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登山道、国立公園なのに「管理者不在」 ハイカーたちが整備する理由
8月に開かれた「第一回日本山岳保全サミット」から考えます
観光客が戻り、多くの人が再び登山を楽しむようになった今年、改めて課題になったのが登山道の管理です。国立公園のトレイル(山や森林などを歩く道)は、国だけでは管理しきれず、道が荒れることで、人々が安全に歩けなくなるばかりか、周辺の貴重な生態系も失われつつあります。自然環境の保護やトレイルの整備など、民間団体がハイカーらを巻き込んで管理の仕組みづくりを始めています。(朝日新聞映像報道部記者・伊藤進之介)
「高山の環境では、一度失われた植生は20年経っても復元しない。これが現実です。知ることから始めましょう」
8月、大雪山の旭岳周辺と、ふもとの北海道東川町で3日間開かれた、山の保護と利用を考える「第一回日本山岳保全サミット」(日本山岳歩道協会主催)。
初日の自然観察会で、大雪山・山守隊の岡崎哲三さん(48)がベテラン登山者や若いハイカーら参加者に呼びかけました。
サミットのコンセプトは「見る、伝える、直す」。自然観察会のほか、管理の課題を議論するシンポジウムや、大雪山の腐食が進む木道を整備するイベントも企画され、のべ200人が参加しました。
サミットが開催された背景には、大雪山などの国立公園に、登山や観光で多くの人々が訪れる一方で、貴重な生態系や景観を守る管理体制が整っていないという課題があります。
人々が自然に触れるために欠かせないのがトレイルです。
広大な国立公園に数百kmという規模で存在するトレイルは、国だけでは管理しきれず、山小屋や山岳会の自主的な整備に依存してきました。
しかし、山小屋はコロナ禍や物価上昇で道の整備をする余裕がなくなり、山岳会も高齢化して、整備を担える人が減りました。
気候変動によるゲリラ豪雨なども追い打ちをかけて、道の荒廃が進んでいます。
サミットは、民間の整備団体やハイカー、アウトドア関連企業、行政など、山を取り巻く人々の間で課題を共有し、環境保全とトレイル整備の先進事例を学びながら協働管理のあり方を考えることが目的です。
日本の国立公園は、エリア内に国や地方自治体、民間企業など複数の土地所有者が存在していて、トレイル全体の管理体制が定まっていません。
例えば、今回のサミットの舞台となった大雪山国立公園も、環境省によると総延長約425kmの「歩道」(林道も含む)のうち約237kmが「管理者不在」とされています。
「管理者あり」とされる区間も、一度きりの公共工事でその後のメンテナンスはなく、放置されているのが現状です。
トレイルを保全・管理する人材も不足しています。
大雪山国立公園(約2268㎢)では、管轄する環境省の自然保護官は5人。サポートするアクティブレンジャーも4人しかいません。
一方、大雪山より広いものの、アメリカのヨセミテ国立公園(約3100㎢)では、夏季で741人、冬季で451人の職員が配置されています。
アメリカの国立公園局によると、トレイル整備や公園の案内など様々な活動を担うパークボランティアは、アメリカ全土で年間約12万人いるとされます。
しかし、日本ではパークボランティアの登録者も1287人(2022年時点)と、大きな差がありました。
8月に開かれたサミットには、民間団体やハイカーのほか、行政や大学関係者も参加しました。
行政や大学を巻き込んでトレイルの管理をしていこうと活動するのは、日本山岳歩道協会を立ち上げたひとり、伊藤二朗さん(42)です。
伊藤さんは、トレイルの約7割が管理者不在とされる北アルプスで、2002年から雲ノ平山荘を経営し、周辺の整備に取り組んでいます。
2008年から東京農業大学と植生復元(何らかの要因により失われた植生を元の状態に戻すこと)を研究してきました。2022年には民間主導の公園管理を考える「雲ノ平トレイルクラブ」を立ち上げ、ハイカーらボランティアと整備を進めています。
整備にとどまらず、様々な分野の研究者やアーティストを雲ノ平に招き、宿泊者と交流するサロンも開く伊藤さん。
「どうしたら、より多くの人に当事者性をもってもらえるかを考えています。生態系や景観、自然体験の価値を見つめ直し、社会と共有することで、公園管理が動き出す」と話します。
クラブは今年、管理体制を整えるため、環境省や林野庁、地方自治体と協議会を立ち上げました。
雲ノ平を管轄する環境省立山管理官事務所の中森健太・国立公園管理官(26)は、協議会についてこう話します。
「行政側は、山小屋や雲ノ平トレイルクラブの現場での整備活動を詳細に知る機会がありませんでした。しかし、これからはクラブと顔を合わせて、情報を共有できます。行政としてできることを支援したいです」
「雲ノ平の管理の仕組みは、熱量のある民間団体がより活動しやすくなる点で、新たなロールモデルになるのではないでしょうか」
この夏、取材で初めて大雪山を訪れました。
人が山に入ることで植物が踏まれて失われ、地面が露出し、雨水が土を流してしまうーー。際限なく草花が失われていく現場を目の当たりにしました。
私自身はこれまで、行政や山小屋に環境保全やトレイル整備を任せきりにして、〝消費的〟に自然体験を享受してきました。
自然と人の共生のあり方を学べる貴重なフィールドである国立公園を、どのように次世代に引き継ぐのか。
ひとりのハイカーとして、また、水や食べ物など、あらゆる恵を自然から受け取っているひとりの生活者として、大きな責任を感じました。
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