話題
「管理者がいない」荒れた登山道を整備しながら歩く 雲ノ平の5日間
30キロの道具を背負う人もいました
国立なのに、国が管理しきれていないーー。全国の国立公園で、登山道などトレイルの荒廃が問題になっています。自然の「保護」と「利用」のバランスを管理するのが国の役割ですが、登山や観光などの「利用」が優先されるあまり、道が荒れ、貴重な生態系が失われています。
国の手が回らない部分をカバーしてきた山小屋が、コロナ禍や物価高で道直しを続けられなくなりつつあるいま、ひとりのハイカーにできることは何か。
これまで国立公園を「利用」してきた筆者が、トレイルを整備するボランティアプログラムに参加し、自然と人の関係性について考えました。(朝日新聞映像報道部記者・伊藤進之介)
8月、北アルプス(中部山岳国立公園)の雲ノ平で、5日間にわたるトレイル整備のボランティアプログラム(雲ノ平トレイルクラブ主催)が開かれました。
一帯の生態系や景観が失われつつあるいま、国立公園や、そこで得られる自然体験に何を求めるのか。「利用者」として、どのように「保護」に関わることができるのか。そんな問いを携えて、筆者も参加しました。
市民が直接的に国立公園の自然保護やトレイル整備に関わる選択肢は多くありません。ボランティアプログラムは、山小屋とハイカーらボランティアが協働して継続的に整備に取り組み、民間主導の管理のロールモデルをつくるため、2021年から毎年開かれています。
3回目の今年は、雲ノ平山荘の伊藤二朗さんをはじめとするクラブのメンバーやハイカー、環境省の職員ら30人ほどが整備に取り組みました。
トレイル脇の植生復元に取り組んだ2日目と3日目は、午前8時前に山荘を出発しました。
山荘から2キロ弱ほどの祖父(じい)岳の山腹の斜面まで、植生復元に使う緑化ネットや工具を何人かで運びます。緑化ネット3本を背負子(しょいこ)にくくりつけ、30キロ近く担ぐ人もいました。
現場に着くと、まずは浸食した場所と周辺を観察しました。
作業に取りかかる前に、必ずしているのが記録です。
施工前後や経年変化は写真に残しますが、クラブではさらに、現場の岩や植生、木道などの人工物の配置と、流路(雨や雪解けの水が流れる道)をスケッチし、俯瞰(ふかん)図にします。
どのような施工が植生復元に有効なのか。継続的に観察し、検証するために、記録は重要です。記録担当は、作業中、施工前の俯瞰図に作業内容を追記していきました。
安定した地形をつくる作業では、一抱えある岩と、伊藤さんらが考案した「土留めロール」を使います。
「土留めロール」は、ヤシの繊維で編まれたネットに拳大ほどの石を並べ、保水力と養分を持たせるため枯れ葉や小枝をまぶし、巻きずしの要領で細長く巻いたものです。
水を通すため、木の板や丸太のように流水を1カ所に集中させることなく、分散することができます。
流れる土を留める役割も果たします。地形に沿って、ロールの本数や長さ、斜面に対する傾きを考え、設置しました。
整備した場所の付近では、岩や石が足りず、200メートルほど離れた場所で、拾い集めて運びました。
重労働の単純作業に思われるかもしれませんが、土留めに適した形や大きさの石を、その場の土壌に影響しないように集めるのに注意が必要です。
石を背負って運ぶときも、足元の草や土に負担をかけないように歩きました。
整備するなかで「人に説明できるように、目的や工程を覚えて」と繰り返す伊藤さん。毎年1回のペースで開かれるボランティアプログラム以外にも山を訪れ、整備を担えるようにするためです。
参加者は時間とともに作業に慣れ、手際よく「土留めロール」を設置していきました。
作業は14時ごろ終了。その後は山荘に戻り、国立公園の成り立ちや現在の課題を学ぶ講義が開かれました。
最終日の5日目は、植生復元作業のため、外していた木道を再び設置しました。
土がむき出しになった地面に緑化ネットを敷いて土留めロールを配置し、さらにその上に岩を基礎にして木道を置きます。
植生が復元し、安定した道として残るのかーー。作業を終えたとき、少し不安も覚えました。
クラブのメンバーの一人、大工の坂井武志さんが現場を眺めながらこうつぶやきました。
「来年には木道はまた崩れ落ちているかもしれない。また整備に来たらいい」
予算も人材も不十分な行政の管理では定期的なメンテナンスはできません。だからこそ一帯を見守り続ける、継続性こそがクラブの強みだと思います。
地形や植物の営みを読んで、草花が再生する姿を想像しながら進められるトレイル整備は、作業というよりも、創造に近い行為に思えました。自然に学び、自然に働きかけるという点では、キャンプや釣り、スキーやクライミングと同じように、濃密な自然体験とも言えます。
雲ノ平に限らず、全国各地で若いハイカーを中心に、自主的に道直しや植生復元に取り組む人が増えています。
誰かが整備したり守ったりしたフィールドを単に「利用」するのではなく、〝私たちのフィールド〟で新たな自然観が生まれるのかもしれません。
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