連載
#24 親子でつくるミルクスタンド
壁の内装に「牛のフン」ひんやり効果? インドで見た家畜との暮らし
ヤギの「血」を捧げる寺院も…
インドの街を歩いていると目につくのが牛のフンです。その多くは燃料として使われるなど、さまざまなかたちで家畜が活用されています。いまもヤギの生贄の儀式をおこなう寺院もありました。20日間かけてインド各地の牧場をまわってきた筆者が、家畜と生活が深く結びつくインドを紹介します。(木村充慶)
世界一の生乳生産量を誇るインドの牧場を巡ったのはことし3月。印象的だったのは街のあちこちにある牛のフンです。
日本だと、牛舎のフンを集め、じっくり時間をかけて堆肥にします。そして、牧場内の草地にまいたり、地域の農家へ販売して畑で使われたりします。
放牧の場合はフンがそのまま放牧地に落とされ、草の養分へと変わっていきます。
しかし、インドでは街じゅうに牛がいて、自由に闊歩しているので、至るところにフンが落ちています。何気なく歩いているとフンを踏んでしまうこともありました。
現地に住む人によると、デリーやムンバイといった都市部では牛が減っているので、街中で糞尿が落ちていることは少なくなったそうですが、郊外では至るところにフンが落ちています。
現代の日本では、牧場の近くは「臭い」と指摘され、家畜の糞尿は「いいもの」とはされていません。
しかし、牛が神聖な動物であるインド。フンでさえ、特に嫌なものとして気にしている人は少ない印象がありました。
そんな牛のフンを、インドの人びとは燃料として活用しているそうです。
インドのロードサイドでは、フンをせんべい状に平べったくしたものが、道端や家の外壁に貼って乾かされている様子をよく見かけます。これが燃料で、道端でも販売されています。
フンの燃料を作っている女性に、その様子を見せてもらうと、めいっぱいのフンを手に取り、壁などに叩きつけて形を作っていました。フンの真ん中にはそれぞれ手形がついています。
牛のフンはメタンガスを含んでいるので、火が長持ちして料理などに使えるそうです。牧場を訪問したとき、かまどではこのフンをつかって火を起こしていました。
近年、日本でも、牛のフンをバイオガスにして発電に使うケースが増えていますが、インドでは地域内で牛のフンを無駄なく活用しているように感じました。
各地で見かけた牛のフンは、地域ごとに様々な形でした。
フンを組み合わせてオブジェのようにしているところ、フンを積み上げた家のようなものを作っているところもありました。
また、牛のフンはひんやり感じさせる効果があるとされ、家の内装にも使うこともあるといいます。実際に、家の内側の壁にフンを塗っている家もありました。
さまざまな形で家畜が生活に根ざしているインド。田舎に行くと、牛の尿を健康にいいとして飲むという人にも出会いました。
また、インドは世界有数の牛肉の輸出国です。インド人の大半は牛肉を食べませんが、行き場を失ったオス牛や、役目を終えた乳牛たちは非公式の「と畜場」で肉となり、世界各国に渡っています。
肉以外も同様に、バッグなどに使われる牛の皮や、アクセサリーなどに使われるツノなども輸出されています。
自分たちで活かせるものは活かし、活かせないものは国外に輸出しながら、牛から生み出されるものを使い切っているように感じました。
インドでは牛だけでなく、ヤギや羊を家畜として飼っている人々も多かったです。
牛だけではない家畜について知りたいと、「ヤギの生贄」の儀式を行っている、東部コルカタにある「カーリー寺院」に行きました。
コルカタ市街から少し南、車で20分前後くらいの場所にある、この寺院はインドの神様のひとり「カーリー」を祀っています。
ヒンドゥー教の三大神のひとりであるシヴァの妻が、カーリー。血と殺戮(さつりく)を好む凶暴な神様とされます。
この寺院ではカーリーのために、ヤギの血をささげているそうです。
儀式はほぼ毎日あり、私も実際に見ることができました。
寺院の中心部に神様が祀られている建物があり、その脇に儀式を行う小さな小屋があります。
朝9時ぐらいから儀式が始まり、昼ぐらいにかけ、何頭ものヤギが生贄としてささげられていました。
生贄となるのは小さな子ヤギです。寺院を信仰する人びとが、近くの売店で買って連れてきます。案内してくれたガイドいわく、「願いを叶えてくれた感謝のため」という理由です。
儀式は、上半身裸の男性が大きな刀でヤギの首を一気に切り落とします。その首から出てきた血を器に入れ、カーリーに捧げる流れでした。
儀式が終わると、生贄になったヤギは切り分けられます。捧げた人はそのお肉を持ち帰り、家族などで食べるそうです。
牛を神聖な動物とするヒンドゥー教徒は、ヤギ肉・鶏肉は食べる人が多いそうです。この寺院に来る人たちは、儀式の後に食べることを楽しみにしているようでした。
ガイドによると、この儀式には数年に1回程度の頻度で参加する人が多いそうです。
インドの家畜は、単なる「食」という以上に、宗教、文化、暮らしと深く結びついていることを改めて感じる機会となりました。
20日かけて、インド各地の牧場やミルクスタンドを周りながら、乳文化を全身で体感してきました。
世界一の生乳生産量があり、多種多様な乳製品がつくられ、インド国民の暮らしに酪農は深く根ざしていました。
牧場から直接ミルクを買う昔ながらのスタイルもあれば、アプリでミルクを注文するような最先端のスタイルもあります。
乳牛だけでなく、世界的にも珍しい水牛のミルクを飲むことができ、とても貴重な体験をしました。
街中で牛が好きなように過ごし、余った野菜を食べさせるなど、「みんなで牛を飼っている」ようすがとてもいいなと感じました。
他方で、生乳を新鮮なまま流通させる「コールドチェーン」が整っていなかったり、水や様々な物質が混じってしまっていたりと、日本と比べて改善の余地のある状況もありました。
宗教上、表立って屠(と)畜がされていないように見せていますが、実際はイスラム教徒がそれを担い、大量の牛肉が外国に輸出されていたり、本音と建前が混在する実態も感じられました。
また、牛は神聖な動物だと言いつつも、一部では、パイプで牛をたたくなど、動物虐待に近い現場も見ました。
日本で言う戦前のようなものから令和の最先端のようなものまで新旧様々なものが入り混じり、良いものも悪いものもあらゆるものが混在していたインド。
一概に良いとも悪いとも言えませんが、文化に深く根ざしているからこそ、日本にはない酪農の厚み、深みを感じました。
インドで得たことをすぐに何かにつなげられるかはわかりませんが、筆者が運営するミルクスタンドでも、学んだことを色々な形で生かしていきたいと思います。
1/39枚