連載
#29 #啓発ことばディクショナリー
就活、なぜ〝コミュ力〟を重視?本田由紀さん「担当者の好みと同義」
人格評価を正当化してきた歴史
就職活動において、「コミュニケーション能力(コミュ力)」などの言葉が使われています。〝人間性〟を評価する概念として、とりわけ学生の採用選考で、重要な選抜基準とみなされてきました。「一連の語句は、面接を通じて、担当者の好みにより応募者を選別するための道具になっている」。教育社会学者の本田由紀さんは、そう指摘します。「意識高め」な語彙(ごい)が力を保ってきた理由について聞きました。(ライター・神戸郁人)
筆者は、経営者が働く人々を盛り立てようと用いる俗語を「啓発ことば」と名付け、起源を調べてきました。
「人材」を書き換えた「人財(企業の役に立つ人)」、「仕事」由来の造語「志事(志が高い仕事)」など、その種類は枚挙にいとまがありません。
一つひとつの語句を眺めてみると、字面の華やかさとは裏腹に、「雇用者にとって有意かどうか」「働くことに十分な価値を見出せているか」といった、労働者の能力や性格を厳しく査定する色合いが濃いことに気がつきます。
例えば「人財」には、「人罪」「人在」というバリエーションが存在します。それぞれ「企業に害をなす人物」「会社にいるだけの人物」といった意味です。
つまり企業が是とする価値観に照らして、働き手を選別する機能を有しています。
企業活動は営利目的で行われます。自社の収益を拡大し、給与などの形で社員や株主に還元しなければなりません。その使命を果たすため、高い業績が期待できる人物を雇い入れ、働き手の労働意欲を高めたいと考えるのは、自然なことだと言えるでしょう。
他方、一連の語彙について気になるのが、働き手の〝人間性〟をも評価の射程に含んでいる点です。特に「人罪」などの造語は、企業が掲げる「理想の人材像」を絶対化し、イメージにそぐわない人物を切り捨てるかのような響きを伴います。
経営者と労働者の間に、ある種の権力関係を築き上げ、固定化を促してしまう。そんな側面を持つ語句を、私たちはどう捉えれば良いのでしょうか。人格評価の言葉に詳しい、本田由紀さんに話を聞きました。
インタビュー冒頭、前述の「啓発ことば」が持つ特徴が話題に上りました。語句が指し示す対象を厳密に定義しない、という点です。
例えば「人財」であれば、「企業の役に立つ人物」との意味を持ちますが、その具体的な構成要件は規定されていません。つまり語句の内容を、使用者(企業)が恣意的に決められる、という構造が見て取れるのです。
本田さんは「このような抽象度が高い〝評価〟の言葉は、職場のみならず、若者の就職活動でも盛んに用いられてきた」と話します。
一例として挙げたのが、私たちにとってなじみ深い、人付き合いの巧拙を批評する概念「コミュニケーション能力(コミュ力)」です。「コミュ力」は、とりわけ学生の新卒採用において、主要な選抜の尺度となってきました。
日本経済団体連合会が2018年、会員企業を対象に行ったアンケート調査では、回答を寄せた597社の82.4%が「採用選考にあたって重視した」としています。「主体性」「チャレンジ精神」など他の要素と比べても、群を抜いて高い割合です。
コミュニケーションの質は、相手との関係性や場の雰囲気といった要素に左右されるものです。当然、表情や言葉遣いを工夫して、一定程度軌道修正できる余地もあるでしょう。とはいえ、完全な制御を可能にする「力」は想定しづらいように思われます。
にもかかわらず、どうして様々な企業が「コミュ力」に価値を見出してきたのでしょうか。本田さんは「ジェネラル(全方位的)な能力を持つと判断された人を雇用する、日本企業の特異な採用形態が関わっている」と指摘しました。
本田さんによると、「コミュ力」礼賛の風潮は、就活のあり方の変遷と共に強まってきたといいます。
1953年、学生の採用開始時期に関するルール「就職協定」が、企業と大学の間で締結されました。就活が学業に及ぼす影響を抑えることが主眼でしたが、バブル経済崩壊後の1997年に廃止。採用活動の早期化や長期化に拍車がかかります。
更にインターネットの普及により、大手企業を中心に、大量の応募者が殺到する状況が生じました。このため面接の回数が増えたほか、多数の求人に同時並行でエントリーすることが一般的となるなど、選考プロセスが複雑化したのです。
やがて各企業では、重層的な採用過程に対応できる、より使いやすい「合否の基準」が求められるようになります。そこで存在感を高めたのが、本田さんいわく「コミュ力」でした。
そもそも日本の新卒採用では、選考上、専門性よりもポテンシャル(潜在能力)の見極めに力点が置かれてきました。企業側が実務に必要な能力や経歴を指定した上で求人情報を出す、欧米式の「ジョブ型」雇用と比べ、採用基準が明確さに欠けます。
具体的なスキルを想定しない以上、採用担当者が把握できるのは、外面から推し量れる応募者の人柄や、話しぶりといった所作にまつわる情報が中心です。就労経験がない若者たちの選考において、人間性は必然的に重要な指標となっていきました。
その傾向が強まったのが、世界規模の金融危機・リーマンショックが起きた2000年代前半。経営の悪化により、「厳選採用」の姿勢で学生と向き合う企業が増えたのです。面接での〝人格評価〟も一層盛んになったと、本田さんは説きます。
「採用担当者と似た青春時代を送ってきた学生が面接にやってくれば、自ずと話が盛り上がるでしょう。結果として、その学生は『コミュ力が高い』となりやすい。就活におけるコミュ力とは、担当者の好みと同義の概念だと言えます」
就活の採用試験は、仕事や職場への適性の有無を判断するために行われます。企業が実施する筆記テストや、大学の授業の成績といった、客観的な材料も参照されるはずです。面接時の印象だけで全てが決まるわけではありません。
しかし本田さんいわく、例えば女性の応募者の場合、生真面目な話し方が「冷たく、柔軟性がない」などとして、低評価となることもあるといいます。
女性は常に他者を立て、人当たりが優しくあるべきだーー。そのような旧態依然とした価値観と、「コミュ力」が結びつき、不当な取り扱いにつながるケースは少なくないそうです。
「個人に内在しない性質を、あたかも実際にあるかのように捉える。更に『厳選採用』名目で、学生の人間性を〝考査〟に利用する。新卒採用の現場では、そういうことが行われています。評定者の私情を挟むため、判定に差別が含まれやすいのです」
新卒採用を通じて、企業は多様な人生背景を持つ学生との出会いを、学生は職務の内容にとらわれずに仕事を選ぶ機会が得られます。また応募者の将来性に注目するやり方が、若者の職業選択の幅を広げ、柔軟にしているとも考えられるでしょう。
ただ、採用担当者の胸三寸が合否に影響する点で、企業の裁量が極端に大きいことは確かです。本田さんが言及した権限の偏りを、「コミュ力」といった言葉が強めているところはないか。そのような観点で、現状を点検する重要性を思いました。
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