土留めロール」を設置するボランティアプログラムのメンバーたち=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影 出典: 朝日新聞

目次

国立なのに、国が管理しきれていないーー。全国の国立公園で、登山道などトレイルの荒廃が問題になっています。自然の「保護」と「利用」のバランスを管理するのが国の役割ですが、登山や観光などの「利用」が優先されるあまり、道が荒れ、貴重な生態系が失われています。

国の手が回らない部分をカバーしてきた山小屋が、コロナ禍や物価高で道直しを続けられなくなりつつあるいま、ひとりのハイカーにできることは何か。

これまで国立公園を「利用」してきた筆者が、トレイルを整備するボランティアプログラムに参加し、自然と人の関係性について考えました。(朝日新聞映像報道部記者・伊藤進之介)

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【関連記事】登山道、国立公園なのに「管理者不在」 ハイカーたちが整備する理由

トレイルの整備を体験する5日間

8月、北アルプス(中部山岳国立公園)の雲ノ平で、5日間にわたるトレイル整備のボランティアプログラム(雲ノ平トレイルクラブ主催)が開かれました。

一帯の生態系や景観が失われつつあるいま、国立公園や、そこで得られる自然体験に何を求めるのか。「利用者」として、どのように「保護」に関わることができるのか。そんな問いを携えて、筆者も参加しました。

木道を歩いて整備に向かうボランティアプログラムの参加者たち=2023年8月、富山市、伊藤進之介撮影
木道を歩いて整備に向かうボランティアプログラムの参加者たち=2023年8月、富山市、伊藤進之介撮影

市民が直接的に国立公園の自然保護やトレイル整備に関わる選択肢は多くありません。ボランティアプログラムは、山小屋とハイカーらボランティアが協働して継続的に整備に取り組み、民間主導の管理のロールモデルをつくるため、2021年から毎年開かれています。

3回目の今年は、雲ノ平山荘の伊藤二朗さんをはじめとするクラブのメンバーやハイカー、環境省の職員ら30人ほどが整備に取り組みました。

【ボランティアプログラムの主な内容】
1日目:雲ノ平一帯の自然観察、過去の整備の視察
2日目:トレイル脇の植生復元(何らかの要因により失われた植生を元の状態に戻すこと)、座学
3日目:トレイル脇の植生復元、座学
4日目:講義、山荘周辺の散策
5日目:トレイル整備
【関連記事】山を守り20年、トレイル整備の原点は…「崩す人がいれば、直す人もいる」【朝日新聞デジタル】
高天原方面を望む「スイス庭園」で、雲ノ平や周辺の山々の地形の成り立ちについて、伊藤さんの話を聞くボランティアプログラムのメンバーたち=2023年8月21日、富山市、伊藤進之介撮影
高天原方面を望む「スイス庭園」で、雲ノ平や周辺の山々の地形の成り立ちについて、伊藤さんの話を聞くボランティアプログラムのメンバーたち=2023年8月21日、富山市、伊藤進之介撮影

30キロの道具を担ぐ人も

トレイル脇の植生復元に取り組んだ2日目と3日目は、午前8時前に山荘を出発しました。

山荘から2キロ弱ほどの祖父(じい)岳の山腹の斜面まで、植生復元に使う緑化ネットや工具を何人かで運びます。緑化ネット3本を背負子(しょいこ)にくくりつけ、30キロ近く担ぐ人もいました。

植生復元の現場まで緑化ネットを運ぶボランティアプログラムの参加者たち=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影
植生復元の現場まで緑化ネットを運ぶボランティアプログラムの参加者たち=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影

現場に着くと、まずは浸食した場所と周辺を観察しました。

作業に取りかかる前に、必ずしているのが記録です。

施工前後や経年変化は写真に残しますが、クラブではさらに、現場の岩や植生、木道などの人工物の配置と、流路(雨や雪解けの水が流れる道)をスケッチし、俯瞰(ふかん)図にします。

どのような施工が植生復元に有効なのか。継続的に観察し、検証するために、記録は重要です。記録担当は、作業中、施工前の俯瞰図に作業内容を追記していきました。

浸食の現場と植生復元の作業を記録した、杉田さんのスケッチ。植生や岩の配置、水の流れ、設置した土留めロールの場所や長さが記録されている=2023年8月25日、富山市、伊藤進之介撮影
浸食の現場と植生復元の作業を記録した、杉田さんのスケッチ。植生や岩の配置、水の流れ、設置した土留めロールの場所や長さが記録されている=2023年8月25日、富山市、伊藤進之介撮影

草や土には負担をかけない

安定した地形をつくる作業では、一抱えある岩と、伊藤さんらが考案した「土留めロール」を使います。

「土留めロール」は、ヤシの繊維で編まれたネットに拳大ほどの石を並べ、保水力と養分を持たせるため枯れ葉や小枝をまぶし、巻きずしの要領で細長く巻いたものです。

土留めロールの中身=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影
土留めロールの中身=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影

水を通すため、木の板や丸太のように流水を1カ所に集中させることなく、分散することができます。

流れる土を留める役割も果たします。地形に沿って、ロールの本数や長さ、斜面に対する傾きを考え、設置しました。

土留めロールをつくるボランティアプログラムのメンバーたち。かけ声にあわせ、緑化ネットで石を巻いていく=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影
土留めロールをつくるボランティアプログラムのメンバーたち。かけ声にあわせ、緑化ネットで石を巻いていく=2023年8月22日、富山市、伊藤進之介撮影

整備した場所の付近では、岩や石が足りず、200メートルほど離れた場所で、拾い集めて運びました。

重労働の単純作業に思われるかもしれませんが、土留めに適した形や大きさの石を、その場の土壌に影響しないように集めるのに注意が必要です。

石を背負って運ぶときも、足元の草や土に負担をかけないように歩きました。

植生復元の現場へ石を運ぶ、雲ノ平山荘のスタッフ=2023年8月25日、富山市、伊藤進之介撮影
植生復元の現場へ石を運ぶ、雲ノ平山荘のスタッフ=2023年8月25日、富山市、伊藤進之介撮影

整備するなかで「人に説明できるように、目的や工程を覚えて」と繰り返す伊藤さん。毎年1回のペースで開かれるボランティアプログラム以外にも山を訪れ、整備を担えるようにするためです。

参加者は時間とともに作業に慣れ、手際よく「土留めロール」を設置していきました。

作業は14時ごろ終了。その後は山荘に戻り、国立公園の成り立ちや現在の課題を学ぶ講義が開かれました。

【関連記事】木道は何を守るためにある? 雲ノ平山荘の伊藤二朗さんが考えること【朝日新聞デジタル】
植生復元の「土留めロール」が設置され、木道が敷き直された現場。奥は水晶岳=2023年8月25日、富山市、伊藤進之介撮影
植生復元の「土留めロール」が設置され、木道が敷き直された現場。奥は水晶岳=2023年8月25日、富山市、伊藤進之介撮影

「また整備に来たらいい」

最終日の5日目は、植生復元作業のため、外していた木道を再び設置しました。

土がむき出しになった地面に緑化ネットを敷いて土留めロールを配置し、さらにその上に岩を基礎にして木道を置きます。

植生が復元し、安定した道として残るのかーー。作業を終えたとき、少し不安も覚えました。

整備作業の合間、山荘スタッフがつくってくれたおにぎりを食べて休憩する。奥は祖父岳=2023年8月22日午前、富山市、伊藤進之介撮影
整備作業の合間、山荘スタッフがつくってくれたおにぎりを食べて休憩する。奥は祖父岳=2023年8月22日午前、富山市、伊藤進之介撮影

クラブのメンバーの一人、大工の坂井武志さんが現場を眺めながらこうつぶやきました。

「来年には木道はまた崩れ落ちているかもしれない。また整備に来たらいい」

予算も人材も不十分な行政の管理では定期的なメンテナンスはできません。だからこそ一帯を見守り続ける、継続性こそがクラブの強みだと思います。

雲ノ平山荘から望む黒部五郎岳と夕焼け=2023年8月24日、富山市、伊藤進之介撮影
雲ノ平山荘から望む黒部五郎岳と夕焼け=2023年8月24日、富山市、伊藤進之介撮影
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【取材後記】トレイル整備は「創造」

地形や植物の営みを読んで、草花が再生する姿を想像しながら進められるトレイル整備は、作業というよりも、創造に近い行為に思えました。自然に学び、自然に働きかけるという点では、キャンプや釣り、スキーやクライミングと同じように、濃密な自然体験とも言えます。

雲ノ平に限らず、全国各地で若いハイカーを中心に、自主的に道直しや植生復元に取り組む人が増えています。

誰かが整備したり守ったりしたフィールドを単に「利用」するのではなく、〝私たちのフィールド〟で新たな自然観が生まれるのかもしれません。

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